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逃げるための時間はわずか4分! 「燃えやすく」「助かりにくい」現代の住宅...米データが示す恐ろしい現実

ニューズウィーク日本版 2024年3月19日 20時30分

<流行のインテリアや設計が「火に油」だが、コスパ重視の建築業界は防火対策に反発。住宅火災の死者数増加に打つ手なし?>

ウレタンフォームやプラスチックの家具材は住宅火災の際に致命傷になる──専門家は長年、そう警告し続けてきた。彼らの努力もむなしく、ここ数十年は減少傾向にあった住宅火災による死者数が、近年は増加に転じている。全米防火協会(NFPA)の最新データによれば、2021年のアメリカの住宅火災による死者数は14年ぶりの高水準に達したという。

家具に使われるウレタンフォームやプラスチックなどの石油化学製品や建築材は急速に燃えて瞬く間に有毒ガスを充満させる。その結果、かつては30分を超えていた逃げるために必要な時間が、現在は4分足らずに減っているとの研究結果がある。

死者数が増えている原因として専門家が真っ先に指摘するのは化学製品の普及だが、住宅設計の変化も関係しているという。こうした傾向は火災をより致命的にし、火災警報器などの安全策による大きなメリットを帳消しにするだろうと、専門家は長年警鐘を鳴らしてきた。

「カウチに座るのはガソリンの塊の上に座るようなもの。炎の温度が上がるにつれて火の勢いも有毒性も増す」と、メリーランド州のブライアン・ジェレイシ消防局長は言う。

専門家によれば間取りも関係していて、壁やドアといった間仕切りの少ないオープンな設計の場合、酸素がスムーズに供給されて火の回りも速くなるという。住宅の大型化や階数の増加により、平屋や昔の中2階のある家に比べて出口が遠くなってもいるそうだ。

「火の回りが非常に速いので、家の隣が消防署というのでもなければ消防隊の到着が間に合わない」とNFPAの研究部門トップ、ベルギータ・メッサーシュミットは言う。「以前なら屋内のぼやのうちに消防隊が到着していたが、今では到着する頃には家全体が燃えている」

火災件数の減少とは裏腹に

専門家の話では、死者数の増加に関連しているとみられるさまざまな要因に包括的に対応し得るのは、09年から国際建築基準で設置を求めている住宅用スプリンクラーだけだ。だがコスト上昇を懸念する建設業者からの圧力を受けて、ほとんどの州が設置の義務付けを拒否している(新築住宅のコスト全体に占める割合は1%程度らしいのだが)。国際基準の要件を管区で採用している州もあるが、州規模で採用しているのはカリフォルニア州やメリーランド州など一握りにすぎない。

21年の住宅火災全体の死者は2840人、それでもまだ最多だった1981年の5400人を下回っていた。しかし火災件数が1980年代の70万件超から2021年は過去最低の33万8000件に減少しているにもかかわらず、死者の数は過去最低だった2012年の2380人から最近は増加に転じている。

その結果、21年の火災1000件当たりの死者数は8人を上回り、NFPAがデータをまとめた1980~2021年の42年間の中で10番目に多かった。

各州の消防当局は地元メディアで安全対策強化を訴えており、最近のデータからは死者数がさらに増加する傾向がうかがえる。

オハイオ州では22年、火災全体の死者(ほとんどが住宅火災)は156人と20年の78人の2倍に増え、死者が200人に上った06年以降では最多になったという。ミネソタ州では22年、火災関連の死者が70人と4年連続で増加し、最多記録である1995年の86人に迫ったという。

ILLUSTRATION BY CSA IMAGES/GETTY IMAGES

メリーランド州では昨年1~3月の死者数が40人近くに達し、過去最多だった04年以降では最も多くなった。これを受けてジェレイシは報道陣への書簡で安全基準遵守を呼びかけた。「この状況は非常に遺憾で心から懸念している。直ちにこの傾向を鈍化させる要がある」

NFPAの住宅火災関連死のデータには一戸建てや2世帯・3世帯などの多世帯住宅、コンドミニアム、アパート、プレハブ住宅は全て含まれるが、ホテル、モーテル、寄宿舎、下宿屋は含まれない。NFPAによれば、21年の火災全体の死者は3800人で、その4分の3が住宅火災による死者だったという。死者総数のうち山火事など屋外での火災による死者は110人で、19年の140人から減少している。

住宅火災と同様、車両火災による死者も過去最低だった09 年の260人から21年は650人と増加し、1992年(665人)以降では最も多くなった。内装にウレタンフォームなど化学製品が使われるようになっているせいだと専門家は言う。

車両火災の場合も住宅火災と同様、火災自体は減少しているのに死者は増えている。車両火災は史上最多だった1988年の45万9000件(死者数も史上最多の800人)か2013年は16万4000件(死者300人)に減少。21年は17万4000件だった。

メリーランド州の車両火災では、車のエンジンや燃料経路から出火し車内に閉じ込められた場合に死者が発生していたと、ジェレイシは言う。「今や車もプラスチック製品だらけで火の回りが速くなっている」

州当局や専門家は、家具にウレタンフォームを使うなとは言っていない。火災警報器などの安全策の重要性について意識向上を図れば、油断を戒め、死者数減少に役立つと主張している。ただし、最も効果的に対処できるのは住宅用スプリンクラーだけだと指摘する。

「正さなければならない問題はたくさんあり、そのために最も迅速で最も簡単な方法が住宅用スプリンクラーだ」と、民間研究機関ULの火災安全研究所(FSRI)でバイス・プレジデント兼エグゼクティブ・ディレクターを務めるスティーブ・カーバーは言う。「(スプリンクラーについては)非常に明確なデータがある。課題はコストだが、それもかなり削減が進んでいる」

建築基準による規制の難しさ

NFPAの20年の報告書によると、住宅火災で死亡する確率は、火災警報器やスプリンクラーが設置されていない住宅では、有線式の火災警報器やスプリンクラーが設置されている住宅に比べて9倍高い。それにもかかわらず、NFPAによると、50戸以上の共同住宅の3分の1しかスプリンクラーを設置していない。2戸以上の共同住宅は14%、一戸建て住宅はわずか2%だ。スプリンクラーの主な目的は火災時に人的被害を防ぐことだが、建物の被害を減らすこともできる。

スプリンクラーは室温が約65度を超えると作動するため、予期せず作動することは極めてまれだと、NFPAは説明する。映画などで一斉に散水する場面もよく見るが、火災の77%では燃えている炎の近くにあるスプリンクラーが1個だけ作動しており、散水による被害は最小限に抑えられるという。

アメリカでは州や地方自治体、管区ごとに建築規制を定める権限があり、建築安全の専門家で構成される民間機関の国際建築基準審議会(ICC)が定めた国際建築基準をモデルに、それぞれ基準を策定する。ICCは09年以降、全ての新築一戸建ておよび2戸建て住宅にスプリンクラーを設置するように求めているが、この要件を採用しているのはメリーランド州、カリフォルニア州、首都ワシントン、およびいくつかの小さな管区だけだ。

住宅用スプリンクラーの設置義務化には課題も多い VINCE COMPAGNONEーLOS ANGELES TIMES/GETTY IMAGES

全米住宅建設業者協会(NAHB)によると、46州がICCのスプリンクラー基準を拒否する法案を可決するか、スプリンクラーに関する規定を含まない建築基準を採択している。うち26州では、州内の自治体がスプリンクラーの規定を含む建築基準を採択することを禁止している。

NAHBの関係者は、NFPAのデータには火災で死者が出た住宅の築年数が明記されておらず、死者の増加傾向の主な要因は古い住宅だと主張する。火災による死者を減らす方法としては、古い住宅に火災警報器を追加するほうが、スプリンクラーの義務化よりはるかに費用対効果が高いとも彼らは言う。建築基準法では既に、新築住宅に火災警報器の設置が義務付けられている。

「新築住宅にスプリンクラーの設置を義務付けても、基準の対象外である古い住宅の火災には対処できない」と、NAHBのジム・トビンCEOは本誌の取材に答えた。トビンによれば、火災警報器の義務化など現代の建築基準法のさまざまな要件は、「火災のリスクを軽減して、防火体制を強化するためにある」。

全米消火スプリンクラー協会によると、スプリンクラーの設置費用は新築住宅のコストの1%相当で、設置すれば住宅の価値が上がり、火災保険料を削減できる。

一方で、開発事業者が該当地域全体にスプリンクラーを設置することに同意すれば、利益を増やすために住宅を密集させる、道幅を狭くする、消火栓の数を減らすなどの方策を認めている管区もある。

古い住宅に多い火災リスク13年のNFPAの調査では、全米平均の設置コストはスプリンクラーが対応する面積1平方フィート(約0.09平方メートル)当たり1.35ドルで、08年から16%減少している。既存の住宅に後から設置する場合はコストがかなり高くなることもあり、歴史的建造物では1平方フィート当たり10ドルという試算もある。

NFPAのデータによると、死者が出た住宅火災の最大の原因は屋内での喫煙だが、古い住宅ほど暖房機器や古い家電製品、配線の欠陥など火災の原因となるリスクを抱えている。そこで多くの州は火災警報器の設置費用を全額支援しており、複数の州の消防当局は本誌の取材に対し、避難計画を立てることや、夜間は寝室のドアを閉めるなど、実証済みの防火対策を強調している。

ジェレイシによれば、メリーランド州ではスプリンクラー設置を義務付けて以来、設置住宅での死亡火災事故は1件も起きていない。昨年初めに未設置の住宅での死亡火災事故が急増した後、ジェレイシは住民に警鐘を鳴らした。

「現状に安心してしまうものだ。自分は大丈夫、隣の家や通りの向こうに住んでいる人に起こることだ、そう思っている。夜中の2時に自分の家で火事が起きるなんて考えない。自分の家の火災警報器が作動しているかどうかも確認しない」

火災警報器が設置されて作動しても、最近の住宅火災は屋内にいる人が逃げることができる時間が短いと、FSRIのカーバーは指摘する。実際、火災による死者の5人に2人は、火災警報器が設置された住宅で命を落としている。

カーバーはスプリンクラーの重要性を強調して次のように語る。「火の回りがあまりに速いことを考えれば......火災警報器でも間に合わないときがある。この国は火災による死者をどこまで容認するつもりなのだろうか」


マット・クラーク

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