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次のイギリス総選挙で政権奪還は確実か...労働党の「鉄の財務相」が打ち出す「成長の3本柱」に注目が

ニューズウィーク日本版 2024年3月21日 18時10分

<「英国は1970年代の危機再発に直面」と、最大野党・労働党のレイチェル・リーブス影の財務相。一方のスナク首相は支持率低迷にあえぐ>

[ロンドン発]英国の次期総選挙で14年ぶりの政権奪還が確実視される最大野党・労働党のレイチェル・リーブス影の財務相は3月19日の講演で「英国は1970年代と同様、政治的混乱と危機再発の瞬間に直面している。その重荷は労働者の肩にのしかかっている」と指摘した。

英国は昨年第3、4四半期連続でマイナス成長に陥り、景気後退入りした。今年2月時点のインフレは持ち家住宅費を含む消費者物価指数(CPIH)で年率3.8%。食品・飲料5%、衣服・靴5%、健康6.6%、通信5.7%、外食・宿泊6%と落ち着いてきたとは言え、まだ高い。

リーブス氏は「その根底には、急速に変化する世界で英国が競争するために必要なサプライサイド改革の失敗がある。強固で安全な基盤の上に成長を築き、3本の柱によってもたらされる積極的な政府を持つことだ」と、一に「安定」、二に「投資」、三に「改革」を挙げた。

過去10年間、英国経済が経済協力開発機構(OECD)平均の成長を遂げていれば現在の経済規模は1400億ポンド大きく、1世帯当たり5000ポンド増、500億ポンドの税収増に相当する。「今日、英国は他の国々に遅れをとり、さらに落ち込んでいる」との見方をリーブス氏は示す。

「退屈なスナク首相では総選挙で惨敗する」

英国経済が落ち込んだのは欧州連合(EU)離脱、コロナ危機の後遺症、西側と中露の対立、ウクライナ戦争、イスラエル・ハマス戦争の影響が大きい。EU離脱では煩雑な通関手続きが復活した。モノだけでなく、欧州とのヒト・カネ・サービスの流れは完全に停滞した。

EU離脱派に象徴される保守党の傲慢さと政治の不安定性が英国への投資意欲を削ぐ。政治と経済の正常化に努めるリシ・スナク首相は「退屈で総選挙に惨敗する」と妖艶なペニー・モーダント下院院内総務を担ぐ動きが浮上したのには呆れ果てた。悪酔い政治はもうたくさんだ。

オックスフォード、ケンブリッジ、インペリアル・カレッジ・ロンドン、UCLをはじめTHE世界大学ランキング24年のトップ100校に入る英国の大学は11校。しかし22年OECD生徒の学習到達度調査(PISA)で英国の読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーは13~15位止まり。

英国の弱点は義務教育の達成度も労働者の勤労意欲も高くないことだ。それを海外からの留学生や移民で補ってきたが、EU離脱で質の高いEUからの留学生や移民は逆戻りした。EU域外からのヒトの流れは大幅に増えたものの、それが英国経済に与える影響は未知数だ。

労働者の生活水準も競争力も危機に瀕している

EU離脱で小さくなった英国の株式市場では資本調達に支障を来す。ソフトバンクグループの英半導体設計アームの米ナスダック上場をはじめテクノロジー、バイオ企業のロンドン株式市場からのエクソダスが続く。資本市場のサイズで英国は米国にかなわない。

リーブス氏によると現在、英国の平均的な家庭はフランスより10%、ドイツより20%も貧しい。「賃金が停滞しているのは生産性の伸びが崩壊しているからだ。労働者の生活水準だけでなく、変化の激しい世界における英国の競争力のどちらも危機に瀕している」

経済学とは定量的なモデルや抽象的な理論だけではなく、政治的・哲学的・道徳的な問いに根ざした人間の本質や善良な社会についての価値観の問題だとリーブス氏は説く。市場経済が社会から切り離されると成長の条件は損なわれ、左右両派の政治的反体制運動を引き起こす。

「政治のメインストリームが苦境に対する答えを提示できない時、英国の大半が疎外される時、未来への希望が枯れ、衰退が自己実現的予言となる時、非難だけを撒き散らすポピュリズムが台頭する。私が主張したいのは新しい経済管理モデルが必要だということだ」

法人税の上限を現在の25%に据え置く

成長の速い競合国と比較すると、英国は成長の全要素で劣る。主要7カ国(G7)の中で唯一、投資水準が国内総生産(GDP)の20%を下回る。基礎スキルの低さ、技術・職業教育の格差、管理能力の低さ、地域間格差。コロナ危機以降、経済的に不活発な人が70万人も増えた。

現在、推定6840万人の英国の人口は46年には7660万人に達すると予測される。しかしEUを離脱した英国が「規模の経済」を目指すのは難しい。米国、中国に次ぐ世界第三の経済大国になるとみられるインドと英国のつながりは留学生の急増で強まっている。

リーブス氏は「企業に投資してもらい、強固な基盤の上に経済成長を築きたいのであれば、安定性が不可欠だ。経常予算は日々の費用が収入で賄われるよう均衡を保つ。そして法人税の上限を現在の25%(G7で最も低い税率)に据え置く」と安定性の回復を誓った。

次に「中期的にGDPに占める債務の割合を低下させる枠組みの中で投資を優先する。成長の生命線は企業投資だ。産業政策は戦略的かつ選択的でなければならない。主要な研究開発機関に対する1~3年の資金提供サイクルを廃止し、10年間の予算を与える」と力を込めた。

「解決策は広範なサプライサイド改革だ」

「1970年代の終わりと同様、英国は変曲点に立っている。解決策は広範なサプライサイド改革だ。投資を促進し、生産能力を制約する障壁を取り除き、経済思想の進化を踏まえた新たな経済的解決策を構築する」と計画・公共サービス・労働市場・政府の改革を唱えた。

97年、ブレア労働党政権は成長を重視する企業・成長ユニットを財務省に設けた。リーブス氏は成長を予算に組み込むため、同ユニットを改革する官僚機構の強化策を打ち出す。財務省に英国の成長戦略を立てさせ、実行させようというわけだ。

しかし労働党は伝統的にデマンドサイドを重視してきた。「鉄の女」マーガレット・サッチャー首相(保守党)を彷彿とさせる「鉄の財務相」のサプライサイド改革に労働党左派は早くも反発している。しかしスナク首相から労働党に政権交代すれば政治と政策の安定は確実に回復する。



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