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バイデン政権のもとで息を吹き返すアメリカの「労働運動」...国民の67%が「組合を支持」する理由とは?

ニューズウィーク日本版 2024年3月23日 13時40分

<「死に体」だった労働運動がバイデノミクスで復活。AIや量子コンピューターの時代に労働者の新たな未来を示せるか>

アメリカで労働運動が勢いづいている。宅配ドライバー、医療従事者、ハリウッドの脚本家、自動車工場労働者。昨年は全米でさまざまな労働者が組合を結成し、ストを行った。ジョー・バイデン大統領は9月、現職大統領では初めてスト中の労働者のピケに加わっている。

自動車大手3社に対してストを行った全米自動車労組(UAW)のショーン・フェイン委員長は昨年11月、クライスラーの親会社ステランティスとの労使交渉での勝利を宣言し、こう述べた。「私たちは会社側に泣き付いたり、ひどい労働時間を受け入れることで、この結果を手にしたのではない。反撃して勝ったのだ」

バイデンは組織労働者に多くの闘いの場をもたらしている。マッキンゼーのリポートによると、「バイデノミクス」を構成する3つの主要な国内法(インフラ投資・雇用法、インフレ抑制法、半導体産業の振興を目的とするCHIPS法)は今後10年間で、インフラやクリーンエネルギー、製造業に2兆ドル超の連邦政府支出を新たに投入する。これら資金の大部分は、拠出される企業に労働組合との協働を義務付ける。組合にとっては近年まれに見る救いの手であり、急速に進化する21世紀経済の中で労働条件の改善を進める場が与えられることになる。

「経済が大転換期を迎え、私たちは岐路に立っている」と、ジョージタウン大学のジョセフ・マッカーティン教授(労働史)は本誌に語った。「現在の労働運動の復活は、将来の仕事の在り方に発言権を持ちたいという労働者の望みによるものだ」

組合側には前向きになれる理由がある。民主党は過去10年間に、これまで以上に進歩的で組合に優しい経済政策を取り、今や労働運動は大統領という強い味方を得た。

「バイデン以前の民主党は労働運動を、管理・育成し、取引関係を持つべき有権者グループと見なしていた。盟友だが、ファミリーではなかった」と、2022年までバイデンの労働問題顧問を務めたセス・ハリスは本誌に語った。「バイデンは違う。組織労働者を経済的・社会的アジェンダ全体の中心と考えている」

コロナ禍も労働に対する市民の姿勢を変えた。パンデミックが終わると、特に若い世代は労働条件の改善を期待し、組織労働者を支持する人が増えた。ギャラップ社の昨年の世論調査によると、アメリカ人の67%が労働組合を支持しており、1965年以来の高水準となっている。

食料品小売り大手の組合支持派。組合の動きは小売部門にも拡大 SPENCER PLATT/GETTY IMAGES

バイデノミクスを追い風に

労働争議も増加傾向にある。コーネル大学の研究者らの調査によれば、22年には全米でストとロックアウトが計424件あり、前年から52%増えた。昨年は12月半ばまでに405件の労働争議が行われ、注目を集めたUAWのストもその1つだ。

だが自動車産業の対立は、労働組合が依然として企業や、最高裁をはじめとする保守派の法廷からの根強い反対に直面していることを思い出させた。連邦議会と州議会の共和党も、労働組織を弱体化させるために積極的な活動を展開している。現在の組合加入者は10%にすぎず、第2次大戦直後の全盛期とは大きな開きがある。

「産業・労働政策を政府が管理するのは正しいアプローチではない」と、保守派ロビー団体である全米労働権委員会のマーク・ミックス会長は言う。バイデン政権が労働組合を後押ししようとしても、その目的はかなわない可能性があると彼は付け加えた。「労働組合は勢力拡大のために政府を頼ってきたが、50年代以降、実際に拡大していない」

組合側には、バイデンの政策が長期にわたる衰退を逆転させる大きなチャンスだとの見方が強い。そのためアメリカ労働総同盟・産業別組合会議(AFL-CIO)のリズ・シューラー会長(全米最大の労働団体を女性で初めて率いる)や他の労働運動指導者は、将来に向けて労働組合をよりよい位置に付けようと改革を進めている。その重点は経済の成長部門に軸足を移し、若くて多様な新世代の労働者を引き入れることだ。

「組合が建設業など『ハード』な労働者を代表するステレオタイプはもう古い」と、シューラーは語った。彼女はAFL-CIOが南部に進出し、クリーンエネルギーなど新興市場の労働者をターゲットにする計画の詳細を本誌に明らかにした。「私たちは時代に合った存在となり、将来の労働力のニーズに応えたい」

バイデン政権が推進する経済の近代化は、大規模な試みだ。GDPに占める割合で見ると、彼の計画はニューディール政策以来最大の国内支出プログラムともいわれる。

インフラ投資・雇用法は、高速道路や橋などの建設事業への連邦政府の資金援助が、可能な限り多くの組合員の雇用を生むよう設計された。

インフレ抑制法(IRA)でも労働組合が優先され、数十億ドル規模の新しいクリーンエネルギー税制優遇措置を利用するため、企業に実勢賃金基準など労働者に優しい慣行を採用するよう求めている。ホワイトハウスによると、この法律は初年度だけで17万人のクリーンエネルギー関連の新規雇用を創出し、民間部門で1100億ドル相当のクリーンエネルギー事業につながった。ホワイトハウスではIRAが向こう10年間に、再生可能エネルギー分野で計150万人の雇用を創出すると予測する。

ルーズベルトは労働者の権利を拡大 MPI/GETTY IMAGES

再生可能エネルギー産業の主要労働団体である北米労働者国際組合(LIUNA)のブレント・ブッカー議長は「今は連邦政府がゲームに参加している。それによって、再生可能エネルギーは労働組合が関わる仕事に変わった」と語った。

組合指導者たちはクリーンエネルギー以外にも、量子コンピューターやAI(人工知能)といった分野で進む技術開発に組合を参加させるには、今が絶好の機会だと考えている。CHIPS法では、半導体産業を援助して中国との技術競争に勝てるようにするため、540億ドルの連邦支出が組まれている。

バイデン政権の政策が実施されると、組合は南部への拡大も重視。南部は伝統的に反組合感情が強いが、電気自動車(EV)用バッテリーなど新技術の生産拠点を南部に移すメーカーが増えている。

EV用バッテリー工場は、既に組合活動の南部戦略の最前線だ。IT系ニュースサイトのテッククランチによれば、19年には稼働中の工場は全米でわずか2カ所だったが、昨年は約30カ所が稼働中か稼働予定で、その約半数が南部に集中。AFL-CIOは南部を中心にEV用バッテリーで30万人の雇用創出を見込んでいる。「南部は全ての成長計画に不可欠」だと、シューラーは言う。

延べ6週間に及んだストでEVは、UAWとフォード、GM、ステランティスとの労働協約改定交渉の争点の1つだった。10月30日までにUAWと3社が達した暫定合意には、ガソリン車からEVへの移行に伴う雇用確保も盛り込まれた。

ニューディール型組合の終焉

経済情勢が変化するなか、組合と企業は妥協して新技術に順応せざるを得ないと、鉱物採掘会社ザ・メタルズ・カンパニーのジェラード・バロン会長兼CEOは言う。同社はバッテリー用の金属の探査を行っており、22年に建設予定の精錬・加工工場での組合結成に干渉しないという協定をUAWと結んで話題を呼んだ。

「誰もが得をするシナリオは見つかる。ただし、それには双方が考え方を改めなくてはならない」と、バロンは言う。「組合員のために闘って、その産業自体が持続不能になっては元も子もない」

現代の経済の中で組合が渡り合うには、痛みを伴う何十年もの変化が必要だった。バイデノミクスに飛び付く組合は従来とはかなり違う。

現代の労働運動は1935年の全国労働関係法(NLRA、通称ワグナー法)の制定時に生まれた。NLRAは民間部門の組合が業界との長年にわたる衝突の末に勝ち取った画期的な法律で、労働者の基本的権利を保護する。大恐慌時代にフランクリン・ルーズベルト大統領がつくった下地が、主に製造業や産業別の組合の組合労働者が第2次大戦後の好景気に拍車をかけた時期に実を結んだわけだ。

それが瓦解し始めたのは70年代。国際競争の激化に直面した米企業は安価な労働力を求めて生産拠点を北東部・中西部から南部や国外に移転。反組合の保守派が組合を攻撃するようになり、ロナルド・レーガン大統領は81年、職場復帰命令を無視してストを断行した航空管制官を全員解雇した。

79年にはUAWがビッグ3との協約改定交渉では史上初めて大幅な譲歩をするなど、組合の力には既に陰りが見えていたが、レーガンが1万1000人を超える組合労働者を解雇したことは「象徴的な転機」だったと、労働問題に詳しいニューヨーク市立大学のルース・ミルクマン教授は言う。「政界から組合への攻撃開始の合図だった」

逆風がかえって功を奏す?

94年に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)は、ニューディール型の古い労働運動にとどめを刺した。専門家によれば、NAFTA発効後、アメリカでは労働力を国外に移転しやすい部門で推計60万~100万人の雇用が喪失。特に製造業でグローバル化とレーガン時代が招いた工場労働者の減少が加速している。

だが小売り、医療、サービス、接客などアウトソーシングが難しい部門では逆に組合結成を促進。サービス従業員国際組合(SEIU)を筆頭に、組合は拡大し新たな力を手にした。

「組合は成長中の部門で組合結成を勝ち取るのに有利な立場だった」とSEIUの政務理事を務めたパトレシア・カンポスメディナは言う。「一方、UAWや鉄鋼業や建設業の組合は相変わらず、政府が製造業の雇用を国外に移すのを止めることで頭がいっぱいだった」

以来、パワーシフトは続いている。米労働省の最新のデータによれば、組合員の比率の男女差は83年の10%から22年には1%に縮小。現在は主に非白人労働者の加入が増えている。リベラル系シンクタンクの経済政策研究所の分析によると22年の全米の組合労働者は20万人増加し、全員が非白人だったという。

大勢の若者が組合に加入したり興味を示したりしていることも変化に影響していると、専門家は指摘する。AFL-CIOの調査の結果、30歳未満のアメリカ人の約9割が組合に好意的だった。雇用を守るという組合の約束は、特に07~09年の金融危機後の大不況とコロナ禍の中で成人した若い世代を引き付けていると、ミルクマンは言う。「若者の大志と労働市場の厳しい現実にはギャップがあり、それが新たな労働運動に拍車をかけている」

22年にようやく労働組合が結成されたアマゾンだが、団体交渉は思うように進んでいない(フロリダ州の物流拠点) OCTAVIO JONES/GETTY IMAGES

労働組合の刷新を体現しているのは、シューラーのような新しいタイプの指導者だ。彼女は21年、AFL-CIO会長代行に就任。翌年には正式に会長に選出された。21年に死去するまで12年間にわたりAFL-CIOを率いたリチャード・トラムカ前会長は、全米鉱山労働者組合(UMWA)出身の古いタイプの指導者だった。

だが組合拡大の動きは大きな壁にぶつかっている。まず、標的とする成長部門(バイデノミクスで最も恩恵を受ける部門でもある)が実は最も組合を組織しにくいかもしれない。

アマゾンやメタ(旧フェイスブック)など巨大IT企業では組合労働者に依存しないビジネスモデルが確立済みで、組合を組織する動機はほとんどない。IT業界の場合、組合が大手企業と闘うのは産業がかなり成長してからで、過去に自動車など主要な製造部門で成長初期に組合結成の動きが見られたのとは対照的だと、バイデンの労働問題顧問を務めたハリスは言う。「組合は以前よりはるかに結成しづらくなっている」

GMでは「大恐慌中に組合が結成されて共に成長した。だがアマゾンやグーグルやメタの場合は、巨大化して組合を嫌がるようになってから組合を結成しなくてはならない」。

労働史の専門家によれば、近年はさまざまな業界の企業が組合つぶしに多くの資源を投じている。さらに、労働法の弱点や、組合の権利を保護する独立連邦機関である全米労働関係委員会(NLRB)の監視があまり役に立っていないことを、企業は巧みに利用している。

数十年来の労働法を刷新

22年4月、ニューヨーク市スタテン島にあるアマゾンの物流拠点で、同社として国内初となる労働組合の結成が従業員投票で可決された。スターバックスは既に、全米各地の店舗でも組合結成の波が起きている。

しかし、アマゾンとスターバックスの経営陣は団体交渉を延期。新しい組合は、賃金の改善と雇用の保護を強化する契約を結べずにいる。

「アメリカは労働者の団結権を保護する法律が弱い。雇用主は違反しても、罰金はたいした額ではない」と、マッカーティンは言う。「誠実に交渉していると見せかけておけば、合意に達することなく永遠に交渉を続けていられる」

民主党は組合の権利を強化する団結権保護法(PRO法)案を提出している。現代の労働問題に合わせて数十年来の法律を刷新する必要があると、UCLA労働センターのサバ・ワヒード所長は語る。

「現代の労働力は様変わりしている。スターバックスの一店舗が組合を結成することと、フォードの一工場が組合を結成することは全く異なる。100年前に産業が大きく変化したときも労働争議が激しくなった。同じことが起きているのだろう」

一連の労働法改革の取り組みに対し、共和党や米国商工会議所など影響力のある企業団体は猛然と反対している。彼らに言わせれば、組合が事業のコストを押し上げ、雇用の国外流出を促している。商工会議所のある役職者は書簡で、法案は雇用主を苦しめて「経済のあらゆる部門を混乱させる」と警告した。

バイデン政権はNLRBの権限を強化するための措置を講じているが、各地で州議会共和党が「労働権法」を制定する動きに十分に対抗できていないと批判されている。既に南部を中心に28州で導入されている労働権法は、労働者に組合加入を強制せず、選択の自由を守ると賛成派は主張する。

一方で、連邦最高裁判所は近年、労働者に繰り返し打撃を与えている。18年には、公共部門の非組合員に団体交渉のコストを負担させる州法を違憲とした。昨年6月の判決でも、ストを行った労働者に対して雇用主は損害賠償の訴訟を起こすことができるという意見を付けた。

組合をめぐる争いは、反組合色が濃い南部で投資している産業では特に熾烈だ。労働運動の指導者の間では、熱心な若手組織員が、伝統的に労働者に好意的ではない産業や地域で壁にぶつかり、最近の運動の勢いがそがれるのではないかという懸念が広がっている。これについてミルクマンは次のように語る。

「あなたがミレニアル世代のスターバックスのバリスタだとしよう。所属する店舗は投票で組合結成が決まった。でも、あれだけ頑張ったのに、職場では何も変わらない」

「労働史を振り返れば、物事が大きく変化するときは、一つの職場や、スターバックスやアップルストアの一店舗だけのことではない。大きな波が押し寄せるものだ。もしかすると波は起きつつあるのかもしれないが、その確証はない」

労働運動がその勢いを維持するためには、バイデンが再選されて組合に優しい政策が続く必要がある。共和党候補はドナルド・トランプ前大統領を先頭に、IRAをはじめバイデン政権の国内政策に対して攻撃を強めている。

フロリダ州知事のロン・デサンティスやニッキー・ヘイリー前国連大使らも、自分が大統領になったらIRAを廃止すると約束している。ヘイリーは同法の制定1周年に、「中国を利する増税とグリーン補助金で埋め尽くされた共産主義者のマニフェストだ」とX(旧ツイッター)に投稿した。

昨年10月に就任したマイク・ジョンソン下院議長の下で共和党が最初に承認した主な法案は、1年前にバイデン政権が成立させた気候変動対策の予算を数十億ドル削減するというものだった。ジョンソンは22年にIRAが成立した後に、その気候・エネルギー対策を「グリーンエネルギーの裏金」と呼んだ。

トランプ支持の組合員も

AFL-CIOは今年の大統領選にこれまで以上に関与を深めると、シューラーは本誌に語っている。「私たちの政治プログラムは365日、年中無休で運営されるようになった。現場で働く人たちに、どんなときでも、すぐにアプローチできる。それが私たちの秘密兵器だ。アリゾナ州やネバダ州では実際にそうした対応が始まっている」

労働運動と民主党は戦場の地図を共有している。アリゾナやジョージアなど、組合が将来の雇用を組織化したいと考えている州は、20年のバイデン政権樹立を後押しした。こうした戦略は共和党や組合反対派も認識している。

バイデンがミシガン州でUAWのピケに参加した翌日に、トランプが同州の非組合系の自動車部品工場を訪問したことは、共和党の最有力候補が工場労働者の有権者にも依然として力強くアピールしている証しだとミックスは言う。「彼(トランプ)が一般組合員に対する訴求力を失っているとは思わない。彼のメッセージは支持されている」

それでも出口調査によると、バイデンは前回の大統領選で、組合世帯の有権者の間でトランプに16ポイントの差をつけた。この結果を再び勝ち取るためには、典型的な一般組合員だけでなく、組織労働者の将来を担う若くて進歩的な活動家も動員する必要があると、コンサルタントのケイト・スウィーニーは言う。

「民主党の未来は労働運動と絡み合っている。ジョー・バイデンがピケラインを歩いている姿は、その最大の象徴だ」

ダニエル・ブッシュ(ホワイトハウス担当)

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