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私の体のことは私が決める...「中絶する権利」を求め闘った女性たちの団体「ジェーン」の「埋もれた歴史」

ニューズウィーク日本版 2024年3月27日 15時0分

<違法ながらも女性たちの安全な中絶手術を支援した実在の団体「ジェーン」の活動に光>

中絶のリアルな現場を取り上げた映画『コール・ジェーン ─女性たちの秘密の電話─』。この作品で中絶について「普通に会話できる」ようになることを願うと監督のフィリス・ナジーは本誌に語る。

映画の舞台は1973年の歴史的な「ロー対ウェード」判決で米連邦最高裁判所が人工中絶を認める前、60年代後半~70年代初頭のアメリカ。

当時、女性たちの違法だが安全な中絶手術を助けた実在の団体「ジェーン」の活動を取り上げている。同判決は2022年6月24日に連邦最高裁によって覆された。

【動画】映画『コール・ジェーン ─女性たちの秘密の電話─』公式トレイラー

本作でエリザベス・バンクス演じる主人公ジョイは、妊娠を続ければ心臓の病気で命を落としかねないにもかかわらず、中絶を拒否される。困り果てた彼女はバージニア(シガニー・ウィーバー)をリーダーとする女性たちの団体「ジェーン」に出合う。

ジョイは「ジェーン」たちの1人であるグウェン(ウンミ・モサク)に連れられて医師(コーリー・マイケル・スミス)の元へ。診察後、中絶手術の手順について順を追って説明され、無事に手術を受ける。その後ジョイは「ジェーン」に加わり、中絶手術を受けるほかの女性たちを支援。やがて人手不足を補うため、実際の「ジェーン」と同様に医師の助手として中絶手術の方法を学ぶ。

「ジェーン」は推定1万2000人の女性の中絶を手助けし、手術中に1人の死者も出さなかった。

22年10月のロンドン映画祭でナジーは本誌の取材に対し、中絶手術のシーンをできるだけリアルに描きたかったと語った。「何もかも医学的に正しい手術だったと確認することを重視した」

「これが正常な医療処置だと示したかった。中絶を扱った映画のほとんどは、私が見た限りでは手術のシーンはあまりなかった。当時を舞台にした映画では違法な薬物を使う様子が描かれる」

「でも実際は女性たちが受ける手術は大部分が問題なく安全で、複雑ではなかった」

「世間では普通行われていることではなく例外や極端なことばかり取り上げがち。だから誰もが中絶について普通に会話できるようにすることが大事だと思った」

問題はいまだになくなっていないとナジーは訴える ©2022 VINTAGE PARK, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

教わらなかった歴史

「ジェーン」はシカゴの活動家たちの団体で、違法だが安全な中絶手術を女性たちに手頃な料金で提供した。

脚本のヘイリー・ショアとロシャン・セティは、ショアの母親の友人で「ジェーン」の創設メンバーのジュディス・アーカナを通して「ジェーン」の活動を知った。ショアはアーカナにたびたび会って「ジェーン」の当時の活動内容について話し合い、セティと共に最終版までに28本の草稿を書いたという。

ナジーは本作を監督するまで「ジェーン」についてよく知らなかったが、すぐにこの物語に光を当てることがいかに重要かに気付いたという。

「アメリカの女性たちの勇気ある行動の歴史を知らないようなもの。私たちはこの歴史を教わっていない。陰に埋もれがちな集団やマイノリティーの集団の歴史の大半は、支配階級など主導権を握っている集団が決めると言っていいだろう」

本作に登場するのは架空の人物だが、実在の「ジェーン」のさまざまな部分を象徴しているとナジーは言う。

「実際の『ジェーン』内部に序列はなかった。映画ではリーダーが必要だったのでシガニー・ウィーバーが登場する。そしてエリザベス・バンクスが演じる主人公は『ジェーン』の初期、自分たちで中絶手術を行うようになる前の依頼人たちの代表だ」

「自分たちで行うようになると、中絶費用を前金で全額支払わなくて済むようになり、それが手術を依頼した女性たちから法外な手術代を払えないほかの女性たちにも口コミで伝わっていった。68年の600ドルといえば誰にとっても大金、まして貧しい女性には工面できるわけがない。そういう部分はリアルだ」

彼女たちの闘いは実を結んだかに見えたが ©2022 VINTAGE PARK, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

「ハッピーエンド」は遠く

映画はロー対ウェード判決が施行されて幕を閉じる。「ジェーン」が自分たちが救った女性たちの名前を記載したカードを燃やし、賃金の男女格差など次に取り組みたい問題について議論する場面を、ナジーは次のように振り返る。

「実際の『ジェーン』も依頼人の名前とプロフィールを記載したカードを破棄した。でも実は、いま炎上しているのは私たち、世界全体だ。その原因であるファシズム──としか言いようがないが──の台頭と両極化で人々がいがみ合うことが増えているせいで、ラストシーンがきれいごとのように感じられる」

「ジェーン」の取り組みはロー対ウェード判決が覆されただけになおさら、政治的行動主義の継続がいかに重要かを示したとナジーは言う。

「現在はこの映画も話題の一部になっている。女性が自分の体のことを自分で決める権利をめぐる問題が判決後も根強く残ったことを、人々が理解し始めたと思いたい」

「ロー対ウェード判決はかなり不安定な連邦法として施行され、以来さまざまな集団が覆そうとしてきた。自分の体に対する女性の自己決定権は、アメリカで、恐らく世界中でも、常に問題になってきた」

「それでも、これ以上政治的行動主義の状況を中絶など一つの問題に絞ることはできない。アメリカの、恐らくは世界中の女性の、生殖権や少数派や共和党員以外の投票権といった身近な現実に、絶えず関与しなければならない。それを人々が理解し始めたと思いたい。これらは絶えず目を光らせるべき深刻な問題だ」

「この映画が終わることのない会話の一部になることを願っている」

CALL JANE
『コール・ジェーン ─女性たちの秘密の電話─』
監督・脚本╱フィリス・ナジー
出演╱エリザベス・バンクス、シガニー・ウィーバー
日本公開中



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