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「悪は、善人が行動しないだけで勝利する」ロシア反体制派ナワリヌイの遺言

ニューズウィーク日本版 2024年3月28日 18時22分

<獄死した「不屈の男」ロシアの反体制活動家アレクセイ・ナワリヌイ。彼が獄死の半年前に自らつづった──幸福で自由な祖国ロシアへの確信と家族への愛>

北極圏の刑務所で獄死したロシアの反体制活動家アレクセイ・ナワリヌイは、死の半年前、祖国への希望や家族への愛、自分の考え方などについてアンケートに答えていた。「私はロシアが幸福で自由になれると信じている」、そして「私は死を信じない」と。

ナワリヌイの死は2月16日に公表された。彼の広報担当者キラ・ヤルミッシュは、ナワリヌイの遺体が北極圏の刑務所から近くの町に移されたとX(旧ツイッター)への投稿で明かし、遺体を家族に引き渡すよう要求した。

ナワリヌイは、世界的な人気作家で日本文学研究者でもあるボリス・アクーニンがロシア中の政治犯に送った13項目のアンケートに答えを書き送っていた。

アクーニンは昨年10月、政治犯たちからの回答をまとめた電子書籍を自身のウェブサイトで出版した。その英訳版(3月に出版予定)からナワリヌイの回答を抜粋、ここに独占掲載する。

◇ ◇ ◇

──あなたは何者か。

刑務所の職員はいつも私に向かって「ふむ、今日は機嫌がよさそうだな......」と不満げな言葉を口にする。つまり、こういうことだろう。私は政治犯で、家族や仕事、仲間をとても恋しく思っているが、いつも元気だ。もちろん、読書家でもある。一日の大半を、本を片手に過ごしている。

──何を信じている?

神と科学だ。私たちは非決定論的な宇宙に生きており、自由意志を持っていると信じている。人はこの宇宙で孤独ではない、ということも信じている。私たちの行いはいずれ評価されると信じている。真実の愛も信じている。ロシアは幸せで自由になれると信じている。そして、私は死を信じない。

──最も重要な決断を下す際に何を頼りにするか。理性か直感か?

理性と直感は矛盾しない。選択肢が誤っている。進化の結果、人間はベッドにヘビがいたら、じっくり考えずとも行動できるよう設計されている。一方、ヘビが入り込めないような家を建てるときに、急いで決断することもない。

このことについては、ノーベル賞受賞者のダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』(邦訳・早川書房)という素晴らしい本がある。ぜひ読んでほしい。

イタリアの首都ローマでも追悼集会が(2月19日) ANTONIO MASIELLO/GETTY IMAGES

──人生で最も大切なことは?

社会の役に立ち、良い人間であり続けること。

──最大の喜びは?

家族だんらんのひととき。車に乗って一緒にどこかに行くときとか。誰かがふざけて歌い始めると、みんながこぞって参加する。何曲も歌い続けてやめない。そして愛と幸せがあふれ出す。

モスクワでは追悼の献花が絶えない GETTY IMAGES

──最大の悲しみは?

多くの人がものを考えようとしないこと、基本的な因果関係も理解していないこと。「汚職は私の生活には関係ない」とか、「権力の座にいる連中が盗みを働いたが、人が代わっても同じことだろう」などと誰かが言うのを聞くたびに悲しくなる。

何億年もの進化によって、最も素晴らしい頭脳を与えられているのに、この人はなぜそれを使わないのだろう、と思ってしまう。

──人間と人類に最大の悪をもたらすものは?

「悪は、善人が行動しないだけで勝利する」──誰かの言葉だが、驚くほど的を射ている。中立という偽善、政治的無関心、利害対立、隠れた怠惰、卑劣こそが、人類の歴史を通じて、組織化した悪党集団に何百万もの人々の支配を許してきた主な原因といえる。

──人類に最大の利益をもたらすのは?

「善」対「中立」の戦いに関わること。

──今のあなたにとってロシアとは?

私が理解できる人々が住む、くつろげる場所。私は国と政府を切り離して考えられるので、激動のこの時代においても、ロシアへの愛は変わらない。

──あなたに一番大きな影響を与えた芸術は何か?

私は文学が好きで、少しは理解しているつもりだ。映画も音楽も建築も好きだが、それほど詳しくはない。「敬意を持っている」と言えるだけだ。

文学はあらゆる芸術の中で最も強い影響力を持つ。なぜなら、文学はわれわれ自身の想像力を通じて訴えてくるからだ。それより強い影響があるものなど考えられない。

──好きな格率(行動原則)は?

単に好きなだけではない。私の好きな格率には「格率」という言葉が含まれている。「汝(なんじ)の意志の格率が常に同時に普遍的立法の原理に妥当し得るように行為せよ」。ドイツの哲学者カントの道徳法則の定式化の1つだ。

聖書の黄金律「汝の欲するところを人に施せ」によく似ているが、聖書のほうがまだ守りやすい。カントのほうは守る責任が重いと思う。だから私はこれを選ぶ。これらの法則に従うのは非常に難しいが、従うよう努力すべきだ。

──これまで読んだ本で最も重要な1冊は?

『ハックルベリー・フィンの冒険』だ。あの本を読んだのは、10歳か11歳くらいの頃だったと思うが、本というものは退屈だが役に立つだけでなく、読みだしたら止まらなくなって、ページをめくるたびに笑える場合もあるのだと気付いた。それで本を読むようになった。本を読まない人たちは気の毒だと思う。

──ロールモデルはいるか。

昔も今も優れた人々は大勢いる──勇敢で、偉大で、知的な人々だ。だからたった1人だけ選ぶのはもったいない。

米CBSドキュメンタリー番組でのインタビュー



ジョアン・ターンブル、ニコライ・フォルモゾフ

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