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英キャサリン妃の癌公表で「妬み」も感じてしまった理由

ニューズウィーク日本版 2024年3月28日 19時25分

<衝撃的なニュースだし同情の気持ちが強いが、王室メンバーが早期発見、最高の治療を受けるなか、イギリス中の人々は大混乱の医療システムで何カ月もの治療待ちに耐えている>

イギリスの 「将来の王妃」 であるキャサリン皇太子妃が癌を患っているというのは衝撃的なニュースだ。当然ながら、まず湧き上がるのは同情の気持ち。でも僕はそれに加えて、多少の妬ましさも感じてしまった。この国の多くの人々は手に入らないであろう、可能な限り最高の治療を彼女は受けることができるからだ。

イギリス王室に対して、いつもこんな感情を抱くわけではない。英王室メンバーは特権的な生活を送っているが、概して一般国民と大きくかけ離れた生活ではないということは、誰もが知っている。

例えば、王族は一般的に、他の国民と同じく国民保健サービス(NHS)の病院で生まれる。具体的に言うとパディントンのセント・メアリー病院で、ここは僕の母が誕生した病院でもある。

だから僕たちは王室を、特別な存在ではあるものの「市民の一形態」であると考える傾向にあり、英君主制はその原則に基づいて機能している。彼らが威張らないからこそ人々は彼らを尊敬して受け入れるし、僕たちがそうしたければ彼らを批判する権利だってある。

だが、チャールズ国王の癌も、キャサリン妃の癌も(種類は非公表)、民間の医療施設で行われた手術中に発見された。まさに多くのイギリス人が何年も待たされている「待機的手術(緊急事態を伴わない事前に予定された手術)」においてだ。言い換えれば、例え健康状態が悪化するような症状が続いていても、癌の疑いがない限り、平均的なイギリス人はその手の手術を程よい日程でNHSで受けることはできないだろう。

もし同年齢の一般女性だったら...

だから、チャールズとキャサリンのように、予期せぬ初期の癌が早期に発見されることもあまりない。特に、キャサリンの年齢での癌罹患はまれだから、彼女や他の42歳の人は「危険信号」の症状が出ていない限り癌のリスクありとは見なされないだろう。

キャサリンの正確な診断の詳細が分からないので決めつけることはできないが、彼女がもし同年齢の「普通の」主婦だったとしたら、医療システム的には今もまだNHSの手術待ちの状態で、したがって化学療法が必要であることにさえ気付いていない可能性が高い。

もちろん、本当の問題は王族が良い治療を受けていることではなく、国民のほとんどが悪い治療を受けていることだ。イギリスのNHSは混乱状態にある。待機リストは膨れ上がっている。軽度だが慢性的な健康問題を抱えている人々(僕もそうだ)は、ほとんど治療にたどりつけない。

ところが、深刻な病気を抱えている人の場合でも、ひどい遅れが生じている。癌を患う人々は、命を救う望みのかかった治療や手術を何カ月も待たされているのが実態だ......そのうえ「あと6週間延期されます」との手紙が届いたりしている。最近の調査でNHSへの国民の満足度が史上最低の24%に低下しているというのも意外ではない。

以前なら、民間と国営の医療制度の差はそれほど大きくなかった。お金のある人は良い「治療結果」を得るためと言うよりも、快適さや利便性を求めて民間にお金を払っていた。テレビとおいしい食事付きの個室や、医師が十分に時間を割いて対面診察するサービス、専属看護師がつく(おそらく掛け持つ患者は2、3人)など。手術後の回復期には、クリニックでスパも利用できるかもしれない。

それに比べてNHS病院の病棟ベッドは味気ない食事だし、看護師は患者一人にほとんど時間を取れない。

あるいは民間病院を選ぶ人は、自分のスケジュール上都合のいい時に治療を受けたいだけなのかもしれないし、NHSでは受けられない治療(例えば特定の美容処置など)を望んでいるのかもしれない。

NHSは緊縮財政で慢性的に予算不足

だが、概していえば、「無料」のNHSは基本的に非常に高価な民間医療と同じくらい病気の治療では優れていると受け止められていた。実際、あらゆる分野の専門医を抱えるNHS病院のほうが、専門性のある民間クリニックよりも安全な場合もあるだろう。例えば、歯科手術のために病院に運ばれて、予期せず脳卒中に襲われた場合などだ。

だが、緊縮財政のせいでNHS予算が慢性的に不足し続けている。国民の寿命は延び、より多くの治療が必要になっているのにも関わらず。

NHSは、運営面でも大きな問題がある。他の巨大官僚組織と同様に、NHSにも不条理な非効率性がある。さらにある意味、国営と民間の「2層構造」ですらない場合もある。そこそこ金持ちの人々の多くは、診断を受けるために民間病院で金を払って一度限りの診察を受け、その後にこの診察結果がNHSに「照会」されることで、NHSで優先的に治療を受けることができる。その一方では、NHSで初の診察と診断を受けられるのをじっと待っている人々もいるのだ。この状態は「割り込み」と言われている。

そんなわけでもちろん、将来の王妃の回復を僕は願っている。でも、「一般国民のようじゃなくてラッキーだったね」と思っているのは、僕だけではないだろう。



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