Infoseek 楽天

「読者が選ぶビジネス書グランプリ」第1位に、「お金には価値がない」と訴える本が選ばれたワケ

ニューズウィーク日本版 2024年4月9日 17時17分

<「読者が選ぶビジネス書グランプリ」総合グランプリ『きみのお金は誰のため』著者の田内学さんにインタビュー>

今年で9回目を迎える「読者が選ぶビジネス書グランプリ」。2024年は『きみのお金は誰のため』(東洋経済新報社、以下「本書」)が総合グランプリとリベラルアーツ部門賞に選ばれました。

2022年4月に高校での「金融教育」が義務化され、今年から新NISAが始まるなど国民的にも投資熱が高まっています。そのようななかで「お金自体には価値がない」と強烈なメッセージを発信したのはなぜでしょうか。受賞を記念して、著者の田内学さんにお話をうかがいました。

※グロービス経営大学院の教員である江上広行さんから田内さんへのインタビューを再構成しています。(※この記事は、本の要約サービス「flier(フライヤー)」からの転載です)

社会の仕組みをわかりやすく説明したい

──「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」、総合グランプリとリベラルアーツ部門賞のダブル受賞おめでとうございます! まずは感想をお聞かせください。

多くの人に読んでもらいたいと思って書いたので嬉しいです。なにより、読んでから「周りに勧めたい」という方がすごく多くて。それもあって(本書の)評判が広がったのかなと思います。

元々「中高生くらいでも読める本にしたい」というのはありました。でも親世代にもこういう視点をもってもらいたいと思っていたので、実は親世代向けの本でもあるんですよ。

『きみのお金は誰のため』
 著者:田内学
 出版社:東洋経済新報社
 要約を読む

──本書を若い世代に向けて書かれたのは、なにか思いがあってのことでしょうか。

経済の話って、難しく正しそうに話すことが多いんです。金融機関で働いていた経験から思うのは、小難しい説明をするけど、実はなにも説明できていないことが非常に多い。

経済や財政政策についてあまり難しい説明ばかりだと、みんな理解することをあきらめて、 “正しそうなこと” を言っている人を信じてしまうんです。でも、本来経済って自分たちの身近なことですよね。

経済の話に限らないのですが、日本では、「社会」というものが「誰かによって与えられるもの」だと思われがちです。実際に国際比較すると、社会に対する責任を感じている若者の数が他の国より少ないんですよ。これは、若者に限ったことではないと思いますが。僕はそこがすごく問題だと思っています。

でも実際は社会って「誰かによってあたえられるもの」ではなくて、一人ひとりの集合ですから、多くの人が当事者意識をもつためにも、わかりやすく社会の仕組みを説明したいという思いがありました。

本を通して一番伝えたいのは、自分たちは「社会の一員」であるということです。大人になってしまうと「そうは言ってもお金じゃん」となってしまうので、子どものときに「社会の一員だよね」ということを感じてもらえるような教育が必要だと思っています。

──本書は小説形式を取られていますが、その理由についてお聞かせください。

前回の本(『お金のむこうに人がいる』)を書く前に編集者の佐渡島庸平さんに相談したら、「内容が正しければ、安倍さん(当時の首相)にも伝わるよ」と言われたんです。

それで書いたら、本当に安倍派の財政問題の勉強会に呼ばれたんですよ。勉強会に出席して感じたのは、政治家はなにが正しいかよりも、どれが国民の支持を得られるかを気にしているということ。一人ひとりの意識が変わっていかないと、日本はちゃんとした方向に向かないのかなと思いました。

前の本は経済に興味ある人は手に取ると思いますが、その外側にいる人たちには届きません。一人ひとりに訴えかけるためには、感情移入して読みやすい小説形式がいいのではと思いました。

──本作には3人の人物(主人公の中学生・優斗、投資銀行で働いている七海さん、優斗と七海さんにお金のことを教えてくれる謎のボス)が登場します。人物設定にはご自身の体験がリンクされていたりしますか?

僕の親は自営業でそば屋をしていました。1階が店舗で2階が自宅。優斗の設定にそっくりそのまま使っていますね(笑)。(注:優斗の両親は自宅でトンカツ屋を営んでいる。)

あと、僕は以前投資銀行で働いていたのですが、金融をわかっている七海という投資銀行で働く女性がツッコミを入れることで、ビジネスパーソンにも気づきを与えられるかなと思いました。

お金がなくても支えてくれる人たちを大切にしよう

──本書の最大のメッセージである「お金自体には価値がない」。敢えてこれを打ち出したのはなぜでしょうか。

お金の価値の源泉って、その裏側にいる人々の働きですよね。いまの経済は貨幣経済が中心になってしまっているけど、実際はそうじゃなくて、人々が支え合って社会がつくられています。

昔はお金が存在しなくて、家族や村社会で暮らしていましたよね。そこにお金が登場することによって、知らない人たちにも協力の範囲が広がっていったわけです。

だけど「お金=経済」になってしまうと、お金以外で助け合っている人たちの「外側」が中心になってしまう。でも本当は、お金がなくても協力してくれる「内側」を広げることが大事なんです。

都会では地域社会や助け合いがなくなって、生きづらさを感じる人が増えています。本書の主人公の優斗は地方に住んで地域社会に存在しています。だから彼は身の回りと助け合って生きている人たちの存在を感じながら生きています。

一方、投資銀行で働いている七海は地域社会に属していません。彼女のキャラクターは2つあって、1つは「金融に詳しい人」、もう1つは「地域社会に存在しない人」です。地域社会にいない彼女が他者視点で社会を見るためには、愛、つまり人を愛することが必要になってくるんです。

──たしかに、お金は愛とつながることもできますし、一方でお金があればなんでも買えるため、孤立して生きることもできますね。

自分のそばには自分のことを愛してくれる、いつも協力的な人たちがいます。そのすぐ外側には「仲間」と呼ばれる人たち。彼らは目的が共有できると協力してくれますが、あまりに利己的だと協力してくれなくなってしまう。そのさらに外側にいる人たちに手伝ってもらおうとするときは、お金を使って動いてもらうんです。

僕は金融教育やキャリア教育の講演に呼ばれて学校に足を運ぶときは、「将来どういう仕事がしたいですか?」と質問するんですけど、「年収の高い仕事」と返ってくることが多いです。「社会のために働く」という学生はすごく少ないですね。

なぜ「年収の高い仕事」を求めてしまうのか。それは、「社会」がすごく遠い世界のものだと感じているからだと思っています。別の言い方をすると、身近な社会を感じられなくなっている。

たとえば「単価の高い寿司屋でもうけたい」という目的で寿司屋を始めても、友達は食べに行かないでしょう。でも「地域の人たちにおいしいお寿司を食べてもらいたい」という目的であれば、資金提供したり、応援する人が現れるわけです。

世界っていうのは、まず愛する人や仲間たちがいて、その外側に貨幣経済があります。だとしたら、まず仲間を増やすことを考えたほうが生きやすいですよ。だから「社会のために働いた方がいいよ」いう話をするんです。

なんでも「お金が解決してくれる」と思うのは危険

お金のことを過信しちゃいけないんです。本当は無力なんです。たとえば数年前に、二酸化炭素を削減するために30年で1京円くらい必要になるという試算が出た。そこで「1京円をどう調達するんだ」という話になったのですが、そもそも調達以前に1京円払ってそういうことをやってくれる人たちが存在しないと無理ですよね。

あと、投資でお金を増やそうとしている人だけいても、経済は成長しません。その資金を受け取って、生活が豊かになるモノやサービスを作る人たちの存在が必要です。アメリカ経済が成長したのは投資家が育ったからじゃなくて、iPhoneとかGoogleとかを作ろうと挑戦する人たちがいたからです。いまの日本はそうしたものをアメリカから買っている状態です。

「お金が問題を解決してくれる」という期待が強すぎるのは、非常に危険だと思っています。学校の金融教育でそれをやってしまうと、子どもたちは「投資はお金を増やす」ことだと思っちゃう。そして、おいしいお寿司を食べたりiPhoneを買ったりするためには、お金を増やす必要があると考える。みんながみんなそう考えるのは非常に危険です。

投資される側に回って、寿司屋を始めたり、iPhoneを作ろうとしたりする人が育たないと、実は社会は豊かにならないんです。

だからいま「お金の増やし方」的な本が多いなかでこの本を選んでいただけたというのは、希望がもてるなと思いました(笑)。

──これから本書を読む方にメッセージをお願いします。

見た目は中高生向けですが、ビジネスパーソンにも読んでもらいたいですね。

お金は力強いものです。だけど、それを信じていると大事なことを忘れてしまうので、「お金はすごい。しかし、お金に負けるな!」でしょうか。これは、この小説を読んでくださった糸井重里さんが言ってたんですけどね(笑)。

お金は道具ですから、お金に振り回されないでほしいと思います。

仲間を増やすことが大事ですし、これからもそれをうまく伝えたいですね。若い人たちが未来をつくっていくのに参考になるようなものを書いていけたらいいなと思っています。

『きみのお金は誰のため』
 著者:田内学
 出版社:東洋経済新報社
 要約を読む

『お金のむこうに人がいる』
 著者:田内学
 出版社:ダイヤモンド社
 要約を読む

田内学(たうち まなぶ)

1978年生まれ。東京大学工学部卒業。同大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。

2003年ゴールドマン・サックス証券株式会社入社。以後16年間、日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングに従事。日本銀行による金利指標改革にも携わる。

2019年に退職してからは、佐渡島庸平氏のもとで修行し、執筆活動を始める。著書に『お金のむこうに人がいる』(ダイヤモンド社)、高校の社会科教科書『公共』(共著、教育図書)、『10才から知っておきたい 新しいお金のはなし』(監修、ナツメ社)などがある。『ドラゴン桜2』(講談社)、『インベスターZ 番外編「人生を変える!令和の投資教育」』(コルク)でも監修協力。

お金の向こう研究所代表。社会的金融教育家として、学生・社会人向けにお金についての講演なども行う。

インスタグラム(@tauchimnb)やnote(https://note.com/mnbtauchi/)でも、お金や経済の情報を発信している。

◇ ◇ ◇

flier編集部

本の要約サービス「flier(フライヤー)」は、「書店に並ぶ本の数が多すぎて、何を読めば良いか分からない」「立ち読みをしたり、書評を読んだりしただけでは、どんな内容の本なのか十分につかめない」というビジネスパーソンの悩みに答え、ビジネス書の新刊や話題のベストセラー、名著の要約を1冊10分で読める形で提供しているサービスです。

通勤時や休憩時間といったスキマ時間を有効活用し、効率良くビジネスのヒントやスキル、教養を身につけたいビジネスパーソンに利用されており、社員教育の一環として法人契約する企業も増えています。

このほか、オンライン読書コミュニティ「flier book labo」の運営など、フライヤーはビジネスパーソンの学びを応援しています。



flier編集部

この記事の関連ニュース