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キャサリン皇太子妃に「がん告白」を迫った陰謀論の高まり...背景にあったロシア偽情報トロール部隊の存在

ニューズウィーク日本版 2024年3月30日 12時4分

<プライバシーを重視するウィリアム皇太子の秘密主義が生んだ情報の「空白」と「加工」が、悪意ある人々につけ込まれる結果に>

[ロンドン発]1月に腹部手術を受け、公務から離れているキャサリン皇太子妃(42)が3月22日、がんで予防的な化学療法を受けていることを告白した。皇太子妃の健康状態を巡る陰謀論はこれでいったん収まったが、背後でロシア偽情報グループ(トロール部隊)の暗躍があった。

皇太子妃は昨年のクリスマス、ノーフォーク州サンドリンガムの教会に家族で礼拝して以来、公の場から姿を消した。1月17日「昨日、腹部手術のため入院した。手術は成功して10~14日間入院し、その後自宅に戻って療養する」と発表したものの、情報の長い「空白」を生んだ。

皇太子妃の手術と退院はチャールズ国王の前立腺肥大治療の発表と同じ日に公表された。国王はがんの公表や公の場に復帰するのも早かったが、皇太子妃はプライバシーを優先し、3月4日にウィンザー城周辺で実母の車で移動する様子が撮影されるまで動静は全く分からなかった。

母の日の3月10日、陰謀論を抑えるため子どもと写った家族写真をソーシャルメディアに投稿したが「加工」を疑った通信社が配信を撤回。謝罪に追い込まれた皇太子妃は3月22日、手術後、がんが見つかり、2月下旬から予防的な化学療法を受けていることをようやく打ち明けた。

トラフィックに異常なスパイク(急上昇)

2月27日、ウィリアム皇太子が「プライベートな問題」で名付け親のギリシャ最後の国王コンスタンティノス2世の追悼式を45分前にドタキャンしたことも陰謀論の火に油を注いだ。王族にももちろんプライバシーはあるが、公務に支障を来たす場合、情報公開は必須だ。

英カーディフ大学セキュリティー・犯罪・インテリジェンス革新研究所のマーティン・イネス所長は豪公共放送・オーストラリア放送協会のインタビューに(3月27日付)は「以前、ロシアの偽情報グループを調査した時に把握したアカウントの異常な活動が観察された」と語る。

ネット上の偽情報や情報操作を研究している同研究所は皇太子妃に関する記事のトラフィックを監視していたところ、異常なスパイク(急上昇)があることに気づいた。「問題のグループは数年前から存在しており、研究コミュニティーではかなり有名だ」という。

ロシアの偽情報グループは皇太子妃の健康状態に大きな関心が集まっていることに便乗、注目度の高い投稿を見つけては返信し、自分のコンテンツを挿入していた。ウクライナを誹謗中傷し、戦争におけるロシアの功績を称えるか、ロシア大統領選の正当性を強調する内容だった。

ハイジャックと呼ばれる手口

オリジナル投稿ではなく、コメントや返信をするハイジャックと呼ばれる手口を使う理由はX(旧ツイッター)やフェイスブックなどのソーシャルメディアプラットフォームが偽情報のメッセージングに気づいて阻止するのが非常に難しくなるからだとイネス所長は種明かしをする。

「興味深いのは、彼らはクレムリンと契約してソーシャルメディアにメッセージを配信する営利団体で、闇のPR会社のようなものだということだ。彼らはある種の意図を持ってメッセージを発信しているだけでなく、商業的な意図も持っている。彼らの目的は報酬なのだ」

一般の商業契約と同じようにノルマとして一定期間に発信しなければならないメッセージの数、閲覧数、注目される量が課せられている可能性が高い。「今回のような注目度の高いストーリーに飛びつくことで自分たちの望むシナリオを拡散し、営業目標の達成を容易にできる」という。

王族の健康状態に関する記事の注目度は非常に高い。継続的にメッセージを挿入したり、特定のハッシュタグに飛びついたりするだけでも伝えたいメッセージに多くの注目を集められる。投稿したうち、わずかな反応を得ることができるだけでも大成功なのだ。

中国が世界的サイバー攻撃

クレムリンは恒常的に複数の偽情報グループを雇って、自分たちにとって都合の良いデマやプロパガンダをまき散らしている。パキスタンやインドネシアなど、さまざまな国で活動する商業的なインフルエンサー、闇のPR会社も活動していた。

「フォロワーの数を増やし、伝えたいメッセージに注目を集めたい人にとり皇太子妃のような注目度の高い人物は磁石のような役割を果たす」とイネス所長は語る。皇太子妃の好感度は王族の中でナンバー1。世界中が注目する米大統領選も迫り、トロール部隊にとっては稼ぎ時だ。

英米両政府は3月25日、中国が政治家、ジャーナリスト、学者、何百万人もの有権者の個人情報を標的に大規模な世界的サイバー攻撃を仕掛けているとして制裁を発動した。今年、世界人口の半分以上、40億人超の76カ国で選挙が行われるだけに偽情報には注意が必要だ。

皇太子妃の健康状態を巡る陰謀論を増幅させたのはマスコミを嫌うウィリアム皇太子の秘密主義だ。陰謀論が最も嫌うのは透明性だ。皇太子妃には本当に気の毒だが、プライバシーを優先するあまり、情報の「空白」を作り「加工」までしたのは大失敗と言わざるを得ないだろう。


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