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金銭面でも設備の面でもハードルは大きく低下! 今こそ会社員も「多拠点ライフ」を実現すべき理由

ニューズウィーク日本版 2024年4月10日 17時27分

<「いくつもの選択肢を持つ」ことが強みになる...多拠点生活の実践者・石山アンジュさんが語る「多拠点ライフ」の気軽な始め方>

これからの時代は「分散する生き方」がスタンダードになっていく──。「分散する生き方」とは、家や仕事やコミュニティを複数同時に持つ「多拠点ライフ」を意味します。その可能性や多拠点ライフをはじめるためのヒントが詰まった一冊が、『多拠点ライフ』(クロスメディア・パブリッシング)です。

著者は、日本のシェアリングエコノミーの第一人者で、自身も多拠点生活の実践者である石山アンジュさん。会社員でも「分散する生き方」を実践するための一歩とは?(※この記事は、本の要約サービス「flier(フライヤー)」からの転載です)

「積み上げる」思考から、「分散する」思考へ

──石山さんが『多拠点ライフ』を執筆された動機は何でしたか。

世の中の不確実性が高まるなかで、私たちは常にリスクと共存する時代を生きています。そこに生きづらさを感じる人も増えるなか、「自分たちらしく、豊かに生きていける選択肢」を伝えたいという思いから、本書を執筆しました。都会と田舎を行き来する二拠点ライフ、仕事と休暇を組み合わせたワーケーションなど、「多拠点ライフ」の事例を数多く紹介したのもそのためです。

──「分散する生き方」がこれから重要になる背景とは何でしょうか。

これまでの社会は、GDPの成長を前提に、キャリアや資産を積み上げていく「積み上がる」思考を前提にしていました。しかし現在は、自然災害や戦争、感染症など、社会の機能が一瞬で崩壊する有事がいつ起きてもおかしくありません。こうした状況では、安定の概念が180度変わります。事業も資産も1つに依存することがリスクになるのです。

これから大事なのは、「積み上がる」思考から「分散する」思考へと転換すること。そして、家や仕事やコミュニティを複数同時に持つ「分散する生き方」を進めていくことです。もし住まいが複数あれば、首都直下地震のようなことが起きても、他の拠点に住めますよね。同様に、仕事も人間関係も複数の選択肢があれば、変化に対応しやすくなる。それがこれからの安定のステータスではないかと思います。

単に不確実性に対処するだけでなく、住まいや人間関係を分散することで、人とのつながりがより豊かになっていくと考えています。

『多拠点ライフ』
 著者:石山アンジュ
 出版社:クロスメディア・パブリッシング
 要約を読む

日本の潮流になりつつある「関係人口」「デジタルノマド」の促進

──分散する生き方に関連して、知っておくとよいトレンドはありますか。

1つは「働き方の変化」です。テレワークの普及や副業解禁、交通費の補助額の値上げ、そしてシェアオフィスの普及などです。

もう1つは、政府が推進する「関係人口」という考え方。関係人口とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々のことです。日本の持続可能性を考えると、移住を促すだけでは日本全体の人口を自治体同士が奪い合ってしまう。そこで政府も、色々な地域に人とお金が流れて持続可能性を担保できる状態をめざすようになりました。

これは世界で起きている潮流で、「デジタルノマド」というライフスタイルが増えています。オンラインで働き各地を旅しながら暮らすデジタルノマドは、世界に3500万人ほど存在し、各国はデジタルノマドビザの発行を解禁しています。従来、海外に住むにはワーキングホリデービザや就業ビザなどが必要でしたが、たとえば、日本企業の仕事を行っているという収入証明を用意すれば、その地域で長期滞在が可能になりました。日本政府もこうしたデジタルノマドを取り込もうとしています。

また、独身の人だけでなく、家族を持つ人も多拠点居住の土壌ができつつあります。その1つが「デュアルスクール」です。現行の学校教育では、自分の住民票を置いている地域の学校に通わないといけません。ですが、いくつかの自治体で、地方と都市の2つの学校の行き来を特例的に認める制度ができています。この動きが進めば、家族でまるごと多拠点生活をするライフスタイルが広がっていくでしょう。

「この地域に住むとしたら?」という目線で、ワーケーションを

──会社員だといきなり多拠点ライフは難しい方もいるかと思います。そんななかでも「分散する生き方」を実践していくには、どんな一歩を踏み出すとよいでしょうか?

最初の一歩は、暮らしのシェアリングサービスの活用です。これまで2つの拠点を持つことは、別荘を買うとか維持費が2倍になるなど、ハードルが高いものでした。それに対し現在は、『多拠点ライフ』でも紹介したADDressやHafH(ハフ)のような多拠点生活を楽しめる住まいのサブスクが増えています。自分で家を用意しなくても、飛行機や電車でふらっと出かけてもう1つの家を持てるのです。

大分でのテレワーク風景

また、旅行のときに、金曜をワーケーションにして土日を観光に充てるといったこともおすすめです。「この地域に住むとしたら?」と考えてみる。すると、ホテルの探し方一つとっても、仕事ができる環境があるか、Wi-fiが使えるかなどアンテナが立ってくるし、その地域の見方が変わってきます。旅行の延長線でのワーケーションなら、気軽に始めやすいと思います。

多拠点サービスを実際に使ってみると、企業で勤めている方を含めて多種多様な人が利用しているとわかるし、自分に近しいロールモデルに出会えるようになります。

──個人だけでなく企業経営者にも、多拠点ライフを促すメリットはありますか。

従業員が多様なフィールドの知識やつながりを得て、それを自社にフィードバックしてもらえるのは、大きなメリットです。また地震などの不測の事態に備えるうえでは、オフィスを手放して従業員が多拠点生活をできるようにすれば、固定費を大幅に下げられて、柔軟な経営体質を築きやすいのではないでしょうか。

地方で得られた、「何者でもない自分を受け入れてもらえる感覚」

──石山さんご自身も、東京都・渋谷のシェアハウスと大分県・豊後大野市の古民家に住まいをかまえています。多拠点ライフをしていてよかったことは何ですか。

1つは、地方で感じられる「何者でもない自分を受け入れてもらえる感覚」でしょうか。東京のような大都市では、自己紹介でも、自分の仕事が何なのかを語ることが求められます。しかも、東京では、世代やセグメントの同質性が高いコミュニティが多いものです。一方、地方なら、名刺もほぼ必要なく、温泉でたまたま居合わせた人とのたわいもない話から、多世代の人とのつながりが生まれることが多々あります。

もう1つよかったのは、自分の手で生活を作っていく安心感を得られることです。大分では、お米や野菜を作ったり空き家をDIYしたりして、半自給自足の暮らしができます。長引く物価高騰のなか、すべてを消費でなくDIYでも得られることは自信にもつながるのです。

DIYを楽しんでいる石山さん

──多拠点ライフを送ることで、ご自身の仕事に活きている点はありますか。

地方には、地球の生態系に基づいた知識や、「あるもの」を利用する文化が根付いています。SDGsのような話は、地方の農家さんがすでに実践しているケースもしばしば。社会課題の解決に活かせる知恵にふれることは、仕事にもよい影響を与えています。

また、BtoCのサービスなら、生活者に対する想像力が求められます。地元のスーパーやスナック、温泉などで色々な生活者の視点を知ることは、自社のビジネスを考えるうえでリアリティのある気づきを与えてくれます。

「スタンダードな家族像」はもういらない

──石山さんの共同コミュニティ「Cift(シフト)」の活動や「拡張家族」の概念に共感を覚えています。家族の多様なあり方が認められる社会に向けて、今後どんなことが必要だとお考えですか。

昔は家族6人くらいで1人の子どもを育てていました。いまは核家族が主流なうえに、共働きが増え、夫婦二人で何もかも支えなければならない状況です。育児や介護の負担が大きいと、負担や期待の押しつけ合いが起きてしまう。大事なのは、こうしたつらさを、いかに複数の人でシェアしていけるか。

Ciftはまさに、血縁や地縁に捉われず、世界観や価値観を共有する人たちがともに暮らすことでつながる新しい家族の社会実験、つまり「拡張家族」の実践の場。メンバーが色々なスキルや経験知をもとに、子育てや仕事、生活における様々なシーンで支え合っています。

また、子どもの教育を考えると、多様な「生き方のロールモデル」に身近に出会えることは重要だと捉えています。私は実家がシェアハウスだったので、小さい頃から生き方の正解は色々あると知ることができました。拡張家族やシェアハウスのように、多様な大人にふれ合える環境は、多様性に寛容な子どもを育てるうえで意義があるのではと思っています。

──石山さんはミレニアル世代の「家族」を取り巻く課題に対する政策提言にも携わっています。ミレニアル世代やZ世代の「希望する家族像」というのはあるのでしょうか。

若い世代の方は、新しい家族像を求めているのではなく、「スタンダードな家族像を作らないこと」を求めていると思うんですね。家族への期待も、家族との距離感も人によってさまざま。「家族のモデル」が定義されると、それに当てはまらず、傷つく人も出てきてしまう。だから、個々人に合う形にカスタマイズでき、100人いれば100通りの家族観を尊重するようなサポートや社会の寛容性がますます求められていると思います。

コミュニティで大事なのは、「したい人がする」という自発性の循環です。拡張家族のなかには、たとえば子供と接するのが得意な人もいれば、苦手な人もいる。得意な人が得意なことを担うと、各自が居心地のいい生活の場を作れると思います。

また、他のソリューションとして、得意でない部分は家事代行サービスや家事ロボットなど、テクノロジーで代替する方法もあります。これは、私が代表理事を務める一般社団法人Public Meets Innovation(パブリックミーツイノベーション)がまとめた、ミレニアル世代による政策ペーパーでも提言しています。

シェアの先にある「世界平和」。背中を押してくれた希望の書

──石山さんの人生観やキャリアに影響を与えた本は何でしたか。

オランダの歴史家ルトガー・ブレグマン氏の著書『Humankind 希望の歴史』です。私は2023年になって3か月ほどの間、心をすり減らしていました。「シェア」の概念を広げようと活動するなかで、人類はみな良心を持ち、優しさの輪を広げていくことが世界平和への道だと信じてきました。

しかし、ロシアのウクライナ侵攻で人々が憎しみ合う様子、国内での連続強盗などのニュースを目にするにつれ、世の中が自分の信じる世界線から逆行しているのではと悩んでいたのです。そんなときにこの本を薦めてもらって、背中を押されました。

9.11のようなテロや災害の際も、自分の利益のために何かを奪うのではなく、痛みを負ってでも誰かに手を差し伸べている場面がたくさんありました。『Humankind 希望の歴史』は、そうした事実を積み上げて、社会で共有する大切さに気づかせてくれる「希望の書」です。

──最後に、石山さんの今後のビジョンを教えてください。

誰かの多拠点ライフの「居場所になる人」を増やしたいと考えています。たとえば、家を建てるなら誰かが泊まれる部屋を設けようとか、空き家になった実家を取り壊すよりは誰かが泊まれる家にするとか。全国各地にシェアできる場所や取り組みを増やして、色々な人が安心して集える空間を開いていきたいです。

以前、フランスと中国で「食事のシェアリングサービス」を体験しました。料理を作ってふるまいたい人と食べたい人をつなぐサービスです。いまの日本では規制があって難しいものの、普段のご飯を誰かが気軽に食べにくるような風景が日常になれば、もっと優しい社会になるんじゃないかと思います。こんなふうに誰かの居場所になる人を増やす支援をしていきたいですね。

石山アンジュ(いしやま あんじゅ)

シェアハウスで育つ。シェアリングエコノミーを通じた新しいライフスタイルを普及するほか政府と民間の間に立ちながら社会課題の解決に取り組む。2019年から大分県の農村集落と渋谷のシェアハウスを行き来する二拠点生活を開始、以降、全国を転々とする生活を送る。政府の多拠点生活のあり方を議論する国土交通省「関係人口・ライフスタイルに関する懇談会」や地方創生の中長期戦略を議論する内閣官房「地方創生有識者懇談会」有識者委員を務め、シェアを通じて持続可能な共助地域を創る「シェアリングシティ」を全国に広げる。デジタル庁シェアリングエコノミー伝道師。新しい家族の形「拡張家族」の実践と普及、若い世代のシンクタンクPublicMeetsInnovationの設立、『羽鳥慎一モーニングショー』、『真相報道 バンキシャ!』など複数の番組でコメンテーターを務めるなと幅広く活動。株式会社USEN-NEXT HOLDINGS社外取締役(就任時、東証一部 最年少女性)。著書に『シェアライフ 新しい社会の新しい生き方』(クロスメディア・パブリッシング)。趣味は大人数料理をつくること。

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flier編集部

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