<小さな子どもをだまして連れ去る事件は、防犯ブザーには防げない。こうした犯罪を未然に防ぐために必要な考え方とは──>
いよいよ新年度が始まった。子どもの行動範囲が広がり、子どもの成長を実感できる季節だ。しかし他方、犯罪に巻き込まれないか心配になる季節でもある。にもかかわらず、保護者の多くは防犯ブザーを持たせること以外に対策を思いつかないのではないだろうか。もちろん、防犯ブザーは持たせないよりも持たせた方がいい。しかし、防犯ブザーには大きな限界がある。
警察庁の「子どもを対象とする略取誘拐事案の発生状況の概要」を用いて、小学生以下の連れ去り事案を推計すると、子どもの8割がだまされて自分からついていったという。確かに宮崎勤事件、サカキバラ事件、奈良女児誘拐殺害事件も、だまして連れ去ったケースだ。犯人にだまされてついていく子どもは防犯ブザーを鳴らさない。
では、子どもがだまされないためにはどうしたらいいか。そのヒントを与えてくれるのが動物たちだ。アフリカの大草原サバンナには、子どもに人気の動物が多く暮らしている。その行動をまねすれば犯罪に巻き込まれなくて済むのだ。
草食動物のサバイバルから学べる理由
もっとも、サバンナでは日々、草食動物の狩りが行われている。まさに「弱肉強食の法則」が支配する世界だ。しかし、草食動物は決して肉食動物のなすがままにはならない。実際、草食動物は「弱肉強食の世界」でも生き残っている。つまり、サバンナは「適者生存の法則」が支配する世界であり、強者が必ずしも適者とは限らないのだ。とすれば、「犯罪弱者」である子どもが草食動物のサバイバルから学ぶべきことは多いに違いない。
この分野の専門家であるガート・クレイワーゲンは、著書『ジャングルのリスク・マネジメント:アフリカの草原から学ぶ教訓』(未邦訳)で、すべての草食動物のサバイバルに共通する要素として「早期警戒」を挙げている。早期警戒が近づいてくる肉食動物の早期発見につながるからだ。
早期警戒する動物として最も有名なのはミーアキャットだ。その天敵はワシ、ヘビ、ジャッカルであるため、上空からの襲撃と地上での攻撃の双方を警戒しなければならない。そこで、ミーアキャットは四足歩行でせわしく動き回りながらもしきりに止まり、後ろ足だけで立ち、背伸びして周りを見渡す。
早期警戒するミーアキャット 筆者撮影
早期警戒に適した特徴を備えているのがキリンだ。キリンの目は顔の側面についているので、広い範囲を見ることができる。休息するときはそれぞれのキリンが異なる方向を向くようにしている。
早期警戒するキリン 筆者撮影
同様に、大型アンテロープであるクーズーも早期警戒に適した特徴を備えている。クーズーは胴体の色と柄が低木の幹枝とよく似ている。そのため、茂みに隠れるのが得意だ。しかし、そうしたカムフラージュの最中でも警戒を怠ることはない。大きな耳を回転式パラボラアンテナのように前後に動かす。
早期警戒するクーズー 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)
このように、動物たちは周囲に対して警戒を怠ることはないが、それだけでなく皆で守り合うことにも熱心だ。
例えば、ミーアキャットの群れには見張り役もいる。その任務は大人のミーアキャットが交代で果たす。見張り役は高い場所を選んで任務に就き、鳴き続ける。ほかのミーアキャットが安心して食糧探しに専念できるよう、安全であることを知らせているのだ。しかし、ひとたび外敵が現れるとほえて危険を知らせる。その声は、地上の敵の場合は短く、空中の敵の場合は長く発せられる。警報が出されると、ミーアキャットは直ちにそろって最寄りの巣穴に逃げ込む。
ミーアキャットのチームワークの精神を見習おうと、ロンドン警視庁は地域防犯活動(ネイバーフッド・ウォッチ)のロゴマークのモチーフにミーアキャットを採用した。地域住民同士で見守り合い、助け合おうというわけだ。
ロンドンの近隣防犯活動 筆者撮影
チームワークに関してはシマウマも特筆される動物だ。シマウマのしま模様は天敵を混乱させる。夜行性のライオンやハイエナは白黒映像(明暗差)で物を見ている。そのため、シマウマが群れれば、個々のしま模様が複雑につながり、一頭一頭の輪郭がはっきりしなくなる。集まることでターゲットの存在を消しているわけだ。
しかし逆に言えば、群れから離れたシマウマは相当に目立つ。孤立したシマウマは格好のターゲットだ。群れからはぐれないためには互いの姿が見つけやすいことが必要である。白黒の鮮やかなコントラストはそれにも役立つ。シマウマが群れれば、敵の早期発見も容易になる。
シマウマのチームワーク 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)
このように、早期警戒はサバンナの弱者にとってサバイバルに不可欠な要素だ。ところが日本社会を眺めると、「犯罪弱者」である子どもたちに早期警戒の重要性を教えているようには見えない。そのため、残念ながら防げる事件も防げていない。
早期警戒はリスク・マネジメントで、防犯ブザーはクライシス・マネジメントだ。リスクは「危険」であり、犯罪が起きる前の話。対して、クライシスは「危機」であり、犯罪が起きた後の話である。
防犯のグローバル・スタンダードである犯罪機会論は「最悪の事態」を想定するので、追い込まれる前の「リスク・マネジメント」に結びつく。反対に、「がんばれば何とかなる」という日本的な「精神論」は、追い込まれた後の「クライシス・マネジメント」に結びつく。
防げる事件を確実に防ぐため、草食動物を見習い、「クライシス・マネジメント」から「リスク・マネジメント」へ、発想を転換することが必要ではないだろうか。
いよいよ新年度が始まった。子どもの行動範囲が広がり、子どもの成長を実感できる季節だ。しかし他方、犯罪に巻き込まれないか心配になる季節でもある。にもかかわらず、保護者の多くは防犯ブザーを持たせること以外に対策を思いつかないのではないだろうか。もちろん、防犯ブザーは持たせないよりも持たせた方がいい。しかし、防犯ブザーには大きな限界がある。
警察庁の「子どもを対象とする略取誘拐事案の発生状況の概要」を用いて、小学生以下の連れ去り事案を推計すると、子どもの8割がだまされて自分からついていったという。確かに宮崎勤事件、サカキバラ事件、奈良女児誘拐殺害事件も、だまして連れ去ったケースだ。犯人にだまされてついていく子どもは防犯ブザーを鳴らさない。
では、子どもがだまされないためにはどうしたらいいか。そのヒントを与えてくれるのが動物たちだ。アフリカの大草原サバンナには、子どもに人気の動物が多く暮らしている。その行動をまねすれば犯罪に巻き込まれなくて済むのだ。
草食動物のサバイバルから学べる理由
もっとも、サバンナでは日々、草食動物の狩りが行われている。まさに「弱肉強食の法則」が支配する世界だ。しかし、草食動物は決して肉食動物のなすがままにはならない。実際、草食動物は「弱肉強食の世界」でも生き残っている。つまり、サバンナは「適者生存の法則」が支配する世界であり、強者が必ずしも適者とは限らないのだ。とすれば、「犯罪弱者」である子どもが草食動物のサバイバルから学ぶべきことは多いに違いない。
この分野の専門家であるガート・クレイワーゲンは、著書『ジャングルのリスク・マネジメント:アフリカの草原から学ぶ教訓』(未邦訳)で、すべての草食動物のサバイバルに共通する要素として「早期警戒」を挙げている。早期警戒が近づいてくる肉食動物の早期発見につながるからだ。
早期警戒する動物として最も有名なのはミーアキャットだ。その天敵はワシ、ヘビ、ジャッカルであるため、上空からの襲撃と地上での攻撃の双方を警戒しなければならない。そこで、ミーアキャットは四足歩行でせわしく動き回りながらもしきりに止まり、後ろ足だけで立ち、背伸びして周りを見渡す。
早期警戒するミーアキャット 筆者撮影
早期警戒に適した特徴を備えているのがキリンだ。キリンの目は顔の側面についているので、広い範囲を見ることができる。休息するときはそれぞれのキリンが異なる方向を向くようにしている。
早期警戒するキリン 筆者撮影
同様に、大型アンテロープであるクーズーも早期警戒に適した特徴を備えている。クーズーは胴体の色と柄が低木の幹枝とよく似ている。そのため、茂みに隠れるのが得意だ。しかし、そうしたカムフラージュの最中でも警戒を怠ることはない。大きな耳を回転式パラボラアンテナのように前後に動かす。
早期警戒するクーズー 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)
このように、動物たちは周囲に対して警戒を怠ることはないが、それだけでなく皆で守り合うことにも熱心だ。
例えば、ミーアキャットの群れには見張り役もいる。その任務は大人のミーアキャットが交代で果たす。見張り役は高い場所を選んで任務に就き、鳴き続ける。ほかのミーアキャットが安心して食糧探しに専念できるよう、安全であることを知らせているのだ。しかし、ひとたび外敵が現れるとほえて危険を知らせる。その声は、地上の敵の場合は短く、空中の敵の場合は長く発せられる。警報が出されると、ミーアキャットは直ちにそろって最寄りの巣穴に逃げ込む。
ミーアキャットのチームワークの精神を見習おうと、ロンドン警視庁は地域防犯活動(ネイバーフッド・ウォッチ)のロゴマークのモチーフにミーアキャットを採用した。地域住民同士で見守り合い、助け合おうというわけだ。
ロンドンの近隣防犯活動 筆者撮影
チームワークに関してはシマウマも特筆される動物だ。シマウマのしま模様は天敵を混乱させる。夜行性のライオンやハイエナは白黒映像(明暗差)で物を見ている。そのため、シマウマが群れれば、個々のしま模様が複雑につながり、一頭一頭の輪郭がはっきりしなくなる。集まることでターゲットの存在を消しているわけだ。
しかし逆に言えば、群れから離れたシマウマは相当に目立つ。孤立したシマウマは格好のターゲットだ。群れからはぐれないためには互いの姿が見つけやすいことが必要である。白黒の鮮やかなコントラストはそれにも役立つ。シマウマが群れれば、敵の早期発見も容易になる。
シマウマのチームワーク 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)
このように、早期警戒はサバンナの弱者にとってサバイバルに不可欠な要素だ。ところが日本社会を眺めると、「犯罪弱者」である子どもたちに早期警戒の重要性を教えているようには見えない。そのため、残念ながら防げる事件も防げていない。
早期警戒はリスク・マネジメントで、防犯ブザーはクライシス・マネジメントだ。リスクは「危険」であり、犯罪が起きる前の話。対して、クライシスは「危機」であり、犯罪が起きた後の話である。
防犯のグローバル・スタンダードである犯罪機会論は「最悪の事態」を想定するので、追い込まれる前の「リスク・マネジメント」に結びつく。反対に、「がんばれば何とかなる」という日本的な「精神論」は、追い込まれた後の「クライシス・マネジメント」に結びつく。
防げる事件を確実に防ぐため、草食動物を見習い、「クライシス・マネジメント」から「リスク・マネジメント」へ、発想を転換することが必要ではないだろうか。