<バイオベンチャーのケナガマンモス復活プロジェクトで、第1号のマンモスの赤ちゃんが28年に誕生する予定だ。成功したら次はドードーとタスマニアタイガーも>
「ケナガマンモス」と聞いて、どんなイメージを抱くだろう。
絶滅した氷河時代の巨大なアイコン的動物。みんな大好きな、おなじみの動物だ。子供たちには大人気。映画やドキュメンタリー、教科書などで見たことがあるだろう。
それでいて神話に登場する動物のようでもある。恐竜と同類に扱われることも。生息年代は6500万年も離れているのに......。
人間がピラミッドを建てていた時代に生息していたなんて信じられないかもしれない。そう言うと、たいがい「ウソでしょう!」という反応が返ってくる。
バイオベンチャーのコロッサル・バイオサイエンシーズを共に立ち上げた創業者で遺伝学者のジョージ・チャーチは、いま使える先端技術を駆使してマンモスをよみがえらそうとしている。私たちは彼の先駆的なビジョンに大いに触発された。
ケナガマンモスのゲノム(全遺伝情報)の解析データがどっと出始めたのは10年ほど前のこと。チャーチはこうした研究成果を活用して絶滅種を復活させ、生態系を再生して人間活動が自然に及ぼしたダメージを減らそうとわれわれと起業したのだ。
今から2050年までに、人為的な活動により生物多様性が最大50%失われる危険性があるといわれている。
私たちは絶滅種をよみがえらせて元の生息地に戻す技術を確立することで、生物多様性の保全だけでなく、ヒトの長寿や医療の研究の進歩にも貢献したいと考えている。
赤ちゃん誕生は4年後
このプロジェクトを「可能だろうか」から「やるべきなのか」に変えたのはゲノム編集・合成技術の登場だ。科学はDNAを「読む」だけでなく、「書く」段階に突入した。
加速度的に進展するAI(人工知能)のソフトウエア開発と機械学習の多様なモデルの登場も私たちのプロジェクトを後押しする。
現在私たちは、ゲノムの多くの部分を同時並行的に編集する「多重ゲノム編集」を行っている。それによりDNAの非常に大きなブロックを同時に操作できるようになった。
コロッサルでは今、優秀な科学者たちが化石から抽出したDNAを解析し、ゲノムの編集・設計技術を活用して、ケナガマンモスをアイコン的存在にした表現型(観察できる特徴)を再現しようと日夜奮闘している。
マンモスは陸上動物では母胎内で発育する期間が最も長いため、ゲノム編集でマンモスをマンモスたらしめる表現型を確実に形づくる遺伝子を作製する必要がある。
目的は、できるだけ早くマンモスの赤ちゃんを誕生させること。この試みにはまだ誰も挑んだことがない。私たちの計画では、第1号の赤ちゃんは28年に誕生する予定だ。
私たちにとって、それは最初の一歩にすぎない。その後も数々の課題が待ち受けている。
COLOSSAL BIOSCIENCES
マンモスを復活させたら、次の課題はレジリエンス、つまり野生で生き延び、繁殖する能力を与えること。
そのためには致命的な疾患であるゾウ内皮向性ヘルペスウイルス(EEHV)などの問題に対処しなければならない。象牙目的の密猟で大量に殺されないよう、牙を短くする遺伝子を組み込むことも課題の1つになるかもしれない。
ゾウの保護にも役立つ
私たちは同時並行的に諸課題に取り組んでいる。ゲノム編集を進めながら、生まれた赤ちゃんの飼育方法を研究するといった具合だ。「1つクリアしてから次に進む」やり方では、赤ちゃん誕生までに膨大な時間がかかるだろう。
第2世代では遺伝子操作で新たな特徴を持たせ、亜種や別種をつくるなど遺伝的多様性を実現し異系交配ができるようにしたい。私たちが目指すのは、持続可能で健全な個体群を野生に帰すことだ。
種の保存と絶滅種の復活に対する私たちの大きな貢献の1つに、ゾウの生殖の仕組みを深く探った基礎研究がある。私たちは学術機関と共同で進める研究開発に力を入れていて、大学の研究所などに勤務する50人超の博士研究員に助成を行っている。
EEHVはゾウの赤ん坊の20%を死に追いやる恐ろしいウイルスで、対策が必要だ。だが投資対象としては大きい市場が見込めるわけもなく、これまで十分な技術やリソースが投じられてきたとはいえない。そこで私たちの研究が役に立つかもしれない。
また、ゾウの死因としてEEHVに次いで多いのが、密猟や生息地の環境破壊といった人間由来の問題だ。その解決にも私たちは努めなければならない。
今後も人類は、ゾウの生息地を侵食し続けるだろう。一方でマンモスは更新世以降、亜寒帯の針葉樹林タイガや、さらに高緯度のツンドラで生息していた。
つまり、マンモスのゲノムや失われた遺伝子を使って現生種のゾウを寒冷地に適応させることができれば、タイガやツンドラといった場所でゾウを野に放つことも可能になるわけだ。
また、マンモスを復活させて増やすことができれば、生態系を補完し、生物多様性を高める効果も見込める。かつての豊かな生態系を取り戻す一助になるかもしれない。
コロッサルにとってケナガマンモスの復活は中核となるプロジェクトだが、その一方で、現生種のゾウの保全にももっと力を注がなければ、いつかゾウという種も失われてしまうかもしれない。
コロッサルの共同創業者のベン・ラム(左)とジョージ・チャーチ。チャーチはハーバード大学の遺伝学者だ COLOSSAL BIOSCIENCES
マンモスのゲノム解析は非常に興味深い研究だ。マンモスについては基本的な生物学的事実がほとんど分かっていない。そこで実際のゲノムからひもといていくわけだ。
コロッサルではアジアゾウとアフリカゾウのゲノムの世界最大級のデータベースを構築中だ。ゾウの祖先である長鼻目の全ゲノムについてもデータベースに加えている。調べるほどに新たな事実が分かってきて、実に刺激的だ。
人工子宮の開発も進行中
研究の倫理面について言えば、科学的な問題や種の保全について検討する諮問委員会を立ち上げた。生命倫理学者のアルタ・チャロら、この分野のトップクラスの人材を会社に迎えてもいる。
ゾウの種の保全のために集められた資金がマンモス復活計画に流用されているとの批判を受けることもあるが、それは見当違いだ。
わが社はレオナルド・ディカプリオが立ち上げた環境保護団体「リ:ワイルド」と協力関係にあるが、それもわが社が保全活動に新たな資金と技術をもたらしているからだ。
ゾウの保護のために集めた寄付金を分けてくれと環境保護団体に頼んだりはしていない。コロッサルの場合、研究資金の調達にはテクノロジー系の投資家を頼っている。
それに私たちは、野生動物の種の保全に応用できる新技術は全て、無料で提供している。
つまり当社は、ケニアやボツワナなどに生息し、生息数の少ないキタシロサイやモモイロバト、ゾウの保護プロジェクトのために活動するとともに、種の保全のためのツールを開発しているのだ。
マンモス復活に力を注ぐ一方で、やはり絶滅種であるドードーとタスマニアタイガー(フクロオオカミ)の復活プロジェクトも進めている。復活させた個体を自然に戻すための計画の立案も始めた。これは時間のかかる作業だ。
タスマニアタイガーに関しては、先住民のリーダーや自治体幹部、地元住民と共にワーキンググループを立ち上げた。
3カ月ごとの会議でプロジェクトの進捗状況に関する情報提供をするところから始めて、環境への影響についても検討していく。慎重にプロセスを踏んでいるのだ。
技術的な面で言うと、マンモスの妊娠期間の長さから考えて、複数の群れが作れるくらいまで数を増やすには、さらなる技術革新が必要だ。
その中でも私たちが取り組んでいるのが、人工子宮の研究だ。SFみたいに思われるかもしれないが、コロッサルの17人からなる専任チームは、開発に向けて技術的に大きく前進しつつある。
実用化すれば、マンモスを人工子宮の中で育て、絶滅種の復活を現実のものにできるだろう。
ベン・ラム(コロッサル・バイオサイエンシーズCEO・共同創業者)、エリオナ・ハイソリ(同社生物科学部門責任者)
「ケナガマンモス」と聞いて、どんなイメージを抱くだろう。
絶滅した氷河時代の巨大なアイコン的動物。みんな大好きな、おなじみの動物だ。子供たちには大人気。映画やドキュメンタリー、教科書などで見たことがあるだろう。
それでいて神話に登場する動物のようでもある。恐竜と同類に扱われることも。生息年代は6500万年も離れているのに......。
人間がピラミッドを建てていた時代に生息していたなんて信じられないかもしれない。そう言うと、たいがい「ウソでしょう!」という反応が返ってくる。
バイオベンチャーのコロッサル・バイオサイエンシーズを共に立ち上げた創業者で遺伝学者のジョージ・チャーチは、いま使える先端技術を駆使してマンモスをよみがえらそうとしている。私たちは彼の先駆的なビジョンに大いに触発された。
ケナガマンモスのゲノム(全遺伝情報)の解析データがどっと出始めたのは10年ほど前のこと。チャーチはこうした研究成果を活用して絶滅種を復活させ、生態系を再生して人間活動が自然に及ぼしたダメージを減らそうとわれわれと起業したのだ。
今から2050年までに、人為的な活動により生物多様性が最大50%失われる危険性があるといわれている。
私たちは絶滅種をよみがえらせて元の生息地に戻す技術を確立することで、生物多様性の保全だけでなく、ヒトの長寿や医療の研究の進歩にも貢献したいと考えている。
赤ちゃん誕生は4年後
このプロジェクトを「可能だろうか」から「やるべきなのか」に変えたのはゲノム編集・合成技術の登場だ。科学はDNAを「読む」だけでなく、「書く」段階に突入した。
加速度的に進展するAI(人工知能)のソフトウエア開発と機械学習の多様なモデルの登場も私たちのプロジェクトを後押しする。
現在私たちは、ゲノムの多くの部分を同時並行的に編集する「多重ゲノム編集」を行っている。それによりDNAの非常に大きなブロックを同時に操作できるようになった。
コロッサルでは今、優秀な科学者たちが化石から抽出したDNAを解析し、ゲノムの編集・設計技術を活用して、ケナガマンモスをアイコン的存在にした表現型(観察できる特徴)を再現しようと日夜奮闘している。
マンモスは陸上動物では母胎内で発育する期間が最も長いため、ゲノム編集でマンモスをマンモスたらしめる表現型を確実に形づくる遺伝子を作製する必要がある。
目的は、できるだけ早くマンモスの赤ちゃんを誕生させること。この試みにはまだ誰も挑んだことがない。私たちの計画では、第1号の赤ちゃんは28年に誕生する予定だ。
私たちにとって、それは最初の一歩にすぎない。その後も数々の課題が待ち受けている。
COLOSSAL BIOSCIENCES
マンモスを復活させたら、次の課題はレジリエンス、つまり野生で生き延び、繁殖する能力を与えること。
そのためには致命的な疾患であるゾウ内皮向性ヘルペスウイルス(EEHV)などの問題に対処しなければならない。象牙目的の密猟で大量に殺されないよう、牙を短くする遺伝子を組み込むことも課題の1つになるかもしれない。
ゾウの保護にも役立つ
私たちは同時並行的に諸課題に取り組んでいる。ゲノム編集を進めながら、生まれた赤ちゃんの飼育方法を研究するといった具合だ。「1つクリアしてから次に進む」やり方では、赤ちゃん誕生までに膨大な時間がかかるだろう。
第2世代では遺伝子操作で新たな特徴を持たせ、亜種や別種をつくるなど遺伝的多様性を実現し異系交配ができるようにしたい。私たちが目指すのは、持続可能で健全な個体群を野生に帰すことだ。
種の保存と絶滅種の復活に対する私たちの大きな貢献の1つに、ゾウの生殖の仕組みを深く探った基礎研究がある。私たちは学術機関と共同で進める研究開発に力を入れていて、大学の研究所などに勤務する50人超の博士研究員に助成を行っている。
EEHVはゾウの赤ん坊の20%を死に追いやる恐ろしいウイルスで、対策が必要だ。だが投資対象としては大きい市場が見込めるわけもなく、これまで十分な技術やリソースが投じられてきたとはいえない。そこで私たちの研究が役に立つかもしれない。
また、ゾウの死因としてEEHVに次いで多いのが、密猟や生息地の環境破壊といった人間由来の問題だ。その解決にも私たちは努めなければならない。
今後も人類は、ゾウの生息地を侵食し続けるだろう。一方でマンモスは更新世以降、亜寒帯の針葉樹林タイガや、さらに高緯度のツンドラで生息していた。
つまり、マンモスのゲノムや失われた遺伝子を使って現生種のゾウを寒冷地に適応させることができれば、タイガやツンドラといった場所でゾウを野に放つことも可能になるわけだ。
また、マンモスを復活させて増やすことができれば、生態系を補完し、生物多様性を高める効果も見込める。かつての豊かな生態系を取り戻す一助になるかもしれない。
コロッサルにとってケナガマンモスの復活は中核となるプロジェクトだが、その一方で、現生種のゾウの保全にももっと力を注がなければ、いつかゾウという種も失われてしまうかもしれない。
コロッサルの共同創業者のベン・ラム(左)とジョージ・チャーチ。チャーチはハーバード大学の遺伝学者だ COLOSSAL BIOSCIENCES
マンモスのゲノム解析は非常に興味深い研究だ。マンモスについては基本的な生物学的事実がほとんど分かっていない。そこで実際のゲノムからひもといていくわけだ。
コロッサルではアジアゾウとアフリカゾウのゲノムの世界最大級のデータベースを構築中だ。ゾウの祖先である長鼻目の全ゲノムについてもデータベースに加えている。調べるほどに新たな事実が分かってきて、実に刺激的だ。
人工子宮の開発も進行中
研究の倫理面について言えば、科学的な問題や種の保全について検討する諮問委員会を立ち上げた。生命倫理学者のアルタ・チャロら、この分野のトップクラスの人材を会社に迎えてもいる。
ゾウの種の保全のために集められた資金がマンモス復活計画に流用されているとの批判を受けることもあるが、それは見当違いだ。
わが社はレオナルド・ディカプリオが立ち上げた環境保護団体「リ:ワイルド」と協力関係にあるが、それもわが社が保全活動に新たな資金と技術をもたらしているからだ。
ゾウの保護のために集めた寄付金を分けてくれと環境保護団体に頼んだりはしていない。コロッサルの場合、研究資金の調達にはテクノロジー系の投資家を頼っている。
それに私たちは、野生動物の種の保全に応用できる新技術は全て、無料で提供している。
つまり当社は、ケニアやボツワナなどに生息し、生息数の少ないキタシロサイやモモイロバト、ゾウの保護プロジェクトのために活動するとともに、種の保全のためのツールを開発しているのだ。
マンモス復活に力を注ぐ一方で、やはり絶滅種であるドードーとタスマニアタイガー(フクロオオカミ)の復活プロジェクトも進めている。復活させた個体を自然に戻すための計画の立案も始めた。これは時間のかかる作業だ。
タスマニアタイガーに関しては、先住民のリーダーや自治体幹部、地元住民と共にワーキンググループを立ち上げた。
3カ月ごとの会議でプロジェクトの進捗状況に関する情報提供をするところから始めて、環境への影響についても検討していく。慎重にプロセスを踏んでいるのだ。
技術的な面で言うと、マンモスの妊娠期間の長さから考えて、複数の群れが作れるくらいまで数を増やすには、さらなる技術革新が必要だ。
その中でも私たちが取り組んでいるのが、人工子宮の研究だ。SFみたいに思われるかもしれないが、コロッサルの17人からなる専任チームは、開発に向けて技術的に大きく前進しつつある。
実用化すれば、マンモスを人工子宮の中で育て、絶滅種の復活を現実のものにできるだろう。
ベン・ラム(コロッサル・バイオサイエンシーズCEO・共同創業者)、エリオナ・ハイソリ(同社生物科学部門責任者)