<全国の得票率で与党を上回り、35の市長選でも野党候補が勝利。与党の「歴史的な敗北」となったトルコ統一地方選が見せたエルドアン大統領を脅かす地殻変動の兆し>
トルコで3月31日に投開票された統一地方選は、近年のトルコ政治に例を見ない結果となった。81市の市長選のうち、主要都市を含む35の市長選で野党候補が勝っただけではない。この選挙結果は、トルコの地方政治におけるパワーバランスに重要な変化をもたらすものだ。
最大野党の共和人民党(CHP)は過去20年超で初めて、レジェップ・タイップ・エルドアン大統領率いる保守系の与党・公正発展党(AKP)に全国規模で勝利した。全国の得票率は37.77%でAKPの35.49%を上回り、従来から強かった都市部だけでなく、AKPの長年の地盤でも勝利を収めた。
ただしアナトリア中部地方では、いくつかの市で敗れたものの、AKPの支持は根強い。昨年2月の2度の地震で被災した南東部のカフラマンマラシュとガズィアンテプでは、AKPが手堅く勝利した。
それでもAKPの全国的な得票率の低下には、CHPの戦略が効いたという以外に、昨年の大統領選でエルドアンを支持した有権者の変化が関係している。今回の地方選の結果からは、保守色の強い地域での投票行動に重要な変化があったことが分かる。
イスラム主義の新福祉党(YRP)や民族主義者行動党(MHP)など、さらに過激な勢力が躍進したことは、エルドアン支持層のイスラム主義者と右派の不満の表れだ。AKPの政策は宗教や愛国心の面で手ぬるいと考える保守派有権者の票が、YRPとMHPに流れた。
一方で、経済政策への不満からAKPに見切りをつけた有権者は、CHPにくら替えした。その大きな要因は、与党の経済政策の失敗と擁立候補の人選ミスかもしれないが、CHPが保守的な地域でも支持を広げている表れでもある。
カリスマ市長を前面に
この動きは、最大都市のイスタンブールでも顕著だった。同市の市長選では、CHPが推薦した現職のエクレム・イマモールが勝利。市内の保守色が強い地区でも、CHPの躍進が目立った。
改めて浮き彫りになったのは、選挙結果を左右する浮動票の役割を長年果たしてきたクルド人有権者の票の重みだ。親クルド派で左派の人民平等民主党(DEM)はシリア、イラクの両国と国境を接する南東部で支持を伸ばした。
有権者の関心を最も集めたのは、低迷の続く経済だった。野党が中央政府の経済政策の失態と、地方が上げている実績を切り分けて訴えたことも、効果があった。
CHPの党内力学も勝利に一役買った。CHPは前党首のケマル・クルチダルオールの下で「万年野党」に甘んじてきたが、変革を求める支持者の声に応じ、昨年11月、新党首にオズギュル・オゼルを据えた。
さらに、トルコが独裁政治に移行していると警鐘を鳴らすイマモールやアンカラ市長のマンスル・ヤバシュ(今回再選を果たした)など、カリスマ性を備えた市長らを前面に押し出す形で選挙戦を進めた。
投票率が高いことで知られるトルコだが、今回はわずかに低下した。2019年の統一地方選では84.7%だったが、今回は78.1%と04年以降で最も低かった。
主な理由は与党支持者の不満だ。政府が約束した景気対策を実行しなかったことで、特に退職者や失業者など社会的弱者の間に失望が広がった。
エルドアン自身が候補者ではなかったことも選挙結果に影響したようだ。彼は選挙戦で自らの「顔」を前面に出そうと努めたが、自分への支持をAKPへの支持につなげることができず、かえって政治の刷新を求める声が浮き彫りになった。
今回の結果は、18年にトルコが大統領制に移行したことも一因だろう。この変革により大統領に権力が集中し、地方との接触が徐々に途絶えたことで、地方レベルでの大統領の影響力が低下しつつある。
大統領の権限にほとんどチェック機能が働かないトルコで、地方選挙は大統領制の「抑制と均衡」という中央ではほぼ機能しない概念をよく体現している。エルドアンは常々、選挙により自らのリーダーシップと正統性を築いてきたと言うが、今回は有権者の予想外の反応に迎えられた。
野党が注意すべき2点
トルコの有権者は力強い市民社会活動で知られ、独裁政治に向かいつつある潮流に抵抗する重要な勢力となっている。有権者は行動を起こすことで、より均衡の取れた政治環境を生み出し、いかなる過激主義の広がりをも抑制する一助となってきた。
イスタンブール市長に再選されたイマモールは、勝利演説の冒頭で「民主主義の衰退は終わった」と語った。この発言は、今回の選挙は投票率こそ低かったものの、トルコが民主主義の力強い回復を示したことを強調している。
市民にとって選挙は重要であり、指導者は有権者から本当の信任を取り付ける必要があると改めて確認する言葉だった。
CHPの歴史的な勝利は、経済面での不満や指導者刷新への欲求、統治についての懸念などが、多くの有権者を野党支持に駆り立てつつあることを示している。ただし野党にしてみれば、この地方選が強い追い風になるとはいえ、今後の道が平坦ではないことも確かだ。
エルドアンと与党AKPは、5年の大統領任期が終わる28年まで政権を維持する。だからこそ野党は、それまで2つの点に力を注ぐ必要がある。
第1は、世俗派と保守派の溝を埋めるための対話を推し進めること。第2に経済や失業といった緊急の課題について、社会の分断を越えて幅広い支持を得られる計画を作ることだ。
トルコにとって今回の地方選の結果は、政治の大きな変化と、変革を求める声の高まりを示しており、これがトルコ政治の今後を変えていく可能性がある。問題は、野党が有権者から得た信頼を効果的に維持し続けることができるかどうかだ。
Riccardo Gasco, PhD Candidate, Università di Bologna
Samuele Carlo Ayrton Abrami, PhD Candidate, Università Cattolica del Sacro Cuore - Catholic University of Milan
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
リカルド・ガスコ、サムエレ・カルロ・アイルトン・アブラミ(共にトルコのサバンジュ大学客員研究員)
トルコで3月31日に投開票された統一地方選は、近年のトルコ政治に例を見ない結果となった。81市の市長選のうち、主要都市を含む35の市長選で野党候補が勝っただけではない。この選挙結果は、トルコの地方政治におけるパワーバランスに重要な変化をもたらすものだ。
最大野党の共和人民党(CHP)は過去20年超で初めて、レジェップ・タイップ・エルドアン大統領率いる保守系の与党・公正発展党(AKP)に全国規模で勝利した。全国の得票率は37.77%でAKPの35.49%を上回り、従来から強かった都市部だけでなく、AKPの長年の地盤でも勝利を収めた。
ただしアナトリア中部地方では、いくつかの市で敗れたものの、AKPの支持は根強い。昨年2月の2度の地震で被災した南東部のカフラマンマラシュとガズィアンテプでは、AKPが手堅く勝利した。
それでもAKPの全国的な得票率の低下には、CHPの戦略が効いたという以外に、昨年の大統領選でエルドアンを支持した有権者の変化が関係している。今回の地方選の結果からは、保守色の強い地域での投票行動に重要な変化があったことが分かる。
イスラム主義の新福祉党(YRP)や民族主義者行動党(MHP)など、さらに過激な勢力が躍進したことは、エルドアン支持層のイスラム主義者と右派の不満の表れだ。AKPの政策は宗教や愛国心の面で手ぬるいと考える保守派有権者の票が、YRPとMHPに流れた。
一方で、経済政策への不満からAKPに見切りをつけた有権者は、CHPにくら替えした。その大きな要因は、与党の経済政策の失敗と擁立候補の人選ミスかもしれないが、CHPが保守的な地域でも支持を広げている表れでもある。
カリスマ市長を前面に
この動きは、最大都市のイスタンブールでも顕著だった。同市の市長選では、CHPが推薦した現職のエクレム・イマモールが勝利。市内の保守色が強い地区でも、CHPの躍進が目立った。
改めて浮き彫りになったのは、選挙結果を左右する浮動票の役割を長年果たしてきたクルド人有権者の票の重みだ。親クルド派で左派の人民平等民主党(DEM)はシリア、イラクの両国と国境を接する南東部で支持を伸ばした。
有権者の関心を最も集めたのは、低迷の続く経済だった。野党が中央政府の経済政策の失態と、地方が上げている実績を切り分けて訴えたことも、効果があった。
CHPの党内力学も勝利に一役買った。CHPは前党首のケマル・クルチダルオールの下で「万年野党」に甘んじてきたが、変革を求める支持者の声に応じ、昨年11月、新党首にオズギュル・オゼルを据えた。
さらに、トルコが独裁政治に移行していると警鐘を鳴らすイマモールやアンカラ市長のマンスル・ヤバシュ(今回再選を果たした)など、カリスマ性を備えた市長らを前面に押し出す形で選挙戦を進めた。
投票率が高いことで知られるトルコだが、今回はわずかに低下した。2019年の統一地方選では84.7%だったが、今回は78.1%と04年以降で最も低かった。
主な理由は与党支持者の不満だ。政府が約束した景気対策を実行しなかったことで、特に退職者や失業者など社会的弱者の間に失望が広がった。
エルドアン自身が候補者ではなかったことも選挙結果に影響したようだ。彼は選挙戦で自らの「顔」を前面に出そうと努めたが、自分への支持をAKPへの支持につなげることができず、かえって政治の刷新を求める声が浮き彫りになった。
今回の結果は、18年にトルコが大統領制に移行したことも一因だろう。この変革により大統領に権力が集中し、地方との接触が徐々に途絶えたことで、地方レベルでの大統領の影響力が低下しつつある。
大統領の権限にほとんどチェック機能が働かないトルコで、地方選挙は大統領制の「抑制と均衡」という中央ではほぼ機能しない概念をよく体現している。エルドアンは常々、選挙により自らのリーダーシップと正統性を築いてきたと言うが、今回は有権者の予想外の反応に迎えられた。
野党が注意すべき2点
トルコの有権者は力強い市民社会活動で知られ、独裁政治に向かいつつある潮流に抵抗する重要な勢力となっている。有権者は行動を起こすことで、より均衡の取れた政治環境を生み出し、いかなる過激主義の広がりをも抑制する一助となってきた。
イスタンブール市長に再選されたイマモールは、勝利演説の冒頭で「民主主義の衰退は終わった」と語った。この発言は、今回の選挙は投票率こそ低かったものの、トルコが民主主義の力強い回復を示したことを強調している。
市民にとって選挙は重要であり、指導者は有権者から本当の信任を取り付ける必要があると改めて確認する言葉だった。
CHPの歴史的な勝利は、経済面での不満や指導者刷新への欲求、統治についての懸念などが、多くの有権者を野党支持に駆り立てつつあることを示している。ただし野党にしてみれば、この地方選が強い追い風になるとはいえ、今後の道が平坦ではないことも確かだ。
エルドアンと与党AKPは、5年の大統領任期が終わる28年まで政権を維持する。だからこそ野党は、それまで2つの点に力を注ぐ必要がある。
第1は、世俗派と保守派の溝を埋めるための対話を推し進めること。第2に経済や失業といった緊急の課題について、社会の分断を越えて幅広い支持を得られる計画を作ることだ。
トルコにとって今回の地方選の結果は、政治の大きな変化と、変革を求める声の高まりを示しており、これがトルコ政治の今後を変えていく可能性がある。問題は、野党が有権者から得た信頼を効果的に維持し続けることができるかどうかだ。
Riccardo Gasco, PhD Candidate, Università di Bologna
Samuele Carlo Ayrton Abrami, PhD Candidate, Università Cattolica del Sacro Cuore - Catholic University of Milan
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
リカルド・ガスコ、サムエレ・カルロ・アイルトン・アブラミ(共にトルコのサバンジュ大学客員研究員)