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便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

ニューズウィーク日本版 2024年4月18日 19時0分

カン・ハンナ(歌人・タレント・国際文化研究者)<便利さを追い求める一方で、大好きな日本文化がなくなる?>

先日、韓国のカフェを利用した際に驚いた出来事があった。会計しようと席を立ったら店員は不在のようで、代わりにあるのは大きなタッチスクリーン2台だけ。

現金で支払えるだろうか。ベルを鳴らして店員を呼ぶも、「このご時世に現金ですか?」という物珍しそうな目で見られた。カフェは観光客が来るような場所ではなく、実家近くの閑静な住宅街にあったのだけど。

母いわく、「韓国だとこれが当たり前。73歳の母もいつの間にかキャッシュレスに慣れ、私より使いこなすのだから感心した。

韓国は世界屈指のキ ャッシュレス大国だ。ある調査によると、韓国のキャッシュレス決済比率は95・3%と世界トップで、中国83・8%、オーストラリア72・8%と続く。

韓国でキャッシュレス化が進んだ背景には、通貨が暴落した1997年のアジア通貨危機がある。政府が消費拡大や脱税防止などに向け、クレジットカード決済額が年収の4分の1を超えると所得控除を受けられるといった奨励策を展開してきたためだ。

一方、日本のキャッシュレス決済比率は32・5%とかなり低い。数週間前に訪れた長野県松本市では、現金オンリーの店が何軒もあり、韓国との差を実感した。

もちろん、日本は古くから地震などの災害対策として現金を大事に持つ文化があり、現金に関する信用度も比較的高いのだろう。現金主義は日本の文化の1つとも言え、決してキャッシュレス決済比率が高いことが全て良いとは思えない。

しかし、円安などの後押しもあり、都心だけでなく地方にも世界各国から観光客が多く訪れるなか、キャッシュレス決済が浸透していない日本の現状には正直、もったいないなと感じる。

世界ではキャッシュレスが主流になってきている。例えばデンマークの場合、デジタル化推進に伴いキャッシュレス国家を宣言し、スーパーマーケットや公共施設ではキャッシュレスしか扱わない場所も少なくない。中国では「アリペイ」などのモバイル決済サービスを幅広く導入している。

日本もキャッシュレス化を推進しているとはいえ、まだ現金が主流。そんな現状に驚いた外国人の友人もいて、訪日外国人客も時代遅れと感じていないといいのだけど。

一方で、キャッシュレス化の推進がもたらす弊害もあるだろう。特に、高齢者への配慮は必要かもしれない。スマホなどを扱い切れず、現金主義の高齢者を置き去りにしていいのかという懸念も根強い。

韓国のようにキャッシュレス決済率が90%を超えるような社会でも、こういった問題は解決できていない。

低所得者の場合であれば、クレジットカードの発行自体が非常に厳しく、デジタル社会で疎外されてしまうという問題が表面化している。日本もキャッシュレス決済が進めば進むほど、世代や社会的立場などによってさまざまな問題が浮き彫りになるだろう。

訪日外国人客の中には日本のおもてなし文化が好きな人が多い。細やかな文化に触れられる機会なのに、お店の注文や決済が機械で行われるようになったら日本の良さを感じられる場所が減ってしまうと考えるのは行きすぎだろうか。

個人的に私は、日本のお店に入る際に「いらっしゃいませ」と笑顔で挨拶してくれたり、お会計をする際に「ありがとうございました」と丁寧にお辞儀してくれる姿に、日本人の優しさを感じている。利便性や効率も大事だけれど、ささやかな日本らしさを残しながら、世界基準のデジタル決済社会になってほしいと願っている。

ありがとうと話しかけたら
 コマワヨと答えてくれた
  日なたのおじさん
   ──カン・ハンナ

ソウル出身。2011年に来日し、2020年に歌集『まだまだです』で現代短歌新人賞受賞。NHKラジオ「ステップアップハングル講座」に出演し、起業家としてコスメブランドも立ち上げた。著書に『コンテンツ・ボーダーレス』。


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