森田優介(ニューズウィーク日本版デジタル編集長)<ニューズウィーク日本版「SDGsアワード」で受賞者に贈呈したトロフィーは、もとはオフィス用家具メーカーに眠っていた金型のパーツだった>
JR名古屋駅から2キロメートルも離れていない名古屋中心部に、約4000坪の工場を構えるアルプススチール株式会社。1938年創業で、社員数は160人以上。高い技術力と一貫生産体制を強みに、ロッカーなどのオフィス用家具を製造するメーカーだ。
同社の代表取締役社長、長谷川茂さんの元に1月、同じ名古屋にある株式会社近藤印刷の代表取締役社長、近藤起久子さんから1本の電話が入った。「廃材を使ったトロフィーを作りたい」そんな相談だった。
話を聞いた長谷川さんの脳裏には、工場の一角に保管してある、不要になった金型を解体したパーツの山が浮かんだという。再び使うあてのないものがほとんどだが、売っても大した金額にならず、かといって大切な金型を廃棄するのも忍びない。
「昔から、なんでもかんでも取っておく会社なんです」と、長谷川さんは言う。
そんな名古屋のものづくりの現場から、ニューズウィーク日本版「SDGsアワード2023」の特製トロフィーは生まれた。
3月15日に開催した「SDGsアワード2023」授賞式。編集部は外部審査員である慶應義塾大学大学院の蟹江憲史教授と共に、パートナー企業63社のSDGs(持続可能な開発目標)の取り組みの中から、「環境部門」「社会部門」「経済部門」「脱炭素部門」「地域課題部門」の5部門賞と、その中から最優秀賞を選び、授賞式で発表した。
(※SDGsアワードの詳細はこちら:「私たちがSDGsプロジェクトを始めた理由」──アワード授賞式レポート)
各受賞者に贈呈した特製トロフィーは、本来であれば捨てられるはずだったものに新たな価値を与えて再生する、いわゆるアップサイクル品だ。SDGsの12番目の目標「つくる責任、使う責任」の精神を、トロフィーに込めることを意図した。
(※2023年度SDGsアワードの受賞企業の取り組みはこちら:発表!「ニューズウィーク日本版SDGsアワード 2023」受賞企業)
編集部の依頼に応え、この特製トロフィーを作ってくれたのが、パートナー企業でもある近藤印刷、クリエイティブディレクター/アートディレクターの久保雅由さん、そしてアルプススチールである。
特製トロフィーはどのようにして生まれたのか。4月上旬、お世話になった3者に話を聞いた。
私たち編集部はまず、「SDGsの趣旨に合うようなトロフィーを作りたい」と、近藤印刷の近藤さんに相談した。
同社は脱プラスチックの潮流の中、強みだったフィルム印刷から「エシカル印刷」へと軸足を移し、環境に配慮した素材を用いたグッズの制作や、地域の循環経済のエコシステム構築を目指した事業に取り組んでいる(関連記事:「エシカル印刷」へ 近藤印刷が切り拓く地域共創×循環経済の道)。
「(ニューズウィーク日本版から)話を聞いて、絶対にかっこいいものを作りたいと思った。でも、自分たちだけでは難しいかもしれないから、久保さんにデザインを頼もうと考えました」と、近藤さんは振り返る。社内にもデザイナーはいるが、近藤印刷は案件によって、外部のデザイナーと協業もする。
今年創業70年を迎える同社は、2022年にロゴを刷新し、社屋を改修している。そのときに同社のCI(コーポレートアイデンティティ)を構築したのが久保さんだ。JR東日本Suicaロゴマークのアートディレクションなどでも知られ、京都芸術大学の准教授も務める久保さんは、今回、近藤さんからの依頼を二つ返事で引き受けたという。
「廃材でトロフィーを作ると聞いて、とても興味深いと思いました。ただ、かっこいいものを作りたいと近藤さんがおっしゃるので、それはプレッシャーでしたけれど(笑)」と、久保さん。
近藤印刷が中心となって運営している「中川運河学習室」というグループがある。中川運河とは名古屋港と名古屋の都心を結ぶ水運物流の要で、古くから名古屋の産業を支えてきたのが中川運河エリアだ。「学習室」という名称からはイメージしづらいかもしれないが、地域の企業や行政、学生を巻き込んで、サステナビリティ事業を推進し、地域共創により循環経済を生み出そうとしている。
「中川運河というものづくりの街で、廃材を使ってトロフィーを作る。だったら、学習室の仲間であるアルプススチールの長谷川さんに相談しようと思いました」と、近藤さん。こうして、3者のコラボレーションが始まった。
長谷川さんの説明によれば、アルプススチールでは製造に使用する金型の90%を自社で作っている。ロッカーなどのオフィス用収納家具は、モデルチェンジがあまり頻繁ではなく、そのため同じ金型を10~20年使い続けることも珍しくない。一方、金型を解体して、使えるパーツはリユースすることもある。
そんな中で、工場の一角に保管されていた金型のパーツというのは、20年も30年も使われた後に「引退」したモノたちと言えるかもしれない。材質は鉄。さびだらけだったこのパーツがトロフィーになるかもしれないと、長谷川さんはひらめいたのだ。
当初は、金型のパーツをそのまま使うのとは異なる案もあったが、編集部への提案も経て、方向性は決まっていった。近藤さん、そして久保さんも東京から名古屋に飛んで、アルプススチールの工場にトロフィーの「素材」を選びに行った。
トロフィーは、5部門の部門賞と最優秀賞で計6つになる。200~300あったパーツの中から、「素材」として面白い形のものが選ばれた。形状や穴の位置は1つ1つ異なるが、どれも鉄製なので、サイズは文庫本程度と小さいのに、とても重量感がある。
「鉄の塊で、さびていたり、汚れていたりもしたけれど、そのままでもいいんじゃないかと思うぐらい、かっこいいと思ったんです」と、久保さんは振り返る。「SDGsは、自分たちがもともと持っている価値観を変えていくことでもある。物を作っては、捨ててきた価値観。だとすると、トロフィーの在り方も変わっていい」
どの素材を使うかが決まると、研磨機で研磨し、角を取り、さびを防ぐ加工を施した。近藤印刷では、真鍮の板にインクの接着性を向上させる処理を施し、久保さんの設計どおりに、それぞれ「ニューズウィーク日本版SDGsアワード ○○賞」と受賞企業名をUVインクジェットプリンターで印字して、カットした。その真鍮の板をアルプススチールで鉄のトロフィーに貼り付け、底部には合成皮革を貼り付けて、特製トロフィーは完成した。
「SDGsアワード2023」の授賞式会場で撮影した完成品の特製トロフィー。「環境部門賞」「社会部門賞」「経済部門賞」「脱炭素部門賞」「地域課題部門賞」「最優秀賞」の6種類あり、1つ1つの形状が異なる Photo: Hiroshi Endo
SDGsに取り組む多くの企業からよく聞くのが、「エコやエシカルを前面に押し出さないほうがうまくいく」という声だ。押しつけがましいと感じると、一部の消費者は敬遠してしまうのだろう。
だから、近藤さんも久保さんも長谷川さんも「かっこいい」にこだわり、廃材由来かどうかに関わらず、「受賞した人が、もらってうれしいトロフィーにしたい」と取り組んでくれた。
それを実現するのが、職人の技だったり、デザインの力だったりする。今回、近藤印刷でもアルプススチールでも、60代~70代のベテランの職人が喜んで関わってくれたと聞く。近藤さんはまた、「価値を何倍にもできる」と、デザインの重要性を力説する。
近藤印刷、アルプススチール、久保さんと、3者の協力のおかげで、唯一無二の「SDGsアワード」特製トロフィーが完成し、受賞者の皆さんにも喜んでもらえた。この小さな協業は、ものづくりの現場に潜む大きな可能性を、私たちに垣間見せてもくれた。
JR名古屋駅から2キロメートルも離れていない名古屋中心部に、約4000坪の工場を構えるアルプススチール株式会社。1938年創業で、社員数は160人以上。高い技術力と一貫生産体制を強みに、ロッカーなどのオフィス用家具を製造するメーカーだ。
同社の代表取締役社長、長谷川茂さんの元に1月、同じ名古屋にある株式会社近藤印刷の代表取締役社長、近藤起久子さんから1本の電話が入った。「廃材を使ったトロフィーを作りたい」そんな相談だった。
話を聞いた長谷川さんの脳裏には、工場の一角に保管してある、不要になった金型を解体したパーツの山が浮かんだという。再び使うあてのないものがほとんどだが、売っても大した金額にならず、かといって大切な金型を廃棄するのも忍びない。
「昔から、なんでもかんでも取っておく会社なんです」と、長谷川さんは言う。
そんな名古屋のものづくりの現場から、ニューズウィーク日本版「SDGsアワード2023」の特製トロフィーは生まれた。
3月15日に開催した「SDGsアワード2023」授賞式。編集部は外部審査員である慶應義塾大学大学院の蟹江憲史教授と共に、パートナー企業63社のSDGs(持続可能な開発目標)の取り組みの中から、「環境部門」「社会部門」「経済部門」「脱炭素部門」「地域課題部門」の5部門賞と、その中から最優秀賞を選び、授賞式で発表した。
(※SDGsアワードの詳細はこちら:「私たちがSDGsプロジェクトを始めた理由」──アワード授賞式レポート)
各受賞者に贈呈した特製トロフィーは、本来であれば捨てられるはずだったものに新たな価値を与えて再生する、いわゆるアップサイクル品だ。SDGsの12番目の目標「つくる責任、使う責任」の精神を、トロフィーに込めることを意図した。
(※2023年度SDGsアワードの受賞企業の取り組みはこちら:発表!「ニューズウィーク日本版SDGsアワード 2023」受賞企業)
編集部の依頼に応え、この特製トロフィーを作ってくれたのが、パートナー企業でもある近藤印刷、クリエイティブディレクター/アートディレクターの久保雅由さん、そしてアルプススチールである。
特製トロフィーはどのようにして生まれたのか。4月上旬、お世話になった3者に話を聞いた。
私たち編集部はまず、「SDGsの趣旨に合うようなトロフィーを作りたい」と、近藤印刷の近藤さんに相談した。
同社は脱プラスチックの潮流の中、強みだったフィルム印刷から「エシカル印刷」へと軸足を移し、環境に配慮した素材を用いたグッズの制作や、地域の循環経済のエコシステム構築を目指した事業に取り組んでいる(関連記事:「エシカル印刷」へ 近藤印刷が切り拓く地域共創×循環経済の道)。
「(ニューズウィーク日本版から)話を聞いて、絶対にかっこいいものを作りたいと思った。でも、自分たちだけでは難しいかもしれないから、久保さんにデザインを頼もうと考えました」と、近藤さんは振り返る。社内にもデザイナーはいるが、近藤印刷は案件によって、外部のデザイナーと協業もする。
今年創業70年を迎える同社は、2022年にロゴを刷新し、社屋を改修している。そのときに同社のCI(コーポレートアイデンティティ)を構築したのが久保さんだ。JR東日本Suicaロゴマークのアートディレクションなどでも知られ、京都芸術大学の准教授も務める久保さんは、今回、近藤さんからの依頼を二つ返事で引き受けたという。
「廃材でトロフィーを作ると聞いて、とても興味深いと思いました。ただ、かっこいいものを作りたいと近藤さんがおっしゃるので、それはプレッシャーでしたけれど(笑)」と、久保さん。
近藤印刷が中心となって運営している「中川運河学習室」というグループがある。中川運河とは名古屋港と名古屋の都心を結ぶ水運物流の要で、古くから名古屋の産業を支えてきたのが中川運河エリアだ。「学習室」という名称からはイメージしづらいかもしれないが、地域の企業や行政、学生を巻き込んで、サステナビリティ事業を推進し、地域共創により循環経済を生み出そうとしている。
「中川運河というものづくりの街で、廃材を使ってトロフィーを作る。だったら、学習室の仲間であるアルプススチールの長谷川さんに相談しようと思いました」と、近藤さん。こうして、3者のコラボレーションが始まった。
長谷川さんの説明によれば、アルプススチールでは製造に使用する金型の90%を自社で作っている。ロッカーなどのオフィス用収納家具は、モデルチェンジがあまり頻繁ではなく、そのため同じ金型を10~20年使い続けることも珍しくない。一方、金型を解体して、使えるパーツはリユースすることもある。
そんな中で、工場の一角に保管されていた金型のパーツというのは、20年も30年も使われた後に「引退」したモノたちと言えるかもしれない。材質は鉄。さびだらけだったこのパーツがトロフィーになるかもしれないと、長谷川さんはひらめいたのだ。
当初は、金型のパーツをそのまま使うのとは異なる案もあったが、編集部への提案も経て、方向性は決まっていった。近藤さん、そして久保さんも東京から名古屋に飛んで、アルプススチールの工場にトロフィーの「素材」を選びに行った。
トロフィーは、5部門の部門賞と最優秀賞で計6つになる。200~300あったパーツの中から、「素材」として面白い形のものが選ばれた。形状や穴の位置は1つ1つ異なるが、どれも鉄製なので、サイズは文庫本程度と小さいのに、とても重量感がある。
「鉄の塊で、さびていたり、汚れていたりもしたけれど、そのままでもいいんじゃないかと思うぐらい、かっこいいと思ったんです」と、久保さんは振り返る。「SDGsは、自分たちがもともと持っている価値観を変えていくことでもある。物を作っては、捨ててきた価値観。だとすると、トロフィーの在り方も変わっていい」
どの素材を使うかが決まると、研磨機で研磨し、角を取り、さびを防ぐ加工を施した。近藤印刷では、真鍮の板にインクの接着性を向上させる処理を施し、久保さんの設計どおりに、それぞれ「ニューズウィーク日本版SDGsアワード ○○賞」と受賞企業名をUVインクジェットプリンターで印字して、カットした。その真鍮の板をアルプススチールで鉄のトロフィーに貼り付け、底部には合成皮革を貼り付けて、特製トロフィーは完成した。
「SDGsアワード2023」の授賞式会場で撮影した完成品の特製トロフィー。「環境部門賞」「社会部門賞」「経済部門賞」「脱炭素部門賞」「地域課題部門賞」「最優秀賞」の6種類あり、1つ1つの形状が異なる Photo: Hiroshi Endo
SDGsに取り組む多くの企業からよく聞くのが、「エコやエシカルを前面に押し出さないほうがうまくいく」という声だ。押しつけがましいと感じると、一部の消費者は敬遠してしまうのだろう。
だから、近藤さんも久保さんも長谷川さんも「かっこいい」にこだわり、廃材由来かどうかに関わらず、「受賞した人が、もらってうれしいトロフィーにしたい」と取り組んでくれた。
それを実現するのが、職人の技だったり、デザインの力だったりする。今回、近藤印刷でもアルプススチールでも、60代~70代のベテランの職人が喜んで関わってくれたと聞く。近藤さんはまた、「価値を何倍にもできる」と、デザインの重要性を力説する。
近藤印刷、アルプススチール、久保さんと、3者の協力のおかげで、唯一無二の「SDGsアワード」特製トロフィーが完成し、受賞者の皆さんにも喜んでもらえた。この小さな協業は、ものづくりの現場に潜む大きな可能性を、私たちに垣間見せてもくれた。