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コロナ禍と東京五輪を挟んだ6年ぶりの訪問で、「新しい日本」を見た

ニューズウィーク日本版 2024年4月23日 15時9分

グレン・カール
<先日、2018年以来6年ぶりに日本を訪問したが、コロナ禍と東京五輪を挟んで日本社会はよりリラックスし、自信を強めているように見えた>

私は他国を訪れる際、地元の理髪店でひげを剃ることが多い。ある国の人たちが自国にどのようなイメージを持っているかを知るには、有名な史跡の類いより、日常生活の中のちょっとした思いがけない経験のほうが参考になると思っているからだ。

以前、モロッコ北東部の街フェズの理髪店を訪ねたときには思いがけない体験をした。サッカーのモロッコ代表戦がテレビ放映されていて、モロッコがゴールを決めると店内はお祭り騒ぎに。理容師は私のことなど忘れたかのように絶叫してピョンピョン跳びはね、そのたびに理容師が手に持った剃刀(かみそり)の刃が私の首の至近距離で上下した。モロッコはこの試合に勝利し、私も無傷で生き延びることができた。

最近、日本を訪れたときは、理容師に喉を切り裂かれそうにはならなかったが、東京のタクシーで忘れられない経験をした。そして2018年に訪れたときに比べて、日本の社会がリラックスしていて、自信を強めているように思えた。

私がそう感じたのは、東京五輪を経て街に英語の標識が増えたからなのかもしれない。6年前に比べると、言葉が分からないことによる不安はだいぶ和らいだ。英語を話す「江戸っ子」も増えたように感じた。それに、東京の街の混雑と慌ただしさがかなり軽減されたという事情もありそうだ。コロナ禍をきっかけに、リモートワークで働く人の割合が東京では約30%に増加しているという。

もう1つ、今回の訪問で強い印象を受けたのは、日本が主権国家として自己主張を強めているということだ。この数十年間に、日本と世界は大きく変わり、今日の世界ではほぼ全ての国が自信と自己主張を強めている(その結果、国家間の競争が激しくなり、世界は不安定性を増している)。

先頃訪れたボストン近郊の理髪店で聞いた言葉は、私が日本で感じたことと見事に合致していた。理容師は私が日本を訪ねたばかりだと知ると、最近知ったという事実を披露した。「知ってました? 私のおじいちゃんの時代に日本がほかの国を攻撃して、太平洋で激しい戦争があったんですって。全然知りませんでしたよ」

この事実は過去80年ほど世界の大枠を形づくる前提になってきたが、今ではほぼ過去のものになった(中国と北朝鮮、そして韓国の左派政党の考えは違うだろうが)。「大昔の話よ」と、歴史の勉強をした私の娘はいう。「今の世界とはぜんぜん違う」

日本は自国の運命を自ら切り開こうとし始めた

アメリカは、1945年には世界のGDPの50%を占めていたが、現在その割合は25%ほどに低下している。アジアの国々は経済的に台頭し、中国は世界の中心の地位を取り戻し、ますます強硬に自己主張をするようになった。

日本はこれまでもっぱら、豊かでテクノロジーの進んだ国として振る舞ってきたが、世界の現実が変わり、過去の記憶が薄らぐのに伴い、ほかの国々と同じように自国の運命を自ら切り開こうとし始めた。それは、日本にとって開放感をもたらすと同時に、責任を伴う変化でもある。

今回の日本訪問では、理髪店ではない場所で思いがけず素敵な経験をした。東京の国立美術館へ向かうタクシーの運転手と、指揮者の故小沢征爾の話で盛り上がったのだ。運転手は話に夢中になるあまり、途中で車を止めて、世界の交響楽団について熱弁を振るい、自分はフルートに熱心に取り組んでいるのだと教えてくれた。

2024年の東京は、高齢化と人口減少、賃金の停滞、中国の脅威とアメリカのつまずき、地球温暖化などの不安はあっても、6年前より余裕があるように感じられた。そして、世界が不安定化するなかで、日本は自立性を強めているように見えた。世界は変わり、国々が互いを見る目も変わった。それに伴い、日本も変わったのだ。

【動画】筆者グレン・カールの日本記者クラブでの講演(2024年4月3日>



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