冷泉彰彦
<コロンビア大学のイスラエル非難行動への強硬対応をきっかけに、全米各地の大学に運動が広がっている>
イスラム組織ハマスによるイスラエルへの奇襲テロが起きたのが、昨年の10月7日でした。これに対するイスラエルのネタニヤフ政権の反応は、ハマスのメンバーへの攻撃というものでした。この作戦は、当初は北部への空爆を主体としたものでしたが、やがて陸上からの侵攻も激化、さらに南部への攻撃も開始されるなどエスカレートしていきました。結果的にパレスチナの民間人犠牲は、3万人を超えると報じられています。
この事件の影響を大きく受けているのがニューヨーク市です。この半年間、イスラエル、パレスチナ双方の支持派によるデモが常に市内で発生していたからです。当初の段階ではイスラエル支持派はマンハッタンの東岸にある国連本部を拠点としてデモ活動を行っていました。また、パレスチナ支持派は島の中心にある繁華街の、タイムズ・スクエアでデモを行うことが多かったのです。
初期段階においては、警察当局は両派が接触するのを防止するため、徹底的な引き離し作戦を行っていました。両派の側も衝突を避け、穏健に主張を行うことで世論を敵に回さないようにしていました。この時点では、パレスチナ支持派は、アラブ圏の出身者や二世などが中心でした。
その次の段階では、コロンビア大学が主な舞台になりました。例えば、コロンビア大学の教授に就任したヒラリー・クリントン元大統領候補などは、イスラエル支持の立場を明確にしたため、多くの学生が授業をボイコットするなどの騒動が起きました。今年に入ると、イスラエルの攻撃による民間人犠牲が止まらない中で、アラブ圏出身以外の一般学生からもネタニヤフ政権の軍事行動に反対する動きが拡大していきました。
コロンビア大学のキャンパスは、その結果として両派がにらみ合う危険な状況になりました。やがて、パレスチナ支持派がキャンプ村を開設、先週4月16日の火曜日頃までには、学生たちがガザ攻撃反対を叫びながら歌って踊る「解放区」の様相を呈していました。その中では、「ティーチイン(討論集会)」「記録映画の上映」「反戦詩の朗読会」などのイベントも行われ盛り上がりを見せていたそうです。
イスラエル批判は反ユダヤ主義?
これに対して、18日の木曜日には大学当局が、この「解放区」、つまりキャンパス内にテントを張っていた学生約100名について停学の処分を行うとともに、警察の介入を要請して彼らは逮捕されました。姉妹校の女子大、バーナード・カレッジの学生も追って処分対象になりました。
この動きはこの問題の大きな転換点になりつつあります。処分と逮捕の対象となった学生の多くは直接暴力行動に走ったわけではありません。学生たちが主張している、「イスラエルがガザで行っているのはジェノサイド(大量虐殺)だ」とか「即時停戦を」という言い方は、「アンチ・セミティズム(反ユダヤ)」であって、人種迫害という重大な犯罪だというロジックが逮捕の理由とされています。
本来この「アンチ・セミティズム」という言葉は、欧州やロシア、アメリカ南部などで歴史的に見られたユダヤ人迫害を指す言葉です。パレスチナ側に立って、イスラエルの政策を批判する意見への非難に使うのは、言葉として誤用なのですが、ここへ来てそうした歯止めはなくなりました。
強引な論理ですが、こうした論理の裏には、例えばユダヤ系の学生、特に政治的な関心の薄い学生などが「自分の身の危険を感じる」と強く訴え出ていること、大学の経営を支えるユダヤ系大口寄付者の多くから強い批判があることが背景にあると言われています。ニューヨーク市の世論も、やはりユダヤ系の住民の影響力の反映として、数の論理、経済の論理としては、イスラエル寄りです。
一方で、パレスチナ支持派の学生たちは、パレスチナ国旗を掲げ、白黒チェックのバンダナをまとっています。中には「ハマスを支持する」というスローガンも見られます。ハマスは武装組織だけでなく、ガザ地区の行政を回している政党ですから、支持するとしても、正確に言えばテロを支持したことにはなりません。ですが、学生たちのそのようなルックスや言動は、どうしても親ユダヤ系に恐怖感を与え、強く挑発してしまいます。その結果として対立が激しくなっていったのは事実です。
ですが、暴力を取り締まるのではなく、言論を取り締まるという今回の停学・逮捕という行動は、やはり衝撃的でした。まずコロンビアの中では賛否両論の対立をエスカレートさせることとなりました。その結果として、今週からコロンビアは対面授業を断念し、全てをリモートに切り替えることになりました。
実際は学年末なので、影響は限定的なのですが、これに対して多くのリベラル派の教員、中間派からパレスチナ支持派の学生は猛然と抗議を始めています。一部には、学ぶ権利が侵害されたとして「学費返還運動」を行うグループまで登場しました。
さらに、このコロンビア大学での逮捕劇は、マンハッタン島の北から南へ飛び火して、NUY(ニューヨーク大学)での「ガザ攻撃反対運動」を一気にエスカレートさせています。こちらでもNY市警は同様の対応を取り、4月22日の月曜日には約150名の逮捕者が出ました。これに対しては、22日の晩には大量逮捕への抗議行動として、松明を赤々と掲げたデモがNY市警本部を取り囲む状況となり、一時騒然とした状況になっています。また、23日の火曜日には捜査に入ったNY市警とNYUの学生が、グリニッジ・ビレッジのキャンパスで衝突するという事件も発生しました。
一方でコロンビアでは、学生や一部教員による学長への非難がエスカレートしています。この問題では、ハーバードを始めとする多くの大学の学長が、ワシントンDCの連邦議会で保守系議員によって「吊るし上げられる」事件がありました。つまり、「あくまで言論の自由を優先する」とした学長たちが、ユダヤ系学生を危険に晒しているとして批判され、何人かが辞任に追い込まれたのです。現在は、その反対で、警察力まで導入してしまったということで、コロンビアの学長は学内で激しい批判に晒されています。
さらに、今週4月22日の週に入ると、その前週のコロンビア大学での大量逮捕、そして22日のNYUでの大量逮捕という事態への怒りから、コネチカット州のイエール大学、マサチューセッツ州のMIT、西海岸のUCバークレーなどでも抗議行動が拡大しています。MITやUCバークレーでは、コロンビアにおける弾圧に抗議するとして、キャンパス内にテント村が登場しました。
まるで1968年のベトナム反戦運動の再来のような状況になってきました。場所も「コロンビア大学」ということで、映画にもなった『いちご白書』が記録したベトナム反戦の日々の再現とも言えます。そして、政治的な構図も似通っています。1968年には、若者が反戦運動に走る一方で、民主党は穏健なハンフリー上院議員を大統領候補にしました。そのために、失望した若者たちは棄権して、ニクソンの勝利をアシストした格好となりました。
現政権への反発はトランプの追い風に
今回も、バイデン大統領は世論を気にして迷走してはいるものの、基本的にイスラエル支持を変えません。ネタニヤフ首相に対する「民間人犠牲を止めよ」という忠告も「懇願している」ような弱々しいニュアンスが感じられ、全く相手にされず、かえって国内での威信を傷つけています。ウクライナへの軍事援助予算とセットで、イスラエルへの追加援助も実施されつつあります。ですから若者たちの間での「バイデン離れ」は深刻となりつつあります。
トランプ候補は、支持者の一部には、ユダヤ系へも差別の視線を向けそうな白人至上主義者を抱えています。ですが、基本的には、それ以上に保守派全般に根強いイスラム教徒への敵視感情を利用し続けています。ですから、ガザの一件では超イスラエル寄りです。それこそ68年の状況のように、反戦運動を反社会的だとして徹底弾圧するつもりであり、場合によっては米軍を国内のデモ鎮圧に使いたいなどと放言する始末です。
では、環境運動家であった独立系のロバート・ケネディ・ジュニア候補はどうかというと、彼もこの問題に関してはイスラエル支持です。若者たちが強く支持するAOC(アレクサンドリア・オカシオコルテス)議員などは、個人的にはガザ攻撃を厳しく批判していますが、民主党議員として結束を優先しており、バイデン支持を取り下げるような姿勢は見せていません。
従って、若者たちが怒れば怒るほどトランプ候補が有利になるという構図が出てきています。この学生たちの行動については、残り数週間で各大学は学年末の期末試験の時期になります。さすがに試験のボイコットとか妨害という行動にはならないと思うので、そこで一旦は収束する可能性が強いと思います。ですが、彼らの中に根付いた現政権と保守派の全体に対する落胆や憎悪というのは、最終的に11月の大統領選まで消えないでしょう。
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イスラム組織ハマスによるイスラエルへの奇襲テロが起きたのが、昨年の10月7日でした。これに対するイスラエルのネタニヤフ政権の反応は、ハマスのメンバーへの攻撃というものでした。この作戦は、当初は北部への空爆を主体としたものでしたが、やがて陸上からの侵攻も激化、さらに南部への攻撃も開始されるなどエスカレートしていきました。結果的にパレスチナの民間人犠牲は、3万人を超えると報じられています。
この事件の影響を大きく受けているのがニューヨーク市です。この半年間、イスラエル、パレスチナ双方の支持派によるデモが常に市内で発生していたからです。当初の段階ではイスラエル支持派はマンハッタンの東岸にある国連本部を拠点としてデモ活動を行っていました。また、パレスチナ支持派は島の中心にある繁華街の、タイムズ・スクエアでデモを行うことが多かったのです。
初期段階においては、警察当局は両派が接触するのを防止するため、徹底的な引き離し作戦を行っていました。両派の側も衝突を避け、穏健に主張を行うことで世論を敵に回さないようにしていました。この時点では、パレスチナ支持派は、アラブ圏の出身者や二世などが中心でした。
その次の段階では、コロンビア大学が主な舞台になりました。例えば、コロンビア大学の教授に就任したヒラリー・クリントン元大統領候補などは、イスラエル支持の立場を明確にしたため、多くの学生が授業をボイコットするなどの騒動が起きました。今年に入ると、イスラエルの攻撃による民間人犠牲が止まらない中で、アラブ圏出身以外の一般学生からもネタニヤフ政権の軍事行動に反対する動きが拡大していきました。
コロンビア大学のキャンパスは、その結果として両派がにらみ合う危険な状況になりました。やがて、パレスチナ支持派がキャンプ村を開設、先週4月16日の火曜日頃までには、学生たちがガザ攻撃反対を叫びながら歌って踊る「解放区」の様相を呈していました。その中では、「ティーチイン(討論集会)」「記録映画の上映」「反戦詩の朗読会」などのイベントも行われ盛り上がりを見せていたそうです。
イスラエル批判は反ユダヤ主義?
これに対して、18日の木曜日には大学当局が、この「解放区」、つまりキャンパス内にテントを張っていた学生約100名について停学の処分を行うとともに、警察の介入を要請して彼らは逮捕されました。姉妹校の女子大、バーナード・カレッジの学生も追って処分対象になりました。
この動きはこの問題の大きな転換点になりつつあります。処分と逮捕の対象となった学生の多くは直接暴力行動に走ったわけではありません。学生たちが主張している、「イスラエルがガザで行っているのはジェノサイド(大量虐殺)だ」とか「即時停戦を」という言い方は、「アンチ・セミティズム(反ユダヤ)」であって、人種迫害という重大な犯罪だというロジックが逮捕の理由とされています。
本来この「アンチ・セミティズム」という言葉は、欧州やロシア、アメリカ南部などで歴史的に見られたユダヤ人迫害を指す言葉です。パレスチナ側に立って、イスラエルの政策を批判する意見への非難に使うのは、言葉として誤用なのですが、ここへ来てそうした歯止めはなくなりました。
強引な論理ですが、こうした論理の裏には、例えばユダヤ系の学生、特に政治的な関心の薄い学生などが「自分の身の危険を感じる」と強く訴え出ていること、大学の経営を支えるユダヤ系大口寄付者の多くから強い批判があることが背景にあると言われています。ニューヨーク市の世論も、やはりユダヤ系の住民の影響力の反映として、数の論理、経済の論理としては、イスラエル寄りです。
一方で、パレスチナ支持派の学生たちは、パレスチナ国旗を掲げ、白黒チェックのバンダナをまとっています。中には「ハマスを支持する」というスローガンも見られます。ハマスは武装組織だけでなく、ガザ地区の行政を回している政党ですから、支持するとしても、正確に言えばテロを支持したことにはなりません。ですが、学生たちのそのようなルックスや言動は、どうしても親ユダヤ系に恐怖感を与え、強く挑発してしまいます。その結果として対立が激しくなっていったのは事実です。
ですが、暴力を取り締まるのではなく、言論を取り締まるという今回の停学・逮捕という行動は、やはり衝撃的でした。まずコロンビアの中では賛否両論の対立をエスカレートさせることとなりました。その結果として、今週からコロンビアは対面授業を断念し、全てをリモートに切り替えることになりました。
実際は学年末なので、影響は限定的なのですが、これに対して多くのリベラル派の教員、中間派からパレスチナ支持派の学生は猛然と抗議を始めています。一部には、学ぶ権利が侵害されたとして「学費返還運動」を行うグループまで登場しました。
さらに、このコロンビア大学での逮捕劇は、マンハッタン島の北から南へ飛び火して、NUY(ニューヨーク大学)での「ガザ攻撃反対運動」を一気にエスカレートさせています。こちらでもNY市警は同様の対応を取り、4月22日の月曜日には約150名の逮捕者が出ました。これに対しては、22日の晩には大量逮捕への抗議行動として、松明を赤々と掲げたデモがNY市警本部を取り囲む状況となり、一時騒然とした状況になっています。また、23日の火曜日には捜査に入ったNY市警とNYUの学生が、グリニッジ・ビレッジのキャンパスで衝突するという事件も発生しました。
一方でコロンビアでは、学生や一部教員による学長への非難がエスカレートしています。この問題では、ハーバードを始めとする多くの大学の学長が、ワシントンDCの連邦議会で保守系議員によって「吊るし上げられる」事件がありました。つまり、「あくまで言論の自由を優先する」とした学長たちが、ユダヤ系学生を危険に晒しているとして批判され、何人かが辞任に追い込まれたのです。現在は、その反対で、警察力まで導入してしまったということで、コロンビアの学長は学内で激しい批判に晒されています。
さらに、今週4月22日の週に入ると、その前週のコロンビア大学での大量逮捕、そして22日のNYUでの大量逮捕という事態への怒りから、コネチカット州のイエール大学、マサチューセッツ州のMIT、西海岸のUCバークレーなどでも抗議行動が拡大しています。MITやUCバークレーでは、コロンビアにおける弾圧に抗議するとして、キャンパス内にテント村が登場しました。
まるで1968年のベトナム反戦運動の再来のような状況になってきました。場所も「コロンビア大学」ということで、映画にもなった『いちご白書』が記録したベトナム反戦の日々の再現とも言えます。そして、政治的な構図も似通っています。1968年には、若者が反戦運動に走る一方で、民主党は穏健なハンフリー上院議員を大統領候補にしました。そのために、失望した若者たちは棄権して、ニクソンの勝利をアシストした格好となりました。
現政権への反発はトランプの追い風に
今回も、バイデン大統領は世論を気にして迷走してはいるものの、基本的にイスラエル支持を変えません。ネタニヤフ首相に対する「民間人犠牲を止めよ」という忠告も「懇願している」ような弱々しいニュアンスが感じられ、全く相手にされず、かえって国内での威信を傷つけています。ウクライナへの軍事援助予算とセットで、イスラエルへの追加援助も実施されつつあります。ですから若者たちの間での「バイデン離れ」は深刻となりつつあります。
トランプ候補は、支持者の一部には、ユダヤ系へも差別の視線を向けそうな白人至上主義者を抱えています。ですが、基本的には、それ以上に保守派全般に根強いイスラム教徒への敵視感情を利用し続けています。ですから、ガザの一件では超イスラエル寄りです。それこそ68年の状況のように、反戦運動を反社会的だとして徹底弾圧するつもりであり、場合によっては米軍を国内のデモ鎮圧に使いたいなどと放言する始末です。
では、環境運動家であった独立系のロバート・ケネディ・ジュニア候補はどうかというと、彼もこの問題に関してはイスラエル支持です。若者たちが強く支持するAOC(アレクサンドリア・オカシオコルテス)議員などは、個人的にはガザ攻撃を厳しく批判していますが、民主党議員として結束を優先しており、バイデン支持を取り下げるような姿勢は見せていません。
従って、若者たちが怒れば怒るほどトランプ候補が有利になるという構図が出てきています。この学生たちの行動については、残り数週間で各大学は学年末の期末試験の時期になります。さすがに試験のボイコットとか妨害という行動にはならないと思うので、そこで一旦は収束する可能性が強いと思います。ですが、彼らの中に根付いた現政権と保守派の全体に対する落胆や憎悪というのは、最終的に11月の大統領選まで消えないでしょう。
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