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LGBTQは受け入れても保守派は排除...「リベラル教皇」で割れるカトリック教会 「文化戦争」の最前線でいま何が?

ニューズウィーク日本版 2024年4月24日 16時31分

キャサリン・ファン(国際政治担当)
<同性愛者や離婚経験者を教会に受け入れつつ保守派は排除する教皇フランシスコ。急進的リベラルからも批判が集まる教会改革の行く末は>

テキサス州タイラーの司教ジョゼフ・ストリックランドとて、はなから教皇フランシスコを嫌っていたわけではない。2013年に南米アルゼンチン出身の彼が晴れてカトリック教会の頂点に立ったときはストリックランドも喜び、称賛したものだ。しかし教皇が次々とリベラルな路線を打ち出すのを見ると、黙っていられなくなった。

離婚した女性や、いわゆるLGBTQの人をどう受け入れるか。聖職者の妻帯を許すか否か。そうした点に関する教皇の教えに、ストリックランドは公然と異を唱え出した。そしてすぐ、自分の立場が「政治的」にまずくなってきたことに気付いた。「今の世の中は政治で動く。この現実からは教会も逃れられない」。司教は本誌の取材にそう答えた。

昨年11月、ストリックランドは司教職を解かれた。まあ仕方ないと、納得はしている。しかし、こんなふうだと教会内に「恐怖の気配」が満ちてしまうと懸念してもいる。

司教の解任は異例の事態だが、それだけではない。世界全体で13億の信者を擁するカトリック教会が、「文化戦争」によって分断されつつあることの証しでもある。しかも、その最前線はアメリカにある。

教皇フランシスコの下で、カトリック教会は同性カップルや離婚経験者など、より多くの人を迎え入れるようになった。この教皇は気候変動や貧富の格差、グローバル資本主義などについても発言し、異なる宗教間の対話にも積極的だ。いずれも伝統的な教義とは一線を画す取り組みであり、だからこそ教皇フランシスコは進歩派から英雄視される一方、保守派からは嫌われている。

教会史に詳しい米ビラノバ大学のマッシモ・ファッジョーリ教授に言わせると、こうした教皇の言動はアメリカの保守的なカトリック信者にとって受け入れ難いものだ。教皇とアメリカの信者の間にここまで深い溝ができたのは「前代未聞」だとファッジョーリは言う。「この人は歴代の教皇とは違う。そういう感覚が就任直後からあった」

前任のベネディクト16世は極めて保守的な人物だったが、フランシスコは違う。就任後まもなく、彼は次のような問いを発して伝統派を仰天させている。「たとえ同性愛でも、その人が心から主を探し求め、善良であるとしたら、どうして私に裁くことができよう?」

この発言の衝撃は大きかった。新しい教皇が教会を進歩的な方向へ導こうとしている。そのことが明白になった。保守派の信者は猛反発した。LGBTQの人を受け入れるなんて、冗談じゃないと。

しかし、この教皇は一貫して同性愛コミュニティーに対して寛容で、昨年には条件付きながらも同性カップルを正式に「祝福」してよいとする画期的な見解を示した。

同性カップルも受け入れた教皇を支持するLGBTQ活動家ら IVAN ROMANO/GETTY IMAGES

これには世界中から反対の声が上がった。約90人の聖職者、学者、識者らが連名で全世界の枢機卿・司教に書簡を送り、教皇庁の見解に反対するよう求めた。とりわけアフリカ(世界で最も急速に信者数が増えている地域だ)からの反発は強かった。その急先鋒は、コンゴ民主共和国の枢機卿フリドリン・アンボンゴ。同性愛の容認は「私たちの信仰に混乱を来し、アフリカ社会の精神性とも相いれない」と反論した。

しかし教皇フランシスコは動じない。「人々を搾取するような起業家」に平気で祝福を授ける一方、たとえ同性同士でも「愛し合う2人」への祝福を拒むというのは「偽善」だと、真っ向から言い返している。

保守派をバチカンから追放

カトリック教会を二分する文化戦争の最前線を見たければニューヨーク市に行ってみるといい。そこでは距離にしてほんの3キロほど離れた2つの教区で、この教皇について正反対の評価を聞くことができる。

まずは同市アッパー・イーストサイドの聖イグナチオ・ロヨラ教会にいる神父マーク・ハリナン。教皇フランシスコが教会に「もっと慈悲と共感に力を入れる」よう説いていることに深く共感する彼は、自分の教区にも教皇の同性カップル容認に「たいへん感謝している」信者が少なからずいると語る。もちろん「変化のペースが遅いことに不満な」人もいるが、神父としては「教皇とて自分の思いどおりに動けるわけではない」と理解している。

同じニューヨーク市マンハッタン区でもミッドタウンにある聖家族教会の雰囲気は違う。そこの神父ジェラルド・マレーは、フランシスコを「サプライズの教皇」と呼んではばからない。しかも「必ずしも歓迎できるサプライズとは限らない」。

マレーに言わせると、教皇フランシスコはアメリカの一部カトリック教会の主張を「イデオロギー的」と切り捨てるだけで、「(保守派からの)批判の中身を検討する」ことさえ拒んでいる。

アメリカの保守的な司教らに対して、教皇フランシスコは昨年の夏に明確なメッセージを出した。アメリカのカトリック教会にいる一部保守派は「後ろ向き」だと批判し、彼らの「極めて強力かつ組織化された反動的姿勢」は政治的イデオロギーであって信仰心ではないと断じた。そして、行動に出た。

まずは冒頭のストリックランド司教の解任。その数週間後にはアメリカ出身の枢機卿レイモンド・バークをバチカン市国所有のマンションから追い出し、給与の支払いも停止した。前代未聞の処分である。

枢機卿の地位はカトリック教会の組織で教皇に次ぐもので、80歳になるまでは教皇を選ぶ「コンクラーベ」に参加する権利を有する。そんな最高位聖職者の中で、反フランシスコ派の旗手とされるのがバークだった。まだ75歳だが、今回の処分を事実上の引退勧告とみる向きもある。

急進的リベラルからの批判も

ストリックランド司教の解任について、教会は詳細な理由を公表していない。それでも彼自身は、要するに「教皇による改革を支持しなかった」からだろうと考えている。ちなみに彼は、解任される1カ月ほど前にフランシスコの教会改革を「茶番」と一蹴していた。本誌とのインタビューでも、「聖書に記された真理を守るべき者が、どうして『信仰は(時代によって)変わる』などと言えるのか。そんなこと、聖書には書いてない」と語っている。

イデオロギー的対立を招く問題に踏み込むのは、フランシスコにとって「危ない綱渡り」だと指摘する向きもある。変化を掲げる一方で、枢機卿や司教たちからは教皇の正統性に疑問を抱かれないようにする必要があるからだ。

一国の大統領が閣僚を自分の方針に従わせようとするのと同様、ローマ教皇も枢機卿たちに、教皇庁の方針を世界中の信者たちに伝える役割を期待している。しかしアメリカのカトリック系新聞ナショナル・カトリック・リポーターのバチカン駐在員クリストファー・ホワイトが言うように、バーク枢機卿は何度もフランシスコの教えに異議を唱えてきた。だから「もはや家賃の補助は無用」と判断されたらしい。

教皇フランシスコの進める改革にはリベラル派からの批判もある。

ドイツの改革派「シノドスの道」のミサ VATICAN MEDIA-ABACAPRESS-REUTERS

なかでも最高に急進的な組織の1つがドイツの教会刷新運動「シノドスの道」だ。この組織はフランシスコに対して、離婚経験者やLGBTQの人々を信徒として受け入れるためのさらなる努力を求めている。教会の現在の組織を見直して、教会に任命された聖職者以外の信徒も司教選びに参加し、ミサでの説教を行うなど、今よりも大きな役割を果たせるようにすることも求めている。

米ノートルダム大学のデービッド・ランティグア准教授(倫理神学)は本誌の取材に、「フランシスコがドイツ教会の動向に極めて大きな懸念を抱いているのは間違いない」と述べた。「教皇はこれまでに何度か、『シノドスの道』が独自の評議員会の樹立に突き進み、そのせいでカトリック教会が混乱に陥るのではないかと言及している」

こうした左右からの批判はあるものの、ほとんどの信者は今の教皇を支持している。米世論調査機関ピュー・リサーチセンターが21年に実施した調査では、アメリカのカトリック信者の82%が教皇を「非常に」あるいは「おおむね」好意的に見ていた。アメリカ国民全体でも、過半数を超える63%がフランシスコ支持を表明していた。

極右で自称「無政府主義者」のアルゼンチン大統領ハビエル・ミレイも、以前はフランシスコを「能無し」で「汚い左翼」とけなしていたが、昨年末に大統領となってからはトーンダウン。今年2月にはフランシスコを「史上最も重要なアルゼンチン人」と絶賛し、バチカンでのミサに出席したときはフランシスコと熱い抱擁を交わした。

アルゼンチンの新大統領ミレイと抱き合う教皇 VATICAN MEDIA-HANDOUT-REUTERS

教会改革の落としどころは

だが教会内部の伝統派は、左右からの批判に対するフランシスコの対応が不公平だと考えている。例えば聖家族教会のマレー神父。教皇は「シノドスの道」を口先で批判するだけで、教皇の意向に反する彼らの活動に断固たる措置を取っていないと、本誌に語った。

「その気になれば、ドイツの司教たちが『シノドスの道』の主張に従ったり、彼らの活動に資金を提供したりするのを禁止することもできるはずだ。しかし教皇はそれをしない」と彼は言う。「教皇はより保守的な信徒に対しては厳しい姿勢を取る一方で、これまで協力・支援してきたリベラル派の信徒には比較的穏やかな批判しかせず、彼らを罰することもほとんどない」

ビラノバ大学のファッジョーリ教授は、フランシスコがアメリカ教会の伝統派聖職者により厳しい姿勢で接しているのは確かだが、「彼らが世界各地の司教たちより突出しているのもまた事実」だと見る。

アメリカの伝統派と世界各国の進歩派は全く異質で、アプローチの仕方も異なるとファッジョーリは言う。フランシスコを批判するにしても、諸外国の進歩派はそれなりに礼儀正しい言葉を使うが、アメリカの伝統派カトリックはすぐソーシャルメディアに飛び付いて教皇に対する不満を拡散させたがる。

だから教皇フランシスコとアメリカのカトリック教会の関係が「いい方向に向かうとは思えない」とファッジョーリは言い、こう付け加えた。「各国の教会組織との関係はどこでも厄介なものだが、今の教皇にとってはアメリカとの関係が最も波乱含みだ。これは間違いない」

こうした文化戦争の主戦場はアメリカだが、教皇フランシスコの目はしっかり世界を見つめている。

最後に、アメリカ・カトリック大学のウィリアム・ディンジェス教授(宗教学)の総括を聞こう。

「フランシスコはカトリック教会全体を前に進めたいと考えている」とディンジェスは言う。「だから踏み込みすぎて、カトリックの思想を単なる文化としての宗教におとしめるようなことは避けたい。一方で、教会が昔ながらのセクト的なコミュニティーに戻る事態も避けたい。その中間に、うまい落としどころを見つけたい。それが彼の願いだ」

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