澤田知洋(本誌記者)
<『SPY×FAMILY』や『鬼滅の刃』など、北米市場の45%を日本作品が占める「波」はどう生まれたのか、翻訳者・兼光ダニエル真が語る>
近年、海外では日本のアニメに加え漫画の売り上げが、特に北米で飛躍的に増加している。背景にあるのはどのような事情か、30年以上にわたり日本の漫画やアニメ作品を英訳してきた翻訳者で、欧米やアジアのオタク事情やビジネスに詳しい兼光ダニエル真に本誌・澤田知洋が聞いた。
◇ ◇ ◇
──北米市場で、コロナ禍を機に『鬼滅の刃』など漫画の売り上げが急激に伸びている。これはなぜか?
コロナ禍の巣ごもり需要を背景にネットフリックスなど配信サイトでアニメ視聴が増加し、その原作を買い求める動きが定着しつつあることが大きい。米メディアICv2が種々の統計を横断的に調査したところ、2022年にコミック市場で売られた作品の45%が日本の漫画だった。市場の急成長に日本の作品が大きく寄与している計算で、驚異的だ。
北米でこれほど外国のポップカルチャーがオタク層以外にも広まった例はかつてないのではないだろうか。ニューヨークのマンハッタンで昨年、『スパイ×ファミリー』の劇場版アニメのポスターが街角のさまざまな場所に大々的に掲示されているのを目撃して、一般層への広まりも実感しているところだ。もともと北米である程度市民権を得ていたが、今は日本アニメ・漫画の「波」がよりいっそう高まっている状態だとも思う。
ただこれは一部で言われているように、いわゆる「アメコミ」から日本の漫画に読者が流れているわけではないと思われる。アメコミは一般的にイメージされるDCコミックスやマーベル・コミックスなどスーパーヒーローもの以外の作品のほうが実は流通量は多く、また日本の漫画と違い書店以外の販路もある。それら全体の売り上げが著しく落ちているわけではない。
同様に、最近日本や北米でも勢いのある韓国発のウェブ漫画の形式「ウェブトゥーン」にしても日本の漫画読者を奪っているというより、紙の漫画を読む習慣のない、スマートフォンでの縦読みに慣れた層をどんどん取り込んでいると見ている。
アメコミやウェブトゥーンとともに日本の漫画を楽しむ人も多いだろうが、基本的には一種の棲み分けが成立していると思う。とはいえ、ハリウッドでアメコミの実写化作品がヒットしても、それが原作漫画の売り上げに転化していないのは確かだ。
ゲームが北米でのオタク文化の礎を築いた(ラスベガスの格闘ゲーム大会EVOで『ストリートファイター6』をプレーする参加者たち、22年8月) JOE BUGLEWICZ/GETTY IMAGES
──それに対してなぜ日本の作品は映像から原作を読む流れができた?
いろいろ考えられるが、1つには日本の漫画は例えば『ONE PIECE』の原作なら尾田栄一郎さんが描いた作品を読めばよい、という分かりやすさが挙げられる。DCやマーベルは同一のヒーローが登場する「原作」が多くあり、どれを読んだらいいか迷いがちだ。ただ裏返すと、アニメになっていない日本の漫画は売れづらいという事情もある。
──集英社が「マンガプラス」というアプリ・ウェブサービスで週刊少年ジャンプの人気作を配信するなど、紙媒体以外での海外展開も日本の大手出版社は行っている。マンガプラスは22年時点の月間アクティブユーザー数が600万人に達しているという。こうしたサービスでは映像化されていない作品も読まれている?
基本的にウェブ展開でもアニメになった作品のほうが、食い付きが良いはずだ。紙の雑誌と同じように、軸となるアニメ化作品があり、そこから他の作品へと誘導していく、という構造になっているのではないか。
──マンガプラス(冒頭数話や最新話が無料)の読者は日本のファンほど電子書籍は購入せず、紙の単行本を購入することが多いという。これは海外では一般的な傾向か?
アメリカでの実態を考えれば、かなり納得感のあるデータだ。コレクターズアイテムとして紙の単行本で本棚を埋めたいファン心理がかなり強い。若いデジタル世代だからこそ物理的な商品への関心が高いこともあるだろう。だから中古本取引や転売も活発で、出版後すぐに高値が付く商品もアメコミより多い印象だ。『トライガン・マキシマム』の単行本に1冊135ドルの高値が付いていたのを見て驚いたことがある。
──日本の漫画のファンは若い世代が多い?
そうだ。(現在40~50代の)X世代かそれより若い層が大半だろう。中南米や欧州、アジアなどでは数十年前からアニメなどを通じて日本のカルチャーを受け入れる土壌が育ったが、北米では00年代までは広く浸透しているとはいえなかった。
だが、X世代以降の人々は「ファイナルファンタジー」シリーズや『ストリートファイターⅡ』など日本のゲームの世界的ブームの直撃を受けた世代。ケーブルTVを通してアニメを見たり、ネットを経由して日本のオタク文化に接することがあったが、ゲームに関しては北米の家電量販店でも必ずといっていいほどこれらの作品が売られており、そこで日本的なキャラクターの絵柄やけれん味のあるストーリーに初めて接した人は多いと思う。
この下地ができたところに近年、米最大の書店チェーンのバーンズ&ノーブルなどが大量に漫画を仕入れ始め、作品を気軽に購入できるようになった。それが北米の昨今の漫画ブームを準備したと考えている。
個人的には、記号的で人種を感じさせない日本の漫画特有のキャラクターの絵柄の強みもあると思う。歴史をかなり端折ってしまうが、ディズニーの絵柄を取り入れ洗練させたのが手塚治虫だった。そこに少女漫画の「24年組」を含む面々が目を大きく描くなど叙情的要素を加味し、心理描写がしやすくなった。
これが少年漫画のキャラクターの肉感的要素と合わさり、1980年代の「ロリコン」ブームなどを経つつ現在の美少女描写などに典型的に見られるスタイルを生んだ。「へのへのもへじ」的でありつつ万人が感情移入しやすい、ある種便利な絵柄が、海外でもゲームやアニメを通じて日本の作品が慣れ親しまれるようになった大きな要因ではないか。
──将来的に日本の漫画はさらに海外に広がっていく?
日本の漫画市場と比べて、例えば北米市場はまだ小さい。世界的にはスタートラインに立ったばかりのところではないか。気になるのは映像化される大人気作品か、マイナーなものか、というように流通の形が両極端になる傾向にあること。老若男女向けに多くのジャンルや表現がある豊かさが、海外人気の源のはず。それが日本国内市場の縮小もあり、先細りになることを懸念している。
アジアには日本のオタク文化を基に、先ほど述べた「便利」な絵柄の利点も生かして創作するクリエーターが既に多い。アメリカでも童話『不思議の国のアリス』に日本の漫画風イラストを付けたものがヒットしたのは、既に10年前。しかも描き手はフィリピンのイラストレーターで、日本のクリエーターは関わっていない。
海外の作り手とも協働しつつ、さまざまに異なる各地域の市場の需要に対応しつつ進出する「漫画・アニメ界のハリウッド」を日本が目指す必要性を感じている。
※この記事は「世界が愛した日本のアニメ30」特集掲載の記事「北米を席巻する日本マンガ」の拡大版です。詳しくは本誌をご覧ください。
<『SPY×FAMILY』や『鬼滅の刃』など、北米市場の45%を日本作品が占める「波」はどう生まれたのか、翻訳者・兼光ダニエル真が語る>
近年、海外では日本のアニメに加え漫画の売り上げが、特に北米で飛躍的に増加している。背景にあるのはどのような事情か、30年以上にわたり日本の漫画やアニメ作品を英訳してきた翻訳者で、欧米やアジアのオタク事情やビジネスに詳しい兼光ダニエル真に本誌・澤田知洋が聞いた。
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──北米市場で、コロナ禍を機に『鬼滅の刃』など漫画の売り上げが急激に伸びている。これはなぜか?
コロナ禍の巣ごもり需要を背景にネットフリックスなど配信サイトでアニメ視聴が増加し、その原作を買い求める動きが定着しつつあることが大きい。米メディアICv2が種々の統計を横断的に調査したところ、2022年にコミック市場で売られた作品の45%が日本の漫画だった。市場の急成長に日本の作品が大きく寄与している計算で、驚異的だ。
北米でこれほど外国のポップカルチャーがオタク層以外にも広まった例はかつてないのではないだろうか。ニューヨークのマンハッタンで昨年、『スパイ×ファミリー』の劇場版アニメのポスターが街角のさまざまな場所に大々的に掲示されているのを目撃して、一般層への広まりも実感しているところだ。もともと北米である程度市民権を得ていたが、今は日本アニメ・漫画の「波」がよりいっそう高まっている状態だとも思う。
ただこれは一部で言われているように、いわゆる「アメコミ」から日本の漫画に読者が流れているわけではないと思われる。アメコミは一般的にイメージされるDCコミックスやマーベル・コミックスなどスーパーヒーローもの以外の作品のほうが実は流通量は多く、また日本の漫画と違い書店以外の販路もある。それら全体の売り上げが著しく落ちているわけではない。
同様に、最近日本や北米でも勢いのある韓国発のウェブ漫画の形式「ウェブトゥーン」にしても日本の漫画読者を奪っているというより、紙の漫画を読む習慣のない、スマートフォンでの縦読みに慣れた層をどんどん取り込んでいると見ている。
アメコミやウェブトゥーンとともに日本の漫画を楽しむ人も多いだろうが、基本的には一種の棲み分けが成立していると思う。とはいえ、ハリウッドでアメコミの実写化作品がヒットしても、それが原作漫画の売り上げに転化していないのは確かだ。
ゲームが北米でのオタク文化の礎を築いた(ラスベガスの格闘ゲーム大会EVOで『ストリートファイター6』をプレーする参加者たち、22年8月) JOE BUGLEWICZ/GETTY IMAGES
──それに対してなぜ日本の作品は映像から原作を読む流れができた?
いろいろ考えられるが、1つには日本の漫画は例えば『ONE PIECE』の原作なら尾田栄一郎さんが描いた作品を読めばよい、という分かりやすさが挙げられる。DCやマーベルは同一のヒーローが登場する「原作」が多くあり、どれを読んだらいいか迷いがちだ。ただ裏返すと、アニメになっていない日本の漫画は売れづらいという事情もある。
──集英社が「マンガプラス」というアプリ・ウェブサービスで週刊少年ジャンプの人気作を配信するなど、紙媒体以外での海外展開も日本の大手出版社は行っている。マンガプラスは22年時点の月間アクティブユーザー数が600万人に達しているという。こうしたサービスでは映像化されていない作品も読まれている?
基本的にウェブ展開でもアニメになった作品のほうが、食い付きが良いはずだ。紙の雑誌と同じように、軸となるアニメ化作品があり、そこから他の作品へと誘導していく、という構造になっているのではないか。
──マンガプラス(冒頭数話や最新話が無料)の読者は日本のファンほど電子書籍は購入せず、紙の単行本を購入することが多いという。これは海外では一般的な傾向か?
アメリカでの実態を考えれば、かなり納得感のあるデータだ。コレクターズアイテムとして紙の単行本で本棚を埋めたいファン心理がかなり強い。若いデジタル世代だからこそ物理的な商品への関心が高いこともあるだろう。だから中古本取引や転売も活発で、出版後すぐに高値が付く商品もアメコミより多い印象だ。『トライガン・マキシマム』の単行本に1冊135ドルの高値が付いていたのを見て驚いたことがある。
──日本の漫画のファンは若い世代が多い?
そうだ。(現在40~50代の)X世代かそれより若い層が大半だろう。中南米や欧州、アジアなどでは数十年前からアニメなどを通じて日本のカルチャーを受け入れる土壌が育ったが、北米では00年代までは広く浸透しているとはいえなかった。
だが、X世代以降の人々は「ファイナルファンタジー」シリーズや『ストリートファイターⅡ』など日本のゲームの世界的ブームの直撃を受けた世代。ケーブルTVを通してアニメを見たり、ネットを経由して日本のオタク文化に接することがあったが、ゲームに関しては北米の家電量販店でも必ずといっていいほどこれらの作品が売られており、そこで日本的なキャラクターの絵柄やけれん味のあるストーリーに初めて接した人は多いと思う。
この下地ができたところに近年、米最大の書店チェーンのバーンズ&ノーブルなどが大量に漫画を仕入れ始め、作品を気軽に購入できるようになった。それが北米の昨今の漫画ブームを準備したと考えている。
個人的には、記号的で人種を感じさせない日本の漫画特有のキャラクターの絵柄の強みもあると思う。歴史をかなり端折ってしまうが、ディズニーの絵柄を取り入れ洗練させたのが手塚治虫だった。そこに少女漫画の「24年組」を含む面々が目を大きく描くなど叙情的要素を加味し、心理描写がしやすくなった。
これが少年漫画のキャラクターの肉感的要素と合わさり、1980年代の「ロリコン」ブームなどを経つつ現在の美少女描写などに典型的に見られるスタイルを生んだ。「へのへのもへじ」的でありつつ万人が感情移入しやすい、ある種便利な絵柄が、海外でもゲームやアニメを通じて日本の作品が慣れ親しまれるようになった大きな要因ではないか。
──将来的に日本の漫画はさらに海外に広がっていく?
日本の漫画市場と比べて、例えば北米市場はまだ小さい。世界的にはスタートラインに立ったばかりのところではないか。気になるのは映像化される大人気作品か、マイナーなものか、というように流通の形が両極端になる傾向にあること。老若男女向けに多くのジャンルや表現がある豊かさが、海外人気の源のはず。それが日本国内市場の縮小もあり、先細りになることを懸念している。
アジアには日本のオタク文化を基に、先ほど述べた「便利」な絵柄の利点も生かして創作するクリエーターが既に多い。アメリカでも童話『不思議の国のアリス』に日本の漫画風イラストを付けたものがヒットしたのは、既に10年前。しかも描き手はフィリピンのイラストレーターで、日本のクリエーターは関わっていない。
海外の作り手とも協働しつつ、さまざまに異なる各地域の市場の需要に対応しつつ進出する「漫画・アニメ界のハリウッド」を日本が目指す必要性を感じている。
※この記事は「世界が愛した日本のアニメ30」特集掲載の記事「北米を席巻する日本マンガ」の拡大版です。詳しくは本誌をご覧ください。