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現代の国家の安全を守るカギ...「海洋インフラ」の重要性と、勝利に不可欠な「非キネティック能力」とは

ニューズウィーク日本版 2024年4月27日 16時51分

クマル・リテシュ
<中国は海軍力の増強を急ピッチで進め、ロシアはヨーロッパ周辺のさまざまな海上で不審な動きを見せている>

世界の戦略家たちによれば、現代の繁栄は、海洋での物理的・デジタル的なコネクティビティ(接続性)にかかっている。逆に、人類がこれまでになかった規模で海洋インフラに依存していることから、権威主義的な政権や非国家グループにとって、海洋インフラは攻撃の標的になっている現実がある。

最近でいえば、スウェーデンやフィンランド、エストニアのあいだで天然ガスを運ぶ海洋パイプラインであるノルド・ストリームやノルド・ストリーム2が海中で破壊された事件や、ホルムズ海峡周辺におけるドローン(無人機)攻撃や、イエメンのシーア派組織フーシ派によるロケット攻撃で国際貿易の混乱などが起きている。近代国家の水とのつながりの進化を考えると、海洋・海底インフラはこれまでになく重要になっている。

こうした状況をよくわかっているロシアや中国、イランの指導者たちは、海上のコネクティビティが重要な政治的価値を持つ「圧力をかけられるポイント」であることを再確認しているだろう。中国は、過去10年間だけを見ても、フランス海軍の2倍以上の艦船を保有するようになり、造船能力はアメリカの200倍以上にもなるとも言われている。

中国当局は、台湾海峡あるいはそれ以外の地域でも起こりうる大規模な紛争に向けて海軍力増強を現在進行形で進めている。中国は、そうした増強政策が、覇権とまではいかなくとも、海上での優位性を確保するための先行投資であることを理解している。

公海上での争いに勝つには非キネティックな能力が不可欠

アメリカの戦略家らによれば、公海上での争いに勝利するには、ミサイルや戦闘機、魚雷ではなく、非キネティック(通常兵器とは違うもの)な能力が不可欠なるだろうと見ている。サイバー戦略がまさにそれで、サイバー攻撃は現代の戦争における中核的な能力として認識されるようになっている。

2023年11月、表向きは海洋調査船として活動するロシアのアドミラル・ウラジミルスキー号が、ヨーロッパの海上に長期間滞在し、英国空軍の海上パトロール基地、洋上風力発電所、スウェーデンの海軍訓練場の近くをうろつく事案があった。この調査船は、西側情報当局などからはスパイ船とみなされており、情報収集活動を行っていたと分析されている。その他のロシア船も、北海のイギリス、ドイツ、ノルウェー、その他の海底ケーブルやパイプラインのマッピング(位置情報の確認)作業をしていたと分析されている。

そこで使われるのがサイバー工作である。金融データの多くを含むインターネット通信の97%は、海底ケーブルや洋上風力発電所(EUの北海における洋上風力発電所建設計画により、今後さらに増加する予定)を通過している。

世界では現在、海底に約140万kmのケーブルが敷設されおり、海底ケーブルは情報ハイウェイである。1年以上前には、ロシアとドイツを結ぶガスパイプラインノルド・ストリームや、バルト海東部のエネルギー関連施設やデータ接続施設などもサイバー工作で狙われている。西側でロシアなどのサイバー攻撃を監視している組織などによれば、こうした重要インフラをマッピングする政府系サイバー攻撃グループの活動も確認されている。

海底のパイプラインやケーブルへの関心を示すロシア

ノルウェー政府は、ロシアがこれまで、ソ連時代の海中における偵察や破壊工作能力の再構築に取り組んできたと指摘している。北海や北極海に海洋インフラを持つ国々は、ロシアが海底のパイプラインや海底ケーブルなどへの関心を示していることを警戒しており、北極地域海域の海底・海洋インフラを、監督して保護する方法を再確認する必要があると主張している。この問題は、ロシアからのガス供給がこのルートを経由するほかのヨーロッパ諸国にも波及す重大なリスクである。

中東でも、イランが支援するイエメンのフーシ派が紅海で攻撃などを成功させていることで、今後は、地中海やその他の海上交通路でも混乱が起きる可能性が高い。筆者が日本をはじめ世界中で展開しているサイバーセキュリティ企業Cyfirma(サイファーマ社)では、世界中の地政学的なサイバー攻撃情勢も監視しているが、フーシ派がヨーロッパとアジア間のデータ通信と金融通信のデータのほとんどすべてを運ぶ海底ケーブルを標的にしている可能性が高いと分析している。

また12月23日、イラン・イスラム革命防衛隊の司令官は、地中海やジブラルタル海峡などの閉鎖を狙っていると示唆して話題になった。しかし、イランは現実世界ではそこまでの攻撃能力を有していないため、サイバー能力で攻撃を行う可能性が指摘されている。

イランは2022年半ばからサイバー攻撃をこれまで以上に、急速に加速させている。最近の戦争ではイスラエルに対するサイバー作戦をさらに強化し、重要インフラを攻撃する能力を証明している。

アメリカにも攻撃を行っており、イラン人ハッカーらは、ペンシルベニア州の水道局が運営する水をコントロールする制御装置(PLC)を無効化することに成功している。このグループは、同時期にイスラエルの水処理ステーション10カ所も標的にしていた。

石油輸入で中東に依存する日本にも多大な影響が

米財務省は、イランのイスラム革命防衛隊の電子部門司令部のイラン人幹部6人に対する制裁を発表した。イランは現在、重要インフラ(特にイスラエルを支持しているとみなされている国々)を攻撃するためにサイバー工作を実施する可能性がかなり高い。そうなると、中東地域でのサイバー攻撃に起因する混乱が、中東地域に石油の輸入で依存する日本にも多大なる影響を及ぼすことになる。

サイファーマ社の分析では、海底ケーブルには物理的な脅威だけでなく、サイバー攻撃やネットワーク攻撃のリスクが常に存在するので注意が必要だ。攻撃者は、民間企業がケーブルを通過するデータ通信を管理するために使用しているネットワーク管理システムをハッキングすることで、世界のデータの流れを混乱させることができる。

悪夢のシナリオは、ハッカーらがネットワーク管理システムのコントロール権つまり管理者権限を奪うことである。データ通信網が混乱し、「キル・クリック」(データ伝送を完全に遮断すること)を実行する可能性さえある。妨害工作やスパイの可能性は極めて明白であり、報道によれば、多くのネットワーク管理システムのセキュリティは最新ではないと言われている。

日本も世界も、もっと海底ケーブルの安全に注目すべきではないだろうか。


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