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衆院3補選の結果が示す日本のデモクラシーの危機

ニューズウィーク日本版 2024年4月29日 21時40分

北島 純
<28日投開票の衆院3補選は「自民全敗」という衝撃の結果に終わった。今回の選挙の特徴は、パー券裏金問題に「お灸を据えたい」意識ゆえとみられる棄権が多かった点と、「選挙妨害」動画の横行。選挙によるコミュニケーション不全は民主主義の土台を蝕みかねない> 

28日に行われた衆院3補選(島根1区、長崎3区、東京15区)は「自民全敗」という結果に終わった。保守王国・島根1区で立民の亀井亜紀子候補が約2万5000票差をつけて自民新顔に圧勝したことは衝撃を与えている。

自民党は島根1区以外では候補者擁立を見送る 「不戦敗」を選択していたとはいえ、3選挙区の議席はこれまで自民党が占めていた。実質的に「全敗」といえる厳しい結果であり、党総裁選前の解散も視野に入れていた岸田政権に大きな打撃を与えることになろう。

自民敗北の背景に「政治とカネ」の問題、派閥パーティー券の裏金問題があることは言うまでもない。

岸田首相が宏池会(岸田派)の解散を表明したのが1月18日。裏金問題の舞台となった派閥を解消する声は各派閥(麻生派を除く)からも口々に挙がった。ところがそれから3ヶ月が経った今でも、自民党派閥の中で政治団体の解散届を総務省に提出したのは森山派(近未来政治研究会)だけ。

政治資金規正法改正の国会審議がようやく始まったとはいえ、自民党における党改革の本気度を有権者は「冷ややかな目」で見ている。その証左の一つが今回の投票率だろう。長崎3区で35・45%、東京15区で40・70%、島根1区で54・62%と、全ての選挙区で過去最低記録を塗り替えた。

この中で注目すべきは東京15区だ。東京の下町である江東区のみで構成され、複数の自治体(特別区)をまたぐことがない。無党派の多い都会でありながら「地元の政治」との関連性が顕著に現れやすい選挙区と言える(東京での単一区は他に東京17区(葛飾区)がある)。

東京15区における過去5回の総選挙投票率は平均して60・33%。今回の補選投票率40・70%は、19・63ポイント相当の下落だ。補選の投票率は一般的に総選挙と比べて低めに出る傾向にあり、概ね15ポイント前後下落するのが通例。それを踏まえても、地元有権者の「冷ややかな目」が透けて見える(ちなみに島根1区の下落幅は約10ポイントに過ぎないが、細田博之前衆議院議長が君臨していた島根1区は長年8割台の投票率を誇る保守の牙城であり、投票率全国1位の常連という特殊事情がある)。

東京15区は9候補が乱立し、マスメディアによる報道とSNSにおける動画配信が大きな注目を集めていた。にも関わらず、これだけの低投票率にとどまったのはなぜか。

腐敗した政治に辟易とした有権者

一つには、東京15区特有の選挙情勢がある。江東区の政治状況は混乱を極めていた。2023年4月の江東区長選挙は保守分裂選挙となった挙げ句、勝者陣営の木村弥生前区長(前自民党衆議院議員)が有料ネット広告配信と買収の公職選挙法違反で在宅起訴され(公判中)、「指南役」の柿沢未途前衆議院議員(自民党)も逮捕・起訴された(懲役2年執行猶予5年の判決確定)。

江東政治を司ってきた「柿沢家」や「木村家」が自沈する中で、元区長や前都議を輩出した「山崎家」は今回沈黙を保ち、地元から選出する保守系候補者が不在となる異例の事態に陥っていた。そこに手を挙げたのが作家・乙武洋匡氏だった。

小池百合子都知事の後押しを受け、政治団体「ファーストの会」副代表に就任した乙武氏に対して、独自候補の擁立を諦めた自民党は当初、「推薦」を出す方針だった。ところが4月8日の出馬会見で乙武氏は「現時点で推薦依頼を出している事実はない」と強調、与党推薦を実現化させる動きに冷水を浴びせてしまった。

乙武氏は、2023年区長選挙で木村弥生陣営を応援していた経緯や自身の女性問題の指摘(蒸し返し)もあり、自公支持層を組織的に掴むには至らず、結局、当選した酒井菜摘元区議(立民)に約3万票の差をつけられる5位に終わった。

自民党の不祥事に憤る有権者には、「お灸を据えたい」として与党支持者であっても野党にあえて投票する者もいれば、「投票しない」という選択肢を取る者もいる。

今回の補選で、前者の票を掴んだと言えるのが、地元で生まれ育った無所属の須藤元気候補(2019年に立民から当選した前参議院議員)だろう。2万9669票を獲得し、次点につける大健闘を見せた。これは次の機会につながる得票数だ。

また、「行き場」を失った保守層の一部は、選挙報道で「泡沫候補」扱いをされる冷遇を受けた日本保守党の飯山陽候補(イスラム思想研究者)に流れたものと思われる。組織票が実質的にないと言えるにも関わらず飯山候補は、保守層の胸に突き刺さるような演説を行い、2万4264票を獲得した。

問題は、残る有権者だ。前回総選挙(令和3年)の投票者数は249,103人だったが、今回の補選における投票者は17万5108人。7万3995人も減少していることを考えると、「お灸を据えたい」と思う与党支持層のうち何割かは、野党候補に投票するのではなく、単に選挙を「棄権」するという選択肢を選んだのではないか。補選の低投票率という一般的現象を差し引いても、腐敗した政治に辟易とした有権者が一定程度、投票行動自体を放棄したと言える可能性があるとしたら、その「視線の冷ややかさ」は日本のデモクラシーの危機というべきではないだろうか。

「選挙妨害動画」と公的秩序への信頼低下

今回の補選では、政治団体「つばさの党」の候補者による他候補者に対する攻撃・干渉も注目を集めた。小池百合子都知事の応援演説会場に押しかけ罵声を浴びせたり、飯山陽候補の演説を妨害したりする光景がSNSで多数、動画配信された。

公職選挙法(225条)は「選挙の自由妨害罪」として候補者等に対する暴行・威力・妨害行為等を4年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処している。典型例が、選挙ポスターを剥がしたり、落書きをしたりする行為で、平時であれば器物損壊罪(3年以下の懲役又は30万円以下の罰金)等が成立するが、選挙期間中だと「選挙の自由妨害罪」に問われる。

ところが、候補者本人が実質的に妨害活動を行っていると言える場合は、候補者自身に保障される「選挙の自由」とのバランスが難しく、犯罪として摘発する動きは及び腰になってしまう。特定の候補者が現役知事の支援を受けている選挙ではなおさら警察は選挙弾圧という誹りを受けないためにも、慎重を期すようになる。その結果、仮に選挙後に摘発されるとしても、選挙期間中に妨害行為が放置されれば、有権者は聞きたい演説を聞けないことになりかねない。これでは本末転倒だ。

昨今のSNSでは「私人逮捕」系動画が注目を集めていた。警察官による伝統的な法執行プロセス(令状逮捕や現行犯逮捕)によらず、いきなり私人が身体拘束を行う一部始終を面白おかしく伝える動画が人気を博していた背景には、公的な秩序維持への信頼感低下があると言える。

今回の「選挙妨害動画」が注目された裏には、同じような不信があるとも言える。選挙時におけるコミュニケーション回路の不全は、政治不信と同じ程度に、日本のデモクラシーの土台を毀損する可能性が高い。6月20日告示・7月7日投開票予定の東京都知事選挙前に、立法的対応が必要であろう。

【動画】日本維新の会陣営が公開した「選挙妨害」の様子



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