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故郷・東北を「かっこ悪い」と感じる自分に困る...「かっこよくなった」沖縄、台湾、韓国との違いは?

ニューズウィーク日本版 2024年5月8日 11時5分

鈴木英生(毎日新聞専門記者) アステイオン
<独自の近代ナショナリズムや自意識の形成など、台湾のナショナリズムとイデオロギーから見えてくる、日本の東北について> 

毎日新聞に入社3年目の02年、青森支局員だったとき、東京で「沖縄反基地運動連帯」をかかげる団体を取材した。

取材後の雑談で「米軍三沢基地や使用済み核燃料再処理施設を抱える青森の立場は、沖縄に似ている」と言うと、相手は「考えたこともなかったです。沖縄と違って、青森はなんだか、かっこ悪いですしねえ」。

「かっこ悪い」――。あまりに率直すぎる言葉に、愕然とするよりも納得させられた。私も東北を「かっこ悪い」と思ってきた。だからこそ、ちょうど30年前の春、大学進学を期に、出身地である東北・仙台を逃げ出した。東日本大震災の、あの津波が来るよりもはるか前に。

私は「かっこ悪い」東北出身である。と同時に東北から逃げて、結果として震災からも逃げ得た。その自分が後ろめたく、震災の死者に罪責意識を感じる。

実はこの、福島県出身の高橋哲哉の言葉を借りれば「理屈以前の感覚」(『犠牲のシステム 福島・沖縄』)を、抱えてきた。そんな自分をどう扱えばよいのか困っている。

だから特に東日本大震災以降、赤坂憲雄、河西英道、山内明美の各氏らによる「東北学」や東北史の本をひもといてきた。その延長上で読んだのが、昨年出た呉叡人『フォルモサ・イデオロギー』(みすず書房、2023年、梅森直之・山本和行訳)だ。

この本の副題は「台湾ナショナリズムの勃興 1895-1945」。日本植民地時代に、かの地の人々が「自分たちは中国人でも日本人でもなく、台湾人である」という意識を育んだ過程を描く。ポイントは、その過程を戦前の日本が編入した他の周辺諸地域との比較で論じたこと。

小熊英二『<日本人>の境界』(1998年)など、似たネタを扱う議論は他にもある。ただ、私の故郷・東北も同じ地平に含めたものは、本書が初めてではないか。ちょっと、うれしかった。

1962年生まれの呉は、ベネディクト・アンダーソンの下で学んだ台湾の政治学者で、2014年の「ひまわり学生運動」などに影響を及ぼした人物である。

この本は、戦前日本の植民地主義の特徴を、編入した周縁部を臣民の最下位へ置いて同化、言いかえれば「日本人」化させる<差別的包摂>だとする。

同化は、言語や文化、制度など多岐にわたるが、イコール平等化ではない。そもそも天皇を家長とした「家族国家」の臣民は、平等ではない。

日本の植民地獲得は、近代国民国家の形成と同時進行でもあった。本書の第2章は、冒頭でふたつの小説を引用している。

ひとつは、1895年の東海散士(柴四朗)『佳人之奇遇』第1巻。作者自身の投影された元会津藩士が、アイルランドから英国の弾圧を逃れて米国に亡命した愛国者らと出会い、戊辰戦争による自らの「亡国」経験を重ねる。

もうひとつ、1928年の佐藤春夫『日章旗の下に』は、1876年に奴隷として日本からアフリカに売られたが解放され、日本の台湾領有後(1896年)、その植民事業に関わった人物が出てくる。

奴隷が20年後には植民者となったわけだ。同じ頃、私にとって東北の先輩である元会津藩士は、まだ日本という単位と別の「国」意識を持っていたのに......。

このように、日本本土の人間が「日本人」意識を固めるよりも前から、日本は領土を拡張してきた。その過程で各地域は「日本人化」に違う反応を示してきた。

戊辰戦争でいち早く併合された東北では、他の本土諸地域と同じ行政制度下で、日本のナショナリズムとの極端な一体化が起きた。「かっこ悪さ」にまつわる劣等感の裏返しである。

西南戦争を題材にした軍歌「抜刀隊」は、「我は官軍、我が敵は天地容れざる朝敵ぞ~♪」と高らかに歌う。「我」は元賊軍藩士ら。「朝敵」は、あの薩摩だ。

東海散士もこの戦争に参加した。後年は国権論者として事実上、日本の侵略を肯定してゆく。ちなみに、昭和に活躍した東条英機、石原完爾、大川周明といった軍国主義者、右派の多くは出身やルーツが東北だったことも強調しておきたい。

沖縄の場合、東北と違い近世まで自前の王国はあったが、清と薩摩藩に両属してきた。1879年の沖縄県設置などで日本へ併合・同化されつつも、地域的自立を求めた。清の辺境だった台湾は、植民地下で台湾人意識に目覚め、日本に自治を要求した。

1910年に併合された朝鮮(韓国)の場合、古代から王朝があったうえ、併合時には知識人らに近代的なナショナリズムも生まれていた。故に、三・一運動(1919年)のような独立運動が展開される。

つまり、近世以前の日本の「中央」との歴史的文化的な距離、併合の時期、併合までに独自の近代ナショナリズムを育めていたかどうかなどが、各地域の人々の運命と自意識を変えた。

日本の領土拡張は、西洋に対抗する軍事的要請に基づくものでもあった。その日本の家父長的で半端な「近代」に抗するため、沖縄、台湾、朝鮮の知識人らはオリジナルの西洋、本物の近代的価値をより深く学ぼうとしたという。

台湾や韓国が戦後も日本の反共防波堤として軍事・独裁体制下に置かれた末、今や東アジアでただふたつ、政権交代可能な2大政党制を維持していることも連想する。台湾や韓国は、日本に抑圧されてきたが故に、日本を追い越せたのか。

沖縄が独自の文化や風土を、本土に「かっこよく」感じさせられるようになったのも、特に台湾や韓国で民主化が進んだのと同時期だ。

「日の丸」を掲げて本土復帰しても基地問題は解決しないなか、自らの文化的価値などを再考してきた結果、90年代以降の、本土の左翼から観光客までが「かっこいい」と思う今の沖縄がある(これもよしあしだが)。

東北は? 私の感じてきた「理屈以前の感覚」は、「中央」に同化しようと地元を「裏切った」後ろめたさ。「かっこ悪い」意識は同化政策のなれの果て。日本本土の側にいた東北の私に、沖縄や台湾、韓国のような「かっこよさ」をつかむ糸口は見つからない。

それでも、東日本大震災後、原発事故などに衝撃を受けた東北学の論者らが、こう言っていたことを思い出す。「東北は、実はまだ植民地だった」。

この言葉を呉の議論に照らして咀嚼し直せば、違った景色が開けるかもしれない。そんなことを、最近は思っている。

鈴木英生(Hideo Suzuki)
1975年仙台市生まれ。京都大学卒業。2000年、毎日新聞社入社。青森・仙台両支局を経て、東京・大阪両本社の学芸部で延べ10年以上論壇を担当し、18年からオピニオングループ(現オピニオン編集部)。著書『新左翼とロスジェネ』。共著『1968年に日本と世界で起こったこと』。構成などを担当した本に『中島岳志的アジア対談』、『日本断層論』(中島さんと詩人、ノンフィクション作家の故森崎和江さんの対談)、『目撃者』(報道写真家、故三留理男さんの回想記)など多数。

 『フォルモサ・イデオロギー──台湾ナショナリズムの勃興 1895-1945』
 呉叡人[著]梅森直之・山本和行[訳] 
 みすず書房[刊]

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