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大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなアメリカンドリームの現実「学歴社会」に待ったの兆し

ニューズウィーク日本版 2024年5月1日 11時31分

バティア・アンガーサーゴン(ジャーナリスト)
<米社会では大学の学位がなければチャンスも与えられない。そんな現実に異議を唱え、実力主義の抜擢を行う会社がでてきた>

いくら頑張っても、アメリカンドリームには手が届かない。そんな人がたくさんいる。

 

貧富の格差は広がるばかりで、しかも 「大卒未満」では成功への第一歩すら踏み出せない今のアメリカ社会で、いったい労働者はどうやって家族を養い、家を買い、貯蓄に励んだらいいのか?

この問いに向き合い、なんとか答えを探ろうとしたのが、パレスチナ自治区のガザ出身でユダヤ・インド系アメリカ人のバティア・アンガー サーゴン(本誌米国版の編集者でもある)の新著『二等市民 エリート層はいかにしてアメリカの労働者を裏切ったか(Second Class: How the Elites Betrayed Americaʼs Working Men and Women)』だ。以下はその抜粋。

◇ ◇ ◇

ニコール・デイには、職探しに苦労した記憶がない。そもそも「働かない」という選択肢はなかった。

いつだって自分と、自分の息子のために働いてきた。バーテンダー、事務仕事のマネジャー、ベビーシッター、犯罪者の社会復帰を支援する施設のコーディネーターも。しかし最近は、およそ「まともな」仕事は見つからない。大学の卒業証書がないと、まともな仕事に就けないからだ。

大学で教わるスキルなど必要ない仕事でもそうだ。学位がないというだけで昇進できず、職を追われたことも一度ならずある。

「大卒の資格がない人には、ある人ほどのチャンスが与えられない」と、 ニコールは言った。「頭では理解できる。でも納得はできない。私たちには(大卒者と)同じくらいの知性があり、仕事で結果を出してきた実績もあるのに」

ニコールは学歴による社会的分断の犠牲者だ。今のアメリカは大学教育を受けた人物をあらゆる手で優遇し、特に学位など必要としないはずの職種でも、ベストな地位や待遇は大卒者のみに用意されている。

「私たちには自分の力を認めてもらうチャンスがない。チャンスがあっても無視される」と、ニコールは言う。

「同じ会社で5年、10年働いて、ようやく昇進のチャンスが巡ってきても、会社はたいてい、経験はなくても大卒資格のある人間を採用したがる。私たちみたいな、たたき上げじゃなくてね」

越え難い壁が立ちはだかる学歴という名の「ガラスの天井」は実在する。しかもインターネットを通じた人材採用の自動化によって、事態はますます悪化している。私が話を聞いた労働者階級の多くの人そして最も成功している人々にとっ ても、学歴は越え難い壁だ。

オハイオ州で電気技師として働くスカイラー・アドレタは、かつて塗装工場でマネジャーのポジションに空きが出たとき、この「天井」にぶち当たった。

彼は自分が上司に好感を持たれていること、そして職人としての才能を認められていることを知っていた。作業の効率化について彼が出したアイデアは、実際にいくつも採用されていた。

 

そこでスカイラーは人事担当役員のところに行き、こう言った。

「マネジャーの仕事に興味があります。管理職の経験はありませんが、同僚とはいい関係を築いています。みんな私を認めているし、あなた方も認めているはずで、現に私の出したアイデアがいくつも採用されています。だから、少しでも可能性があるなら検討していただけませんか」

だが、検討の余地はなかった。役員は彼に「マネジャー職には大学の学位が必要というのが会社のルールだ」と告げた。

ILLUSTRATION BY MOOR STUDIO/GETTY IMAGES

「でも、私なら務まると思いませんか」と、スカイラーは食い下がった。「能力の問題じゃない」と役員は言い、こう続けた。

「君ならいいマネジャーになれると思う。でも、ここには200人の従業員がいる。勤続年の者を差し置いて君を選んだらどうなる? ほかの従業員がやる気をなくしてしまうよ」

「いや、私でも昇進できると知れば、みんな今まで以上に本気を出して頑張るんじゃないですか」。スカイラーはさらに食い下がった。

「そういうわけにはいかないんだ」。 役員は素っ気なく言った。

「それなら、もうこの仕事は続けられません」とスカイラーが告げると、役員は「そういう結論になってしまうのは残念だ」と答えたが、昇進に関するルールは変わらなかった。

数週間後、スカイラーは会社を辞めた。そして、もっと実力がものをいう職場に移った。

特定の技能を身に付ければ食べていける社会であってほしい。そういう声を、私は何度も聞いた。

実際、かつてのアメリカでは職業訓練が学校教育の柱の1つだった。ペンシルベニア州ピッツバーグでエレベーターの整備士をしているエリックは言う。「昔は卒業が迫ると、木工クラスの先生が生徒全員を大工組合の試験に連れて行ったものだ」

でも今は違う。「もう誰も、大工になれなんて言わない。大工はいい仕事なのに。金持ちにはなれなくても、ちゃんと暮らしていける。年に8万ドルは稼げて、家族も養える」

何が変わってしまったのか。1つには、学歴と知識産業を重視する世の中の風潮がある。ただし、この流れは、グローバリゼーションがアメリカの労働者階級に与えた壊滅的な影響をごまかすための巧妙な手口にすぎなかった。

アメリカの労働者階級はこんなメッセージを受け取った。おまえたちは舟に乗り遅れた、大学教育を受けた人との差が開いたのは諸君が愚かで教育がないからだ、大学教育を受けた人に幸運が巡ってくるのは当然だ、それだけの金を払い、努力もしてきたのだから―と。

風向きは変わってきたがそういう考えは、労働者階級にも浸透している。

「今の若い人たちは、労働者階級に入ってしまったら終わりで、もう列車に乗り遅れたことになると教えられてきた」と、前出のスカイラーは言う。

「要するに、大学に通い、ちゃんと卒業しないと、アメリカ社会に存在する最下層のカースト、すなわち労働者階級に、まともな人間扱いされない資格欠落階級に落ちてしまう。万事休すだ」

2010年から16年にかけて、大卒未満の人が就ける仕事の新規雇用は100件に1件しかなかった。その6年間に創出された1100万件の雇用のうち、4分の3は大卒以上の学歴が必要だった。

この壊滅的な傾向を逆転させるために必要なことは何か。その1つは、実際には大学教育など必要としない職種でも大卒の資格を要求する風潮を改めることだ。

 

そうした取り組みは実際に進行中だ。新型コロナのパンデミックで人材不足に陥った企業は、より多くの応募者を集めるために大卒の資格要件を撤廃し始めている

代表的なのがウォルマートだろう。 同社では管理職の75%が一般の店員から登用されている。中には上級管理職に就いた人もいる。

ウォルマートのウェブサイトにはこうある。「アメリカの雇用市場には就職や昇進に大卒資格を必要としない職種がたくさんあります。実際、ウォルマートでは大卒でない人も店長になれます。ちなみに店長の平均年俸は23年度実績で23万ドルです」

ウォルマートはまた、大学で教わる特定のスキルが必要な職種の場合、会社が費用を負担して従業員を大学に通わせている。

職員の採用における学位要件を撤廃した州もある。ペンシルベニア州とユタ州、コロラド州、メリーランド州は大半の職種で4年制大学の学位取得要件を撤廃した。ジョージア州とアラスカ州も後に続いた。

おかげで、学歴不足ゆえに排除されていた人々に多くの門戸が開かれた。大学教育など必要としない仕事から多くの人を締め出してきた昨今の流れが変わり始めたようだ

冒頭のニコール・デイに、改めて聞いてみた。大学で教わるスキルなど実際には使わない職種で、採用時に大卒資格を条件としない企業が増えてきたけれど、これはあなたにとってプラスになる?

「そうね、プラスになるケースはたくさんあると思う」と、彼女は答えた。

「でも、全てのケースがそうだとは言わない。会社によって違うし、職種によっても違う。少しはチャンスが増えるでしょうけど」

「何歳になっても学校に戻れるとよく言われる」と、彼女は続けた。

「でも今さら1日4時間とか8時間も学校に通って、返せる当てのない学生ローンを背負い込むなんてとても無理」

無理なだけでなく、不公平だとニコールは思う。なぜなら、彼女には大卒の新人にはない何かがあるからだ。

「私には大卒の人よりずっと多くの経験がある。でも、採用担当者に見せる卒業証書がない。1枚の紙切れのほうが、年かけて積み上げた経験よりも大事ってわけね。


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