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「誰も労働者階級の声を代弁しない」ガザ出身でユダヤ・インド系アメリカ人の『二等市民』著者に聞いた

ニューズウィーク日本版 2024年5月1日 16時40分

メレディス・ウルフ・シザー(本誌記者)
<米大統領選挙が近づくなか、バイデンもトランプも真に労働者階級のことを考えてなどいない。製造業の国外移転や移民の流入で疲弊した彼らを国は見捨てるのか?>

パレスチナ自治区のガザ出身でユダヤ・インド系アメリカ人のバティア・アンガー サーゴン(本誌米国版の編集者でもある)の新著『二等市民 エリート層はいかにしてアメリカの労働者を裏切ったか(Second Class: How the Elites Betrayed Americaʼs Working Men and Women)』の著者バティア・アンガーサーゴンに、本誌メレディス・ウルフ・シザーが話を聞いた。

◇ ◇ ◇

──全米で労働者階級の人々を取材して学んだ最も重要なことは?

アンガーサーゴンの新著『二等市民』 ENCOUNTER BOOKS

人は自分を裏切った国を愛せるということ。自分が支持しない政党に投票し、自分が支持しない政策を支持する人々を愛せるということ。(アメリカ人は二極化していると言われるが)それはエリート層のみの現象だ。

労働者階級は多様だが、人工妊娠中絶、移民、よりよい雇用や医療の必要性といった大きな問題では驚くほど結束している。

だが民主党も共和党も労働者階級の大多数の声を代弁していないため、どちらに投票しても彼らにとっては先の見えないばくちになる。彼らは政治に意義を見いださないから政治に期待しないし、自分と違う党に投票する人を非難しようとは夢にも思わない。

──ジョー・バイデン大統領もドナルド・トランプ前大統領も、自分の政策のほうが労働者階級に有利だと主張する。本当の意味で有意義な影響を及ぼす政策とは何か。

職業訓練の大幅な拡充。移民の大幅な制限。低所得者を対象とした政府支援の高額医療保険。大学教育が必要ない仕事の求人で大卒を条件にすることを法律で禁じるべきだ。

住宅建築の規制緩和も重要だ。一戸建て専用の地域に2階建て、3階建ての集合住宅を建てられるようにすれば、住宅は格段に増える。

輸入品の関税を引き上げ、生活保護の不正受給を減らし、子供のいる家庭の税控除を拡大するべき。要は勤勉な労働者が尊厳ある生活を営み、アメリカンドリームをかなえられる環境を整えるのがいい政策だ。

──医療保険は国民的関心事だが、取材した人々にオバマケア(医療保険制度改革)はどう影響した?

大して助けにならなかった。多くの人は職場の保険に入っていたが、それでも自己負担額や保険の免責事項のせいで破産しかけていた。あまりに収入が低く、メディケイド(低所得者医療保険制度)の受給資格がある人も少なくなかった。この国の医療制度はめちゃくちゃだ。

全米で労働者に取材したアンガーサーゴン RENATA BYSTRITSKY

──社会階層の上昇移動を妨げる最大の障壁は何か。

製造業を中国やメキシコに外注し、移民の受け入れを拡大したことだ。

アメリカは中流の生活を保障していた労働者階級向けの仕事を国外に「輸出」し、他国の中流階級を育てた。さらに低賃金で働く移民を大量に受け入れた。残っていた仕事は移民とアメリカ人で取り合いになり、賃金の低下を招いた。

企業は年金、質のいい医療保険、安定した労働時間と賃金を労働者から奪った。その結果が今の体たらくだ。

学歴による格差も深刻だ。アメリカ経済は知識産業で働く人々に高い報酬を払うが、労働階級の賃金は常に下方圧力にさらされている。

生活費の上昇もきつい。労働者階級の賃金は上がったが、中流の象徴であるマイホーム、十分な医療保険、教育費、老後に必要な資金は天文学的に高騰した。

エリザベス・ウォーレン上院議員が「ダブルインカムの罠」と呼んだ現象も一因だ。共働きで世帯年収が上位10~20%に入る上位中流層の夫婦は全てに倍の金額を払う余裕があり、これが物価を高騰させている。

──社会階層の上昇移動に学歴が密接に絡んでいるなら、大学の無償化が問題解決につながるのでは?

2つの点でノーだ。まず経済的な視点から見て、大卒者の需要は伸びていない。大卒向け産業の雇用は頭打ちどころか、AI(人工知能)の登場で縮小している。今や大卒の半数以上が学位の要らない仕事に就いている。アメリカは大卒を過剰生産した一方、熟練工の不足は深刻だ。

また誰もが進学を望むわけでも、そうしたキャリアを築きたいわけでもない。これはいいことだ。弁護士やジェンダー学専攻の大卒は余っているが、配管工や清掃員はいくらいても足りない。なのに国は前者の教育に金をつぎ込み、移民を大量に受け入れることで後者を軽んじた。

社会に不可欠な仕事を担う人たちが、家族を養えないのは不公平だ。

──『二等市民』を執筆する過程で、一番驚いたことは?

繁栄から取り残された人々の愛国心だ。彼らはこの国を見限っていないし、私たちも彼らを見捨てるべきではない。

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