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「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界で愛される「これだけの理由」

ニューズウィーク日本版 2024年5月1日 14時10分

数土直志(すど・ただし、アニメーションジャーナリスト)
<日本アニメの人気がむしろ海外で急速に広がっているのはなぜか。ファンの世代拡大、市場性、そして作家性について>

今年3月10日、アメリカから日本アニメの大きなニュースが飛び込んできた。

宮崎駿監督の最新劇場アニメ『君たちはどう生きるか』が、米アカデミー賞長編アニメーション賞に輝いたのだ。日本作品の受賞は、やはり宮崎が2003年に受賞した『千と千尋の神隠し』以来、21年ぶりだ。

予感は当初からあった。アカデミー賞に先立つゴールデングローブ賞でも、日本作品としては初めてアニメ映画賞を獲得した。ロサンゼルス映画批評家協会賞、ニューヨーク映画批評家協会賞でも最優秀アニメ映画賞に輝いている。圧倒的な評価と支持と言っていい。

世界の巨匠・宮崎駿であれば、そんな栄誉も当然と思う人も多いかもしれない。しかし、『君たちはどう生きるか』がこれまでの宮崎作品と異なるのは、海外でのヒットの大きさにある。

昨年12月8日の北米公開後の興行収入は2月20日までに4674万ドルを超え、これまで北米で最もヒットした宮崎アニメ『崖の上のポニョ』の約3倍にも達した。今年4月に全国公開した中国本土の興行収入はそれを上回る。公開2週目で、既に6億6000万元(約138億円)を超えた。

韓国や台湾でもスタジオジブリ作品で歴代1位と、この状況は世界の多くの地域で共通する。

『君たちはどう生きるか』は、海外で歴代最もヒットしたスタジオジブリ作品なのである。日本でも話題は大きかったが、興行収入だけ見ればこれまでの作品よりは控えめで、受け止め方には国内と海外とで温度差がある。

こうした違いは、20年代の世界における日本アニメの存在感を反映している。日本アニメのファン人口は10年代以降に一気に拡大し、『君たちはどう生きるか』の海外でのヒットと評価にもそれが影響している。

21年に『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が、北米で週末興行1位になったことにも同じ流れがある。日本アニメの人気が急激に広がっているのだ。

爆発的に増えた視聴者数

もちろん海外で日本アニメは長い歴史を持ち、人気を博してきた。1960年代には既にモノクロ時代の『鉄腕アトム』や『鉄人28号』などが輸出されているし、08年に実写版が制作された『マッハGoGoGo』がアメリカで大人気になったのも60年代だ。

フランスで子供の視聴率100%とも言われた70年代の『UFOロボ グレンダイザー』、80年代の『聖闘士星矢』など、日本アニメの世界での人気を伝えるエピソードはいくらでもある。

宮崎駿は2014年にアカデミー賞名誉賞を受賞 KEVIN WINTER/GETTY IMAGES

それでも現在の日本アニメ人気の世界的な過熱は、かなり様相が異なる。とにかく視聴者の数が多い。理由の1つは、世界的な映像配信プラットフォームの普及にある。

世界で2億6000万世帯の契約を持つネットフリックスの視聴者の半数が、過去1年間に日本アニメを見ているという。日本アニメ専門の配信サイト、クランチロールの有料会員は1300万人を超える。日本アニメは動画配信により、新たな視聴者につながるルートを手に入れた。

日本動画協会が発表する日本を除く世界の日本アニメ市場の規模は、12年の2408億円が22年には1兆4592億円とおよそ6倍に伸びた。これは、日本アニメの世界配信拡大とほぼ並行して起きている。

もう1つファンが増えている理由は、世代を超えて積み重ねられた認知度にある。それぞれの時代のヒット作は異なるが、60年代にアニメを体験した世代を筆頭に、アニメを子供の頃に見た人たちは既に3世代にわたる。かつては強かったアニメへの偏見もなくなってきた。

日本アニメの受け取られ方は、世代、そして国や地域によっても大きく変化している。60年代から00年代までと現在の一番の違いは、以前の日本アニメの活躍の中心がテレビだったことにある。ただし、テレビでは作品がゆがみを持って伝えられた部分もあった。

かつて海外の子供たちの多くは、日本のアニメ番組を日本製とはほとんど知らずに楽しんでいた。フランスやイタリアを席巻した『UFOロボ グレンダイザー』は、『ゴルドラック』と名前を変え、現地語の別の主題歌が付けられた。

高橋陽一の漫画が原作の『キャプテン翼』が欧州から南米、中東まで広く人気だったことはよく知られている。ジネディーヌ・ジダン(フランス)をはじめ、本作を見てサッカーを目指したという海外有名選手も少なくない。

しかし主人公・大空翼の名前は、フランスではオリーブ、イタリアではオリー、中東ではマジドだ。

日本アニメが海外で多く放送された理由は、そもそも00年代まで世界でテレビアニメを量産できる国がアメリカと日本にほぼ限られていた事情がある。

ロンドンのイベントでブースに描かれた『キャプテン翼』 JOHN KEEBLE/GETTY IMAGES

日本作品はもともと国内向けだったため、日本で既にビジネスは完結しており、海外には格安で番組を販売できる事情もあった。

各国のテレビ局は安く調達できる子供向けの番組として日本作品に飛び付いた。しかし海外の配給会社には番組が日本製であるとアピールする理由はなく、むしろ現地の子供たちに受け入れられやすいようにローカライズの工夫をした。

日本側も現地のローカライズに無頓着なところがあり、日本アニメは当初は日本製と気付かれず浸透していった。

大きな転換点となったのは、89年にアメリカで公開された『AKIRA』だ。本作では、むしろ「日本」が強調されている。物語の舞台は近未来の東京で、社会から疎外された少年たちがサイバーパンクなアクションを繰り広げるSFアニメ映画である。

主人公の金田は、細くつり上がった目、真っすぐな黒い髪、きゃしゃな体で、日本人そのものだ。ほかのキャラクターも同様で、見る側は日本を意識せざるを得ない。それまでの日本作品の登場人物が、8等身で金髪で大きな目をしているなど、無国籍なところがあったのとは対照的だった。

しかも『AKIRA』のディストピアな未来や複雑に絡み合う設定、激しいバトルは、同時代のSF小説や大人向けの映画に比肩するものだった。こうした題材がアニメーションで表現可能であること、子供のためでない大人の映像として成立することが、過去の作品とは何もかもが異質であると印象付けた。

『AKIRA』が当初、子供向けアニメ番組の視聴者とは異なる映像やアートなどのクリエーターらから絶大な支持を受けたのも納得できる。

『AKIRA』が開拓したファン層は、その後『攻殻機動隊』『獣兵衛忍風帖』『銃夢』といった作品に向かっていく。熱狂的なファンに支えられた映画やOVA(ビデオ向けアニメ)で展開される大人向けの作品群である。

これらはまた現在の深夜アニメと呼ばれるヤングアダルト向けの作品の源流でもある。『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』『【推しの子】』など現在の世界的な人気作品もこの系譜にあると言えるだろう。

さらにもう1つ、80~90年代には別の日本アニメが海外に広がっている。スタジオジブリである。

パリでナルトのお面をかぶるアニメファン GONZALO FUENTESーREUTERS

世代を超えて鑑賞できる心温まるストーリーが、良質なアニメーションとして国境を超えて支持を集めるようになった。スタジオジブリがとりわけ注目された理由は、アニメーターの職人技とも呼べる手描きの素晴らしさだった。

90年代以降、世界のアニメーションの中心地であったハリウッドや、それに追随する世界の大きなスタジオの多くが制作の主力を手描きからCGに移していく。この中で素晴らしい手描きアニメーションを作り続けるスタジオジブリの作品の魅力は、かえって輝きを増していった。

スタジオジブリの世界的な評価の確立は、02年のベルリン国際映画祭での『千と千尋の神隠し』の金熊賞(グランプリ)受賞にある。映画界の最高峰とされる場所で、アニメーション作品がグランプリを獲得したことは当時大きな事件だった。

スタジオジブリには国境や世代を超えて共感される物語があり、世界的に普遍のテーマがあるとの評価がここで広く認められた。

日本アニメの多様さと自由さ

キッズ向けのテレビアニメ、ヤングアダルト向けのエッジの利いた作品、それに作家性を発揮しつつも世代を超えるスタジオジブリと、世界に送り出される日本アニメはばらばらで、脈絡がないように映る。

だが「日本アニメ」全体に対する評価は、むしろこの幅広さと多様性にある。あらゆるジャンルの物語、表現、映像が飛び出すことこそが日本アニメの特徴であり、強みなのである。

海外の人気とひとくくりにされがちだが、実際には「海外」という国があるわけではない。そこにあるのはアメリカや中国、フランス、タイといった歴史も文化も異なる国々だ。そうした異なる文化に対して、それぞれに違った文脈で違った作品をアニメは届けることができる。

もちろん『ドラゴンボール』や『NARUTO』『ポケモン』のように、世界中で人気という作品はある。しかし『ドラえもん』や『名探偵コナン』の人気はアジアが中心だし、アメリカではサイバーパンク、アクション満載の作品が好まれる。

70年代、80年代のテレビアニメはヨーロッパで広く受け入れられてきた。さらにフィリピンで実写ドラマ化もされた『超電磁マシーン ボルテスV』の人気は70年代末の同国に限られた現象だった。日本アニメの受け入れられ方は一般に考えられているより多様で複雑だ。むしろここに日本アニメの人気の秘密がある。

ただし日本アニメはいつの時代にも、どの国でも人気があったわけでない。自由奔放な表現もあり、作品を規制する動きも少なくなかった。有名なのが、80~90年代に起きたフランスでの排斥運動だ。

アジアで人気が高い新海誠 JOSHUA BLANCHARD/GETTY IMAGES

後にフランス大統領選にも出馬する政治家セゴレーヌ・ロワイヤルらは、日本のアニメやマンガはエロとバイオレンスに満ちていると主張し、結果として日本のアニメのテレビ放送が一気に減ることになった。

中国でも00年代初めに『テニスの王子さま』『鋼の錬金術師』などの人気が盛り上がったが、00年代半ば以降はテレビ放送の新たな番組許諾が全く下りなくなり、人気は下火になった。

再び盛り上がるのは、10年代になって動画配信サイトが正規配信を始めてからだ。こうした規制は今でもあり、表現規制の強まっている中国では、近年、現地で上映や配信ができない日本アニメが増えている。過去数年で日本アニメへの規制が緩和された中東でも、同性愛表現は厳禁だ。

さまざまな表現に果敢に挑戦することが日本のアニメの強みの1つだけに、こうした規制が今後強まるかどうかは制作側にとっても気になるところだろう。

ビジネスでの成功が追い風に

近年の日本アニメにとっての成果は、長年の課題だったビジネス面での成功だ。関係各社の海外売り上げが大きく伸びている。

かつては作品の人気に比べると、日本が得られる利益が少ないとされていた。アニメを販売する各社が海外で大きく儲かったとの話もあまり聞かなかったし、日本のアニメスタジオの多くは中小企業のままだ。

それはアニメビジネスの形態によるところも大きかった。かつてのアニメビジネスは、国・地域それぞれの配給会社に、定額でその国・地域の権利を販売して終わりだ。番組を購入する現地企業の大半が映像会社だから、関連グッズなどの商品展開もない。日本のような2次展開のビジネスは期待できなかった。

さらに大きな問題は、海賊商品だ。ひと昔前のアニメに詳しいファンなら、海外で日本アニメと言えば海賊版を思い浮かべる人もいるだろう。00年代末頃まで、日本アニメの海賊版はリアルにもネット上にも世界中にあふれていた。

筆者は00年代半ばに訪れた上海で、ビル1棟を丸ごと使って海賊版を売っている店を見つけて驚愕した。道路の端から端まで海賊版の露店という光景も目にした。そこではDVDはもちろん、グッズからコスプレの衣装まで、全て海賊版といった状況だ。

中国だけでなく、どこの国も似たような状況だった。アメリカやフランスなどで開催される大きなアニメイベントの会場は、海賊商品のショップが大にぎわいだ。

海賊版があふれた理由は価格の安さもあったが、むしろ十分に正規品を供給できていないことだ。ビデオソフトですら発売は日本よりも何年も遅れ、商品のラインアップは限られ、それさえどこで買えばいいか分からない。

世界同時配信のインパクト

しかしカルチャーサイドだけでなくビジネスサイドでも、過去10年で状況は大きく変わっている。今や日本企業は新しい市場は海外にあると認識して、各国に直接進出し、自ら利益を上げる構造を築きつつある。

先頭に立ったのはソニーグループの成功だ。ソニーミュージックのアニメ事業子会社であるアニプレックスと米ソニー・ピクチャーズエンタテインメントは21年、日本アニメ配信サイトのクランチロールを、当時約1300億円で傘下に置いた。グループのアニメ事業売上高は今や世界で3000億円規模にもなり、グループの重要な事業だ。

もう1つビジネスが広がったきっかけは配信だ。ネットフリックスやクランチロールといったサイトが日本とほぼ同時にアニメを海外配信することで、作品の人気も情報も世界同時に広がる。

配信時代を代表するのが『進撃の巨人』だ。13年のアニメ化のタイミングは、アメリカと中国で日本とほぼ同時に正規配信が始まった12~13年だった。これによりあらゆる国でほぼ同時に人気が爆発し、作中に登場する調査兵団のコスプレも世界のイベントに一斉に出現した。世界のアニメファンが一体化した瞬間だ。

アニメを関連商品や音楽、イベントにつなげる日本型のメディアミックスも世界に広がり始めている。23年に世界的なヒットになったYOASOBIの「アイドル」も、アニメ『【推しの子】』のテーマソングだ。アニメでは、ビジネスの仕組みでも日本式が世界に広がっている。

そんな時代、日本アニメは今後どうなるのだろうか。確かなのは、アニメはこの先も世界的にかなりの成長ジャンルだということだ。そこに大変な数のファンがいるからだ。

ただそのファンのほとんどは、今や日本の外にいる。いま海外で日本アニメのスタイルを取り入れた作品が次々に誕生し、人気を獲得している。受け手だけでなく、作り手のグローバル化も急激に進んでいる。

今後日本以外で生まれた作品が「ANIME」として世界に広がっていくはずだ。その時、日本は何をもって日本独自のアニメを打ち出せるか問われるだろう。

答えの1つは『君たちはどう生きるか』にある。この作品が世界で圧倒的な評価を得ている理由には、2Dの手描きの素晴らしさ、ハリウッド的な善悪二元論とは異なる複雑なストーリーがある。世界が求める日本らしさの鍵がここにあるのではないだろうか。

『君たちはどう生きるか』/THE BOY AND THE HERON

THE BOY AND THE HERON | Official English Trailer/GKIDS Films

 

『君たちはどう生きるか』米アカデミー賞受賞スピーチ

Best Animated Feature Film | 'The Boy and the Heron' | Oscars 2024 Press Room Speech/Oscars

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