茜 灯里
<韓国の基礎科学研究院・多次元炭素材料センターや蔚山科学技術院などから成る研究チームが、新しい合成ダイヤモンドの作成法を発表。その詳細と合成ダイヤモンド開発の意義について概観する>
ダイヤモンドの生成には、高温高圧条件(およそ1000~1500℃、5万気圧)が必要です。地球上で5万気圧を達成できる場所は地下約150キロ付近なので、天然のダイヤモンドは地球深部のマントルで作られます。
ダイヤモンドは美しさを活かして宝石になるだけでなく、一般に入手できるものとしては地球上で最も硬い物質なので、ダイヤモンドカッターや研磨剤など工業用途で広く使われています。ただし、生成条件が狭く、条件を外れると化学組成が同じで結晶構造が異なるグラファイト(黒鉛)になってしまうため、希少性が高く高価です。そこで研究者たちは古くから、ダイヤモンドを人工的に合成して安価に入手できないかと模索してきました。
これまでに商業化されているダイヤモンド合成法には、高温高圧法(High Pressure High Temperature, HPHT法)と化学蒸着法(Chemical Vapor Deposition, CVD法)があります。HPHT法は地球深部の高温高圧環境を実験室に再現してダイヤモンドを成長させる技術、CVD法はメタンと水素の混合ガスを使って高温低圧(大気圧以下)で種結晶の表面にダイヤモンド結晶を析出(せきしゅつ)させる技術です。
今回、韓国の基礎科学研究院・多次元炭素材料センターや蔚山科学技術院などから成る研究チームは、「第3のダイヤモンド合成法」とも言える「液体金属合金を使って、常圧(大気圧)で種結晶を使わずに短時間でダイヤモンドを作りだす方法」を開発したと発表しました。研究成果は総合科学学術誌「Nature」に4月24日付けで掲載されました。
新しい合成方法の詳細と、合成ダイヤモンドを開発する意義について概観しましょう。
合成ダイヤモンドの歴史
ダイヤモンドの合成法は、19世紀末から何人かの研究者によって実験されていました。ダイヤモンドを地上まで運ぶキンバーライト(母岩)の性質や、隕石中にダイヤモンドが見つかることから、高温高圧が必要であることは早くから知られていましたが、実験室での合成成功にはなかなか至りませんでした。
世界で初めてダイヤモンドの合成に成功したのは、HPHT法を発明したアメリカのジェネラル・エレクトリック社で、1955年のことでした。
ダイヤモンドの種結晶を使って、原料となる炭素物質(黒鉛や微小なダイヤモンド)を金属溶媒に溶かし、高温(1500℃程度)、高圧(5~6ギガパスカル[概ね5~6万気圧])を与えて、ダイヤモンド結晶を成長させます。工業用の研磨剤とするために、種結晶を用いずに1ミリ以下の微小な結晶を多量に作成する場合もあります。
一方、CVD法は、52年にアメリカのユニオン・カーバイド社が考案しました。80年代前半に日本の無機材質研究所(現在の国立研究開発法人物質・材料研究機構)がプラズマCVD法を開発して、CVD合成ダイヤモンドの商業化を大きく前進させました。
ダイヤモンドの原料となる炭素源であるメタンガスを大量の水素と混合し、この混合ガスを大気圧以下(0.1~1気圧程度)で反応容器に満たし、プラズマで分解して活性化します。種結晶となるスライスしたダイヤモンド結晶(基板)上の温度を800~1200℃程度に保ち、基板表面に炭素原子を降らせて結晶化させます。水素はダイヤモンドが黒鉛に変化するのを防ぐ役割を果たします。
天然のダイヤモンドが数百万年~数億年かけて成長するのに対し、HPHT法やCVD法では数日から数週間程度で同じ程度の大きさの合成ダイヤモンドが得られます。合成ダイヤモンドは中国産が最も多く、コロナ禍前の2019年には約154億カラット(1カラットは0.2グラム)を生産しました。
製造時間は従来の12分の1
今回、韓国の研究チームが開発したダイヤモンドの合成法は、メタンガスと水素で満たした小型チャンバーに、ガリウム、ニッケル、鉄、ケイ素の4種から成る液体金属合金を入れるというものです。
必要な圧力と温度は常圧(大気圧)で約1025℃、種結晶を使わずに従来の合成法の12分の1の製造時間でダイヤモンドを作成できました。上記の4種の元素を77.75%、11%、11%、0.25%(原子百分率)の割合で混合したときに、最も効率よく成長したといいます。
種結晶がなくても成長する原理は未解明なところもありますが、研究者たちは「炭素とケイ素は結合に関して類似性した性質を持つので、ケイ素原子を含む炭素クラスターがダイヤモンドの前駆体として機能している可能性がある」と話しています。
もっとも、現時点ではダイヤモンドの成長が約150分で止まるため、薄膜状のみが得られています。研究チームは合成時間を延長し、サイズアップさせることを課題としています。
合成ダイヤモンドの主要な用途には、宝石用と工業用があります。宝石業界では合成ダイヤモンドは量産できるため稀少価値を認められないとして、天然ダイヤモンドとは別物として扱うことが通例です。
しかし、天然ダイヤモンドの世界最大のシンジケートであるデビアス社が18年、合成ダイヤモンドのジュエリーの販売に踏み切ったため、今後は宝石用途の合成ダイヤモンドがますます流通するようになると考えられています。さらに、合成ダイヤモンドは欲しい色や特徴をカスタムできる可能性も秘めています。
工業用ダイヤモンドは、現在も合成ダイヤモンドが多く使われています。
ダイヤモンドカッターや研磨剤以外にも、レコードの針、歯科のダイヤモンドドリル、砥石などに使われており、電気絶縁性に優れた性質から自動車や電化製品の組み立て工場ではなくてはならない存在です。
さらに、今回の韓国研究チームの合成ダイヤモンドは、スーパーコンピューターを超える性能が期待される最新の科学技術「量子コンピューター」の実用化に寄与する可能性もあります。
量子コンピューターは現行のコンピューターとは異なり、量子状態を情報として扱います。量子メモリーを用いる量子中継で現在、有望視されているのは「ダイヤモンドNVセンター」と呼ばれる物質です。
ダイヤモンドNVセンターは、ダイヤモンド中の炭素のいくつかを原子番号が隣である窒素に置き替えた物質です。置き換わるとダイヤモンド内に空孔が生じて、そこに電子が集まり、量子メモリーとして扱えます。半導体の量子メモリー数ナノ秒程度しか量子状態を保持できないのに対して、ダイヤモンドNVセンターは数秒から数分にわたって量子状態を保持でき、しかも冷却の必要がありません。
韓国研究チームの合成ダイヤモンドは、一部の炭素がケイ素と置き換わり、「シリコン空孔カラーセンター」を作っています。共著者のMeihui Wang博士は「シリコン空孔カラーセンターを持つ我々の合成ダイヤモンドは、量子コンピューターや磁気センシングに応用できる可能性がある」と話しています。
「永遠の輝き」と称されて一大ブームとなったのは宝石品質の天然ダイヤモンドですが、合成ダイヤモンドが私たちの生活を次世代の科学技術で輝かせる原動力になる日も近いかもしれませんね。
<韓国の基礎科学研究院・多次元炭素材料センターや蔚山科学技術院などから成る研究チームが、新しい合成ダイヤモンドの作成法を発表。その詳細と合成ダイヤモンド開発の意義について概観する>
ダイヤモンドの生成には、高温高圧条件(およそ1000~1500℃、5万気圧)が必要です。地球上で5万気圧を達成できる場所は地下約150キロ付近なので、天然のダイヤモンドは地球深部のマントルで作られます。
ダイヤモンドは美しさを活かして宝石になるだけでなく、一般に入手できるものとしては地球上で最も硬い物質なので、ダイヤモンドカッターや研磨剤など工業用途で広く使われています。ただし、生成条件が狭く、条件を外れると化学組成が同じで結晶構造が異なるグラファイト(黒鉛)になってしまうため、希少性が高く高価です。そこで研究者たちは古くから、ダイヤモンドを人工的に合成して安価に入手できないかと模索してきました。
これまでに商業化されているダイヤモンド合成法には、高温高圧法(High Pressure High Temperature, HPHT法)と化学蒸着法(Chemical Vapor Deposition, CVD法)があります。HPHT法は地球深部の高温高圧環境を実験室に再現してダイヤモンドを成長させる技術、CVD法はメタンと水素の混合ガスを使って高温低圧(大気圧以下)で種結晶の表面にダイヤモンド結晶を析出(せきしゅつ)させる技術です。
今回、韓国の基礎科学研究院・多次元炭素材料センターや蔚山科学技術院などから成る研究チームは、「第3のダイヤモンド合成法」とも言える「液体金属合金を使って、常圧(大気圧)で種結晶を使わずに短時間でダイヤモンドを作りだす方法」を開発したと発表しました。研究成果は総合科学学術誌「Nature」に4月24日付けで掲載されました。
新しい合成方法の詳細と、合成ダイヤモンドを開発する意義について概観しましょう。
合成ダイヤモンドの歴史
ダイヤモンドの合成法は、19世紀末から何人かの研究者によって実験されていました。ダイヤモンドを地上まで運ぶキンバーライト(母岩)の性質や、隕石中にダイヤモンドが見つかることから、高温高圧が必要であることは早くから知られていましたが、実験室での合成成功にはなかなか至りませんでした。
世界で初めてダイヤモンドの合成に成功したのは、HPHT法を発明したアメリカのジェネラル・エレクトリック社で、1955年のことでした。
ダイヤモンドの種結晶を使って、原料となる炭素物質(黒鉛や微小なダイヤモンド)を金属溶媒に溶かし、高温(1500℃程度)、高圧(5~6ギガパスカル[概ね5~6万気圧])を与えて、ダイヤモンド結晶を成長させます。工業用の研磨剤とするために、種結晶を用いずに1ミリ以下の微小な結晶を多量に作成する場合もあります。
一方、CVD法は、52年にアメリカのユニオン・カーバイド社が考案しました。80年代前半に日本の無機材質研究所(現在の国立研究開発法人物質・材料研究機構)がプラズマCVD法を開発して、CVD合成ダイヤモンドの商業化を大きく前進させました。
ダイヤモンドの原料となる炭素源であるメタンガスを大量の水素と混合し、この混合ガスを大気圧以下(0.1~1気圧程度)で反応容器に満たし、プラズマで分解して活性化します。種結晶となるスライスしたダイヤモンド結晶(基板)上の温度を800~1200℃程度に保ち、基板表面に炭素原子を降らせて結晶化させます。水素はダイヤモンドが黒鉛に変化するのを防ぐ役割を果たします。
天然のダイヤモンドが数百万年~数億年かけて成長するのに対し、HPHT法やCVD法では数日から数週間程度で同じ程度の大きさの合成ダイヤモンドが得られます。合成ダイヤモンドは中国産が最も多く、コロナ禍前の2019年には約154億カラット(1カラットは0.2グラム)を生産しました。
製造時間は従来の12分の1
今回、韓国の研究チームが開発したダイヤモンドの合成法は、メタンガスと水素で満たした小型チャンバーに、ガリウム、ニッケル、鉄、ケイ素の4種から成る液体金属合金を入れるというものです。
必要な圧力と温度は常圧(大気圧)で約1025℃、種結晶を使わずに従来の合成法の12分の1の製造時間でダイヤモンドを作成できました。上記の4種の元素を77.75%、11%、11%、0.25%(原子百分率)の割合で混合したときに、最も効率よく成長したといいます。
種結晶がなくても成長する原理は未解明なところもありますが、研究者たちは「炭素とケイ素は結合に関して類似性した性質を持つので、ケイ素原子を含む炭素クラスターがダイヤモンドの前駆体として機能している可能性がある」と話しています。
もっとも、現時点ではダイヤモンドの成長が約150分で止まるため、薄膜状のみが得られています。研究チームは合成時間を延長し、サイズアップさせることを課題としています。
合成ダイヤモンドの主要な用途には、宝石用と工業用があります。宝石業界では合成ダイヤモンドは量産できるため稀少価値を認められないとして、天然ダイヤモンドとは別物として扱うことが通例です。
しかし、天然ダイヤモンドの世界最大のシンジケートであるデビアス社が18年、合成ダイヤモンドのジュエリーの販売に踏み切ったため、今後は宝石用途の合成ダイヤモンドがますます流通するようになると考えられています。さらに、合成ダイヤモンドは欲しい色や特徴をカスタムできる可能性も秘めています。
工業用ダイヤモンドは、現在も合成ダイヤモンドが多く使われています。
ダイヤモンドカッターや研磨剤以外にも、レコードの針、歯科のダイヤモンドドリル、砥石などに使われており、電気絶縁性に優れた性質から自動車や電化製品の組み立て工場ではなくてはならない存在です。
さらに、今回の韓国研究チームの合成ダイヤモンドは、スーパーコンピューターを超える性能が期待される最新の科学技術「量子コンピューター」の実用化に寄与する可能性もあります。
量子コンピューターは現行のコンピューターとは異なり、量子状態を情報として扱います。量子メモリーを用いる量子中継で現在、有望視されているのは「ダイヤモンドNVセンター」と呼ばれる物質です。
ダイヤモンドNVセンターは、ダイヤモンド中の炭素のいくつかを原子番号が隣である窒素に置き替えた物質です。置き換わるとダイヤモンド内に空孔が生じて、そこに電子が集まり、量子メモリーとして扱えます。半導体の量子メモリー数ナノ秒程度しか量子状態を保持できないのに対して、ダイヤモンドNVセンターは数秒から数分にわたって量子状態を保持でき、しかも冷却の必要がありません。
韓国研究チームの合成ダイヤモンドは、一部の炭素がケイ素と置き換わり、「シリコン空孔カラーセンター」を作っています。共著者のMeihui Wang博士は「シリコン空孔カラーセンターを持つ我々の合成ダイヤモンドは、量子コンピューターや磁気センシングに応用できる可能性がある」と話しています。
「永遠の輝き」と称されて一大ブームとなったのは宝石品質の天然ダイヤモンドですが、合成ダイヤモンドが私たちの生活を次世代の科学技術で輝かせる原動力になる日も近いかもしれませんね。