伊東順子
<玄界灘を挟んで並ぶ日本と韓国は、排他的なところでも似ているのか......>
日韓を行き来しながら暮らしていると、今どこにいるのかわからなくなることがある。街のカフェで仕事をしながら、ふと、ここはどこ? ソウル? 東京? 加齢のせいだろうか。以前、先輩がもらした言葉を思い出す。
「年をとると季節がどっちに向かっているかわからなくなる。これから夏に向かうのか冬に向かうのか」
春と秋はとても違うのに、一瞬わからなくなる。体感が似ているからだろうか。ソウルと東京も同じだ。似ているところが多すぎる。
2021年3月、一人のスリランカ人女性が名古屋の入管施設で亡くなった。ウィシュマさんは死亡当時33歳、施設内でのひどい虐待は日本社会を驚愕させた。
「今の時代に、こんなにひどいことが起きているとは......」
信じられないようなことは、その3カ月前に韓国でも起きていた。2020年12月20日、京畿道抱川市(キョンギドポチョンシ)の農業用ビニールハウスの中で、外国人女性が亡くなった状態で発見された。
「なぜ21世紀に労働者が宿舎で凍死するなどという事態が起こるのか」
韓国メディアは怒りと悔しさを伝えていた。亡くなったソッケンさんは30歳、翌月には家族が待つカンボジアに帰国予定だった。彼女もウィシュマさんと同じく、当初は「病死」と発表された。
氷点下18度のビニールハウス
その日の気温は氷点下18度まで下がっていたという。ソウルを含む朝鮮半島内陸部の冬の寒さは厳しく、暖房なしでは危険な状態となる。ところがビニーハウスの暖房は数日前から故障していた。一緒に暮らしていた女性たちは一人二人と友人宅などに避難。「私も今日はどこか別のところで」と他所に身を寄せたルームメイトが、翌日になって帰宅してすでに冷たくなっていたソッケンさんを発見した。
支援者グループなどの追求に対して、警察は当人の持病の悪化が原因だと発表した。事業主に対しては「健康診断の未実施による過料」(日本円で約3万円ほど)の支払いが命じられだけだった。
カンボジアの遺族は突然知らされたソッケンさんの死に衝撃を受けながらも、なすすべがなかった。支援者グループと弁護士が連絡をとり、家族からの委任で労災申請をしたのは1年後の2021年12月、「長時間労働と劣悪な環境が病気を悪化させた」ことが認定されたのは、2022年4月だった。同じ頃、日本でもウィシュマさんの家族が入管当局を刑事告訴していた。
同時期に日韓両国で起きた2つの事件には共通点も多かった。
「欧米から来た白人に対してだったら、こんないい加減な捜査はしないと思う」
ソッケンさんの支援者グループのメンバーはそう言っていたが、日本も同じかもしれない。残虐なことをする邪悪な人間はどこの社会にもいるが、そこに差別意識があったのではないか。被害者の国籍によって、扱いに差が出るのではないか。たとえ無意識にしろ、そういうものがあるなら、支援グループやメディアが声を出し続けるしかない。
「半地下はまだマシ」?
ただし、日韓はすべてが同じというわけではない。韓国には日本とは異なった事情もある。ソッケンさんの悲しい事件はしばらくして「移住労働者ビニーハウス宿舎死亡事件」と報じられるようになった。移住労働者とは日本でいう外国人労働者のことだが、韓国では「外国人」という言葉を使わないことで、少しでも差別を軽減しようという配慮がある。一方で「ビニールハウス」が作業場ではなく宿舎であるという現実は、韓国で彼らが置かれている過酷な現実を表している。
韓国で農業用ビニールハウスが「住居」として利用され始めたのは、1970年代に始まった都市再開発の過程だった。立ち退きを迫られた人々に支払われる権利金や立ち退き料はわずかばかりで、それだけで開発後に新築されるマンションに入居することは不可能だった。人々は立ち退きに抵抗もしたが、当時の軍事独裁政権は暴力的な手段をもって再開発を強行した。
住む家を失った人々は誰かの家の半地下に身を沈めたり、都市近郊の農村地帯に流れてビニールハウスで暮らした。今は大都会となったソウル市の江南(漢江の南側)も、80年代以前には農地や荒れ地だった。今もタワマンの森に残るビニールハウスのスラムは、その頃に出来たものだ。
映画『ビニールハウス』(イ・ソルヒ監督、2023年)は、日本での公開にあたり「半地下はまだマシ」というコピーが添えられていた。主人公はビニールハウスに暮らす介護職のシングルマザー。「貧しい高齢者や外国人労働者が住むようなビニールハウス」に、女性が一人で暮らしているという意外性。その小綺麗で上品な雰囲気と、住居イメージとのギャップが映画の不思議な色合いとなっている。
雇用許可制でなく労働許可制を!
「でも日本の外国人労働者に比べたら、雇用許可制の韓国はまだマシではないですか?」とも言われる。韓国は2004年にそれまでの「研修・実習」といった建前を改めて、雇用許可制を実施した。それまで民間業者がやっていた労働者の移入を、政府レベルで公的に行うことで、一部の悪徳ブローカーを排除することができた。また国内労働者との同一待遇も保証され、労働法が適用されることにもなった。外国人であっても労働組合に参加し、不当労働行為に対しては法的に訴えることができる。
ところが現実問題としては、外国人の「雇用許可」を申請する企業のほとんどは、そもそも韓国人が嫌がるような職種や職場がほとんどだった。また宿舎についても、労働部(日本の厚生労働省にあたる)は冷暖房の完備等の最低基準を定めているのだが、韓国メディアによれば全体の3割はその基準を満たしていないという。
転職は認められてはいるものの、雇用許可制の対象の職種だけである。もっと条件の良いところを望むがゆえに、あえて違法就労をしてしまう人もいる。
「雇用する側が許可される『雇用許可制』ではなく、労働することが許可される『労働許可制』にしてほしい。それでなければ、労働者の人権侵害は放置される」
移住労働者の組合や支援グループの人たちはそう訴えている。
韓国も日本と同じく外国人労働者なしでは経済が回らなくなっている。農業や漁業関連以外の分野でも人手不足は深刻であり、韓国政府は2024年以降随時、林業や鉱業、料理補助などにも雇用許可制の枠を広げる意向である。自国経済の都合で外国人を利用するのは、韓国や日本だけに限らない。今や国際的な労働者争奪戦の様相となっているが、待遇面なら賃金の高い欧米やオーストラリアが有利だろう。韓国ウォンは日本円に対しては高止まりだが、米ドル等に対してはウォン安が続いている。
制度的には日本よりも早く整備を進めてきたおかげで、韓国で働くことを希望する外国人はとても多い。それにもかかわらず、ビニールハウスの宿舎しか用意できないような事業主が放置されてしまう。ここに韓国独特の構造的問題がある。それはまた次回に。
抱川市での事故を報じる韓国メディア
韓国北部・京畿道のある農園で働いていたカンボジア移住労働者が寒波警報が出された日の翌朝、ビニールハウス宿舎で亡くなったまま発見された──。 SBS 뉴스 / YouTube
ビニールハウスで暮らす介護士をめぐるサスペンス映画「ビニールハウス」
ビニールハウスに住んでいるムンジョンは息子と一緒に住むまともな家を探すために介護士の仕事をする。認知症を患っている老人ファオクの世話をしていたある日、突然の事故が起きて、彼女は取り返しのつかない選択をして...... ミモザフィルムズ / YouTube
<玄界灘を挟んで並ぶ日本と韓国は、排他的なところでも似ているのか......>
日韓を行き来しながら暮らしていると、今どこにいるのかわからなくなることがある。街のカフェで仕事をしながら、ふと、ここはどこ? ソウル? 東京? 加齢のせいだろうか。以前、先輩がもらした言葉を思い出す。
「年をとると季節がどっちに向かっているかわからなくなる。これから夏に向かうのか冬に向かうのか」
春と秋はとても違うのに、一瞬わからなくなる。体感が似ているからだろうか。ソウルと東京も同じだ。似ているところが多すぎる。
2021年3月、一人のスリランカ人女性が名古屋の入管施設で亡くなった。ウィシュマさんは死亡当時33歳、施設内でのひどい虐待は日本社会を驚愕させた。
「今の時代に、こんなにひどいことが起きているとは......」
信じられないようなことは、その3カ月前に韓国でも起きていた。2020年12月20日、京畿道抱川市(キョンギドポチョンシ)の農業用ビニールハウスの中で、外国人女性が亡くなった状態で発見された。
「なぜ21世紀に労働者が宿舎で凍死するなどという事態が起こるのか」
韓国メディアは怒りと悔しさを伝えていた。亡くなったソッケンさんは30歳、翌月には家族が待つカンボジアに帰国予定だった。彼女もウィシュマさんと同じく、当初は「病死」と発表された。
氷点下18度のビニールハウス
その日の気温は氷点下18度まで下がっていたという。ソウルを含む朝鮮半島内陸部の冬の寒さは厳しく、暖房なしでは危険な状態となる。ところがビニーハウスの暖房は数日前から故障していた。一緒に暮らしていた女性たちは一人二人と友人宅などに避難。「私も今日はどこか別のところで」と他所に身を寄せたルームメイトが、翌日になって帰宅してすでに冷たくなっていたソッケンさんを発見した。
支援者グループなどの追求に対して、警察は当人の持病の悪化が原因だと発表した。事業主に対しては「健康診断の未実施による過料」(日本円で約3万円ほど)の支払いが命じられだけだった。
カンボジアの遺族は突然知らされたソッケンさんの死に衝撃を受けながらも、なすすべがなかった。支援者グループと弁護士が連絡をとり、家族からの委任で労災申請をしたのは1年後の2021年12月、「長時間労働と劣悪な環境が病気を悪化させた」ことが認定されたのは、2022年4月だった。同じ頃、日本でもウィシュマさんの家族が入管当局を刑事告訴していた。
同時期に日韓両国で起きた2つの事件には共通点も多かった。
「欧米から来た白人に対してだったら、こんないい加減な捜査はしないと思う」
ソッケンさんの支援者グループのメンバーはそう言っていたが、日本も同じかもしれない。残虐なことをする邪悪な人間はどこの社会にもいるが、そこに差別意識があったのではないか。被害者の国籍によって、扱いに差が出るのではないか。たとえ無意識にしろ、そういうものがあるなら、支援グループやメディアが声を出し続けるしかない。
「半地下はまだマシ」?
ただし、日韓はすべてが同じというわけではない。韓国には日本とは異なった事情もある。ソッケンさんの悲しい事件はしばらくして「移住労働者ビニーハウス宿舎死亡事件」と報じられるようになった。移住労働者とは日本でいう外国人労働者のことだが、韓国では「外国人」という言葉を使わないことで、少しでも差別を軽減しようという配慮がある。一方で「ビニールハウス」が作業場ではなく宿舎であるという現実は、韓国で彼らが置かれている過酷な現実を表している。
韓国で農業用ビニールハウスが「住居」として利用され始めたのは、1970年代に始まった都市再開発の過程だった。立ち退きを迫られた人々に支払われる権利金や立ち退き料はわずかばかりで、それだけで開発後に新築されるマンションに入居することは不可能だった。人々は立ち退きに抵抗もしたが、当時の軍事独裁政権は暴力的な手段をもって再開発を強行した。
住む家を失った人々は誰かの家の半地下に身を沈めたり、都市近郊の農村地帯に流れてビニールハウスで暮らした。今は大都会となったソウル市の江南(漢江の南側)も、80年代以前には農地や荒れ地だった。今もタワマンの森に残るビニールハウスのスラムは、その頃に出来たものだ。
映画『ビニールハウス』(イ・ソルヒ監督、2023年)は、日本での公開にあたり「半地下はまだマシ」というコピーが添えられていた。主人公はビニールハウスに暮らす介護職のシングルマザー。「貧しい高齢者や外国人労働者が住むようなビニールハウス」に、女性が一人で暮らしているという意外性。その小綺麗で上品な雰囲気と、住居イメージとのギャップが映画の不思議な色合いとなっている。
雇用許可制でなく労働許可制を!
「でも日本の外国人労働者に比べたら、雇用許可制の韓国はまだマシではないですか?」とも言われる。韓国は2004年にそれまでの「研修・実習」といった建前を改めて、雇用許可制を実施した。それまで民間業者がやっていた労働者の移入を、政府レベルで公的に行うことで、一部の悪徳ブローカーを排除することができた。また国内労働者との同一待遇も保証され、労働法が適用されることにもなった。外国人であっても労働組合に参加し、不当労働行為に対しては法的に訴えることができる。
ところが現実問題としては、外国人の「雇用許可」を申請する企業のほとんどは、そもそも韓国人が嫌がるような職種や職場がほとんどだった。また宿舎についても、労働部(日本の厚生労働省にあたる)は冷暖房の完備等の最低基準を定めているのだが、韓国メディアによれば全体の3割はその基準を満たしていないという。
転職は認められてはいるものの、雇用許可制の対象の職種だけである。もっと条件の良いところを望むがゆえに、あえて違法就労をしてしまう人もいる。
「雇用する側が許可される『雇用許可制』ではなく、労働することが許可される『労働許可制』にしてほしい。それでなければ、労働者の人権侵害は放置される」
移住労働者の組合や支援グループの人たちはそう訴えている。
韓国も日本と同じく外国人労働者なしでは経済が回らなくなっている。農業や漁業関連以外の分野でも人手不足は深刻であり、韓国政府は2024年以降随時、林業や鉱業、料理補助などにも雇用許可制の枠を広げる意向である。自国経済の都合で外国人を利用するのは、韓国や日本だけに限らない。今や国際的な労働者争奪戦の様相となっているが、待遇面なら賃金の高い欧米やオーストラリアが有利だろう。韓国ウォンは日本円に対しては高止まりだが、米ドル等に対してはウォン安が続いている。
制度的には日本よりも早く整備を進めてきたおかげで、韓国で働くことを希望する外国人はとても多い。それにもかかわらず、ビニールハウスの宿舎しか用意できないような事業主が放置されてしまう。ここに韓国独特の構造的問題がある。それはまた次回に。
抱川市での事故を報じる韓国メディア
韓国北部・京畿道のある農園で働いていたカンボジア移住労働者が寒波警報が出された日の翌朝、ビニールハウス宿舎で亡くなったまま発見された──。 SBS 뉴스 / YouTube
ビニールハウスで暮らす介護士をめぐるサスペンス映画「ビニールハウス」
ビニールハウスに住んでいるムンジョンは息子と一緒に住むまともな家を探すために介護士の仕事をする。認知症を患っている老人ファオクの世話をしていたある日、突然の事故が起きて、彼女は取り返しのつかない選択をして...... ミモザフィルムズ / YouTube