木村正人
<中国の習近平国家主席が欧州3カ国を歴訪。日米欧にとっては、中露の間にくさびを打ち込むチャンスでもある>
[ロンドン発]中国の習近平国家主席は5~10日の日程でフランス、セルビア、ハンガリーの欧州3カ国を歴訪する。6日、パリでエマニュエル・マクロン仏大統領、欧州連合(EU)のウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長と会談した。習主席の欧州訪問は5年ぶり。
フランスはドイツと並ぶEUの主要国。EUの対中政策にも大きな影響力を持っている。セルビアとハンガリーは親露・親中の国だ。今年は米軍がコソボ紛争に絡み、当時ユーゴスラビアの首都だったベオグラード(現セルビアの首都)の中国大使館を誤爆してから25年になる。
中国は対中包囲網の構築を主導する日米と欧州を引き離すため習主席以前から欧州外交に力を入れてきた。英国がデービッド・キャメロン首相(保守党)時代に「英中黄金時代」を提唱するなど、地政学上の警戒感が薄い欧州は対中外交で安全保障より経済関係を優先してきた。
習主席は今年3月、オランダのマルク・ルッテ首相、4月にドイツのオラフ・ショルツ首相と北京で会談。中国とフランスは今年、国交樹立60周年を迎え、マクロン大統領は盛大な歓迎式典で習主席夫妻を迎えた。7日にはフランス南西部ピレネー山脈の景勝地で昼食会を開く。
マクロン大統領「オリンピック休戦」提案
マクロン大統領は習主席に「オリンピック休戦」を提案した。米紙ニューヨーク・タイムズ(6日)は、習主席はロシアとの緊密な関係への批判に対し「第三国に責任を負わせ、その国のイメージを汚し、新たな冷戦を煽るために利用されることに反対する」と反発したと報じている。
「戦争の当事者でも参加者でもない」という習主席の発言は「中国がロシア産石油・天然ガスの輸入だけでなく戦闘機の部品やマイクロチップ、デュアルユース機器とともにロシア軍に衛星画像を提供することでロシアを支援し続けているとみなす米国が念頭にある」と同紙は分析する。
マクロン、フォンデアライエン両氏は習主席に戦争終結のためモスクワへの影響力を行使するよう求めた。習主席は今月、ウラジーミル・プーチン露大統領を北京に迎える。米国のジャネット・イエレン財務長官、アントニー・ブリンケン国務長官訪中に続き、動きが活発になってきた。
中国共産党系・人民日報傘下の環球時報英語版(7日)によると、習主席はマクロン大統領と会談した際「中仏は互恵を堅持し『デカップリング』や産業・サプライチェーンの破壊行為に共同で反対、障壁の建設に共にノーと言うべきだ」と新たな冷戦という概念に強く反発した。
ドゴール「フランスは世界をありのままに認めているだけ」
「中仏国交樹立を導いた精神を継承し、世界の平和と発展のために共に努力する」と題した仏紙フィガロへの寄稿(5日)で、習主席は「シャルル・ドゴール将軍(仏大統領)は60年前、時代の趨勢に基づく戦略的ビジョンをもって新中国との国交樹立を決意した」と記す。
環球時報は、国交樹立後の会見でドゴールが「フランスは世界をありのままに認めているだけだ 」と述べたエピソードを紹介。ドゴールは中国文明の歴史を信じ、世界の発展は中国抜きにはあり得ないと強調したと伝え、ドゴールを意識するマクロン大統領に秋波を送った。
「冷戦最中に独自の決断を下すのは容易ではなかったはずだ。それが正しく、先見の明があったことは証明済みだ。歴史は最良の教師だ。世界は平穏とは程遠く、再び多くのリスクに直面している。国際社会の協力強化に新たな貢献をするためフランスと協力する用意がある」(習主席)
習主席が世界の平和と安定を守るため持ち出してきたのは(1)領土保全及び主権の相互不干渉(2)相互不侵略(3)内政不干渉(4)平等互恵(5)平和的共存――という1954年に中国の周恩来首相とインドのジャワハルラル・ネルー首相の間で合意された平和5原則だ。
「戦狼外交」から「微笑外交」に豹変した習主席
1978年、ベトナム戦争で疲弊した米国は中国との国交を正常化し、ソ連との分断を図った。「戦狼外交」から「微笑外交」に豹変した習主席の欧州再接近には日米との分断を図る狙いが透けて見えるが、逆に日米欧にとっては中国とロシアの間にくさびを打ち込むチャンスになる。
ウクライナ侵攻直前、プーチンは北京冬季五輪の開会式出席に合わせて習主席と会談、同盟とまでは行かないものの「不可侵条約」と言える中露共同声明を発表。「北大西洋条約機構(NATO)のさらなる拡大に反対する」と限界なき戦略的パートナーシップまでぶち上げた。
ウクライナ戦争について、習主席は「長引けば長引くほど、欧州と世界に及ぼす害は大きくなる。中国は早期に欧州に平和と安定が戻ることを願っている。われわれはフランスや国際社会全体と協力し、危機を打開する合理的な方法を見つける用意がある」と強調した。
欧州と中国はともに資源輸入国で製品輸出国。米国債の大量保有国である中国は不動産バブルの崩壊でデフレ懸念が高まる。習主席は無様なプーチンの敗北は望まないだろう。しかしウクライナ戦争だけでなくイスラエル・ハマス戦争の早期終結でも国際社会の利害は一致している。
<中国の習近平国家主席が欧州3カ国を歴訪。日米欧にとっては、中露の間にくさびを打ち込むチャンスでもある>
[ロンドン発]中国の習近平国家主席は5~10日の日程でフランス、セルビア、ハンガリーの欧州3カ国を歴訪する。6日、パリでエマニュエル・マクロン仏大統領、欧州連合(EU)のウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長と会談した。習主席の欧州訪問は5年ぶり。
フランスはドイツと並ぶEUの主要国。EUの対中政策にも大きな影響力を持っている。セルビアとハンガリーは親露・親中の国だ。今年は米軍がコソボ紛争に絡み、当時ユーゴスラビアの首都だったベオグラード(現セルビアの首都)の中国大使館を誤爆してから25年になる。
中国は対中包囲網の構築を主導する日米と欧州を引き離すため習主席以前から欧州外交に力を入れてきた。英国がデービッド・キャメロン首相(保守党)時代に「英中黄金時代」を提唱するなど、地政学上の警戒感が薄い欧州は対中外交で安全保障より経済関係を優先してきた。
習主席は今年3月、オランダのマルク・ルッテ首相、4月にドイツのオラフ・ショルツ首相と北京で会談。中国とフランスは今年、国交樹立60周年を迎え、マクロン大統領は盛大な歓迎式典で習主席夫妻を迎えた。7日にはフランス南西部ピレネー山脈の景勝地で昼食会を開く。
マクロン大統領「オリンピック休戦」提案
マクロン大統領は習主席に「オリンピック休戦」を提案した。米紙ニューヨーク・タイムズ(6日)は、習主席はロシアとの緊密な関係への批判に対し「第三国に責任を負わせ、その国のイメージを汚し、新たな冷戦を煽るために利用されることに反対する」と反発したと報じている。
「戦争の当事者でも参加者でもない」という習主席の発言は「中国がロシア産石油・天然ガスの輸入だけでなく戦闘機の部品やマイクロチップ、デュアルユース機器とともにロシア軍に衛星画像を提供することでロシアを支援し続けているとみなす米国が念頭にある」と同紙は分析する。
マクロン、フォンデアライエン両氏は習主席に戦争終結のためモスクワへの影響力を行使するよう求めた。習主席は今月、ウラジーミル・プーチン露大統領を北京に迎える。米国のジャネット・イエレン財務長官、アントニー・ブリンケン国務長官訪中に続き、動きが活発になってきた。
中国共産党系・人民日報傘下の環球時報英語版(7日)によると、習主席はマクロン大統領と会談した際「中仏は互恵を堅持し『デカップリング』や産業・サプライチェーンの破壊行為に共同で反対、障壁の建設に共にノーと言うべきだ」と新たな冷戦という概念に強く反発した。
ドゴール「フランスは世界をありのままに認めているだけ」
「中仏国交樹立を導いた精神を継承し、世界の平和と発展のために共に努力する」と題した仏紙フィガロへの寄稿(5日)で、習主席は「シャルル・ドゴール将軍(仏大統領)は60年前、時代の趨勢に基づく戦略的ビジョンをもって新中国との国交樹立を決意した」と記す。
環球時報は、国交樹立後の会見でドゴールが「フランスは世界をありのままに認めているだけだ 」と述べたエピソードを紹介。ドゴールは中国文明の歴史を信じ、世界の発展は中国抜きにはあり得ないと強調したと伝え、ドゴールを意識するマクロン大統領に秋波を送った。
「冷戦最中に独自の決断を下すのは容易ではなかったはずだ。それが正しく、先見の明があったことは証明済みだ。歴史は最良の教師だ。世界は平穏とは程遠く、再び多くのリスクに直面している。国際社会の協力強化に新たな貢献をするためフランスと協力する用意がある」(習主席)
習主席が世界の平和と安定を守るため持ち出してきたのは(1)領土保全及び主権の相互不干渉(2)相互不侵略(3)内政不干渉(4)平等互恵(5)平和的共存――という1954年に中国の周恩来首相とインドのジャワハルラル・ネルー首相の間で合意された平和5原則だ。
「戦狼外交」から「微笑外交」に豹変した習主席
1978年、ベトナム戦争で疲弊した米国は中国との国交を正常化し、ソ連との分断を図った。「戦狼外交」から「微笑外交」に豹変した習主席の欧州再接近には日米との分断を図る狙いが透けて見えるが、逆に日米欧にとっては中国とロシアの間にくさびを打ち込むチャンスになる。
ウクライナ侵攻直前、プーチンは北京冬季五輪の開会式出席に合わせて習主席と会談、同盟とまでは行かないものの「不可侵条約」と言える中露共同声明を発表。「北大西洋条約機構(NATO)のさらなる拡大に反対する」と限界なき戦略的パートナーシップまでぶち上げた。
ウクライナ戦争について、習主席は「長引けば長引くほど、欧州と世界に及ぼす害は大きくなる。中国は早期に欧州に平和と安定が戻ることを願っている。われわれはフランスや国際社会全体と協力し、危機を打開する合理的な方法を見つける用意がある」と強調した。
欧州と中国はともに資源輸入国で製品輸出国。米国債の大量保有国である中国は不動産バブルの崩壊でデフレ懸念が高まる。習主席は無様なプーチンの敗北は望まないだろう。しかしウクライナ戦争だけでなくイスラエル・ハマス戦争の早期終結でも国際社会の利害は一致している。