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大阪城のエレベーターは当時「復元」のあるべき姿とされていた!...名古屋城の「ホンモノ」を問い直す

ニューズウィーク日本版 2024年5月15日 11時5分

渡辺 裕(東京大学名誉教授) アステイオン
<エレベーター設置で揺れる名古屋城の「復元」だが、1931年大阪城の事例から「復元の真正性」を考える。『アステイオン』99号より「大阪城のエレベーターと復元のオーセンティシティ」を転載> 

オーセンティシティという概念がある。真正性などと訳されるが、「ホンモノ」を「ニセモノ」や「マガイモノ」と区別する切り札となる概念で、由緒正しさや本物らしさのもたらす価値を示す指標として使われる。

復元や修復の場面でもよく登場し、たとえ後世の模造であっても、「ホンモノ」に限りなく近づける作り方をすることでオーセンティシティが高まれば、一定の価値を保証されることになる。この復元のオーセンティシティをめぐる問題がいま、名古屋城の天守閣をめぐって起こっている。

名古屋城の天守閣は戦災で焼失し、戦後の1959年に鉄筋コンクリート造で再建されたものだが、現在の河村たかし市長は、これを本来の木造のものに建て替える「復元」を計画し、史実に忠実な復元のために、現在設けられているようなエレベーターは設置しない方針を示した。

それに対して障害者団体などから、社会のバリアフリー化が進む今の流れに逆行するとして反対運動が起こった。

計画が発表されてから5年あまり経つが、この間に市民を二分する論争に発展し、市民討論会では障害者への差別発言まで飛び出す始末で、事態は解決に向かうどころか、ますます混迷しつつある。

今ある天守閣をわざわざ木造にして建て替えることで、失われた「ホンモノ」に少しでも近づけ、価値を高めようとする市の目論見に対し、そんな価値ある文化を万人が共有できるようにしようとするバリアフリーの考え方が皮肉にも「待った」をかけた形だが、この両者は本当にそんなにも相容れないものなのだろうか。

そんな疑問から、「鉄筋コンクリート造、エレベーターつき」の元祖である大阪城天守閣「復元」の事例(1931年)を見直してみた。

大阪城についても、2019年に大阪でのサミット開催の折に世界の首脳を案内した当時の安倍首相がこの復元に言及し、エレベーターを設置したことを「唯一の大きなミス」と表現したことで、「バリアフリー軽視」という批判を受けたことは記憶に新しい。

たしかにエレベーターの設置を「ミス」と決めつけるような発言は問題含みだが、さりとて実のところ、このエレベーターがバリアフリーの精神に基づいて設置されたという話でもないのである。

今のわれわれの価値観や感性の土俵に合わせた話にしてしまう前に、とりあえずわれわれの固定観念をカッコに入れ、この1931年という時点での「復元」や「オーセンティシティ」のあり方自体を見つめ直してみることが必要なのではないか。

当時の新聞記事をみると、この「復元」の完成に合わせて市電の花電車が運行されるなど、そのお祭り騒ぎのような様子がよくわかるが、それ以上におもしろいのは、人々の関心がもっぱら、鉄筋コンクリートで「復元」され、エレベーターまでつけられた天守閣のモダンなたたずまいに向けられていたということである。

たとえば、同年(1931年)11月5日の大阪毎日新聞の特集記事には「そびえる浪華(なにわ)の巨人!大阪城/天守閣に鏤(ちりば)めた近代科学の粋」という見出しが躍り、中を読んでみると、「構造はいはゆる鉄筋コンクリート建てで、往時の檜材なんか全く蹴飛ばされてしまってセメント一万二千樽、鉄骨千二百トン、鉄筋三百トンでコネあげたモダン・ビルヂングである。...ビルヂングであるからにはエレヴェータの二台や、水洗式の文化便所があっても何等の不思議を感じない。...エレヴェータ、鉄筋コンクリート建に宿命的につき纏う梁と柱の近代的交錯、ペンキの香、鉄とセメントのカクテル、少し開いたドアの蔭から配電盤がニタリと笑ってゐるなんざ--なんとモダンなことよ!」などと書かれている。

唸らされるのは、「淀君をエレヴェータに乗せてやったら、いかに彼女が喜ぶであらうか」という一文だ。これは、いまわれわれが考える「復元」の方向性と正反対である。

見るわれわれがタイムマシンさながらに当時の環境の中に舞い戻ってその時代を体験するというのではなく、当時の人々を現代の方に連れてきてしまうという発想なのである。

今の固定観念に縛られていると奇抜な発想にみえてしまうかもしれないのだが、言われてみればなるほどもっともと思える考え方である。

この復元に関わった専門家はどう考えていたのか。復元プロジェクトで中心的役割を果たした古川重春という人の書いた『錦城復興記』(ナニワ書院、1931年)という本がある。

この復元のために全国各地の天守建築の考証研究を行い、後に『日本城郭考』という大著まで出した城郭建築の専門家である。さすがに、唐破風の表現、鬼板の形態等々、いろいろな項目を挙げた詳細な説明がなされており、なかでもの鯱鉾(しゃちほこ)形態には強いこだわりがみてとれる。

古川はこのプロジェクトの途中で退任してしまったため、完成した鯱鉾の最終形態に彼の考証の成果が十分に反映されなかった部分があったようで、そういう点には容赦ない批判を浴びせている。

そんな時代考証の塊のような専門家だから、鉄筋コンクリート造やエレベーターなどという話には卒倒してしまいそうなものだが、そうではない。

「本来木造建築を踏襲するは復興の真意であるが現代科学の肯定は此伝統的構造を破却せずにはゐない」と述べ、次のように断言する。

「大正末年に及んで現代化学は鉄筋混凝土(コンクリート)の如き理想的建築材料を生んだ。......此時に当りて本天守の如き永久性を持つ記念建築が時代の寵児たる此科学的最強にして且つ最も経済的なる鉄骨鉄筋混凝土を主材とせずして如何なる材料を他に求むべきや。...今後我国における古典建築の『レストレーション』は恐らく此材料に依って木造の『イミテーション』が行はれるものと信ずるのである。」

ここからは、「鉄筋コンクリート造、エレベーターつき」が、「復元」の理念に反するどころか、むしろ新たな時代の「復元」のあるべき姿としてイメージされていたことが窺われる。

それはちょうど、バッハの鍵盤曲の演奏について、往年の大ピアニストたちが、ピアノという、バッハの時代には存在しなかった、より進歩した楽器で弾くことで、さまざまな表現を引き出し、「ピアノで弾くバッハ」の豊かな文化を形作ってきた歴史を思い起こさせる。

天守建築の「レストレーション」についての古川の予言も的中し、その後の時代、多くの天守建築をこのような形で復元する動きが日本中に引き起こされた。名古屋城もそのひとつだった。

このことは、「復元」の概念やオーセンティシティのあり方自体、それぞれの時代の価値観や感性と関わりながら形作られ、また変容するものであるということを教えてくれる。

そうであるなら、バリアフリーの考え方やら、VR、メタバース等々、少し前まで想像すらできなかったような文化が生まれているいま、新しい価値観や感性に見合った復元の概念やオーセンティシティのあり方をわれわれ自身が今後いかに構築してゆけるかを考えるべきなのではないだろうか。

オーセンティシティの概念が問い直されているのは、建築物の保存や復元の場面に限った話ではない。

同時代の楽器や演奏法によって、バッハやモーツァルトの曲の作曲当時の姿を復元する古楽演奏の世界では、クラヴィコードやチェンバロなどの古楽器での演奏が盛んになる一方で、その「オーセンティシティ」の要諦は、実は過去の演奏の忠実な再現などにはなく、むしろその根柢にあるのは現代を生きるわれわれの価値観や感性にほかならないという考え方が出てきている。

一方、最近のメディア論では、レコード以後の録音メディアの展開を考える際に暗黙のうちに前提とされてきた、生演奏という「ホンモノ」に限りなく近づくことが目指されてきたかのような捉え方が見直され、むしろ録音の出現によって、それに対応する、現実には存在しない「オリジナル」がはじめて措定されるようになったとする見方が出てきている。

いずれも、侵すべからざる「ホンモノ」が自分たちの外部に存在しているかのような幻想から距離を置くことで、「オーセンティシティ」の問題を、人々との不断の関わりのなかで形作られる「文化」として捉え返そうとする方向性をもった考え方であると言ってよい。

大阪城や名古屋城もまた、現実世界で常に人々と関わり、そのさまざまな痕跡を刻み込みつつ今日まで引き継がれてきた存在である以上、現実世界から隔絶された形で超然と保たれてきたわけではなかろう。

そういう問題圏の中であらためて、「鉄筋コンクリート造、エレベーターつき」の「オーセンティシティ」を問い直してみることこそ、それを「文化」として考えるということだと思うのだが。

渡辺 裕(Hiroshi Watanabe)
1953年生まれ。東京大学文学部卒業、同大学大学院修了。玉川大学文学部助教授、大阪大学文学部助教授、東京大学大学院人文社会系研究科教授、東京音楽大学教授などを歴任。専門は音楽社会史、聴覚文化論。著書に『聴衆の誕生』(春秋社、サントリー学芸賞)、『日本文化 モダン・ラプソディ』(春秋社、芸術選奨文部科学大臣新人賞)、『歌う国民──唱歌、校歌、うたごえ』(中公新書、芸術選奨文部科学大臣賞)、『まちあるき文化考』(春秋社)など。

『アステイオン』99号
 特集:境界を往還する芸術家たち
 公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
 CCCメディアハウス[刊]

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