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他のオスと戦うか「間男」になるか...ヤリイカのオスの繁殖戦術は「誕生日」で決まる 東大グループが解明

ニューズウィーク日本版 2024年5月9日 19時40分

茜 灯里
<ヤリイカのオスは体の大きい集団と小さい集団に分かれ、それぞれ異なるアプローチで繁殖を試みる。その運命を左右してしまうという誕生日はどのように確認できるのか。東京大学大気海洋研究所・岩田容子准教授らのチームの研究を概観する>

動物の繁殖戦術は多種多彩です。とりわけオスは、メスを巡って戦うために体を大きくして立派な角を持ったり、メスに選ばれるために美しい声や羽を持ったりと、繁殖で有利になるように同じ動物種で同じ方向に進化する様が頻繁に観察されます。

一方、同じ動物種の同性内で複数の繁殖戦術(代替繁殖戦術)が見られる場合もあります。たとえば、ヤリイカではオスが体の大きい集団と小さい集団に分かれ、大きいオスたちは正攻法で他のオスと戦ってメスを勝ち得て繁殖するのに対して、小さいオスはカップルの隙をついてメスに自分の子を産ませようとする、いわば「間男(まおとこ)戦略」を取ることが知られています。

東京大学大気海洋研究所の岩田容子准教授らの研究チームは、ヤリイカのオスの繁殖戦術は誕生日によって決定されることを明らかにしました。つまり、ヤリイカのオスは生まれた瞬間に、繁殖の際にライバルと正攻法で戦うか間男になるかが決まっているということです。研究成果は生物学術誌「Proceedings of the Royal Society B: Biological Science」に掲載されました。

ヤリイカの世界では、誕生日によってオスの運命が決まり挽回がきかないとのことですが、この研究ではどのようにして確認したのでしょうか。概観してみましょう。

ペアに割り込み、メスの体外にちゃっかり精子を付ける小型オス

寿司だねや刺身として身近な食材のヤリイカは、寿命が1年しかありません。生涯で1回の繁殖期(1月から5月頃)が終わると死亡し、オスの繁殖戦術は一度決まると繁殖期の途中では変更されないと考えられています。

ヤリイカのオスは、繁殖のために他のオスと戦ってメスとカップルになる"ペア"オスと、ペアに割り込んでちゃっかりと自分の子孫を残す"スニーカー"オスに分かれます。ちなみに"スニーカー"オスとは、「こそこそした」や「卑劣な」という意味を持つ「sneaking」から名付けられており、他のオスの目をかいくぐったり欺いたりして戦いを避けながら、繁殖可能なメスに近づくオスを表します。

岩田准教授らはこれまでもヤリイカの繁殖戦術を研究しており、①ヤリイカのオスには大型と小型の2種がいること、②大型オスはペアになりメスの体内(輸卵管)に精莢(精子のカプセル)を付け、小型オスはペアに割り込みメスの体外(口周辺)に精莢を付けるという代替繁殖戦術を行っていることなどを観察していました。

つまり、体内受精するペアオスはライバルと戦うというリスクがありますが、体外受精するスニーカーオスは精子が水中で拡散してしまうことや卵に出会える確率が低いことなど、ペアオスとは違った繁殖リスクを負います。ちなみにヤリイカのメスは、繁殖期を通じてペアオス、スニーカーオスの両方の精子を蓄え、産卵時には両方の精子の混合物を使用して卵を受精させます。

今回、研究チームは、ヤリイカのオスがペアとスニーカーのどちらの戦術をとるかは、誕生日(孵化日)によって決まることを明らかにしました。

動物種には孵化日によって繁殖戦術が決定されるものもあるという"誕生日仮説"は、1998年に進化生態学者のタボルスキー博士によって提唱されました。

繁殖期が長い動物種は、その期間中に季節が変化するなど環境条件が変化するので、個体の誕生日によって、生まれてから繁殖期を迎えるまでの成長期間や、生まれた直後の成長条件が異なると考えられます。なので、この違いが繁殖開始時の成熟サイズの違いとなり、ひいては繁殖戦術に影響する可能性が考えられます。

なぜ誕生日が分かる?

これまでに「誕生日仮説」が実証されたのは、コクチバスなど魚類3例のみです。本研究ではこの仮説が無脊椎動物においても成り立つことを初めて示しました。

研究者たちは、ヤリイカの代替繁殖戦術に誕生日仮説が成り立つかを検証するために、「平衡石」と呼ばれる器官を観察しました。平衡石は、炭酸カルシウムを主成分とした硬組織で、イカ類の頭部に一対あります。木の年輪のように毎日1本の成長輪紋が作ることが特徴で、この本数を数えれば採集時の個体の日齢が分かるため、さかのぼれば誕生日も知ることができます。

年齢分析をするために、宮城県沖で繁殖期を中心とする様々な時期に定置網や底引き網でヤリイカのオス201頭(ペアオス97頭、スニーカーオス38頭、未成熟オス66頭)を捕獲して調査しました。その際、精莢が発達していなければ未成熟オス、精莢が長くロープ状ならばペアオス、短くドロップ型ならばスニーカーオスと判別し、それぞれの推定年齢(日齢)と誕生日を確認しました。

すると、推定年齢はペアオスが187~381日、スニーカーオスが167~295日でした。一方、捕獲日と捕獲時の年齢から逆算した誕生日は、ペアオスが4月11日から7月23日で平均日は6月4日、スニーカーオスは6月2日から8月24日で平均日は7月14日でした。つまり、早期に孵化したオスはペアオスになりやすく、遅れて孵化したオスはスニーカーオスになる傾向がありました。

さらに、繁殖期の半ばにあたる3月までに採取されたサンプル中には、未成熟オスが存在していました。その特徴は、誕生日は3月29日から7月18日までとペアオスと大きな違いはありませんでしたが、身体はスニーカーオス程度でペアオスよりは小さなサイズでした。この結果は、観察された誕生日の早い未成熟オスは、体のサイズではスニーカーオスに達していますが、すでにペアオスになる運命をたどっているため、スニーカーオスとはならずに成熟過程にあると考えられます。

次に、平衡石の大きさと体のサイズとの関係式を用いて、何日齢の時点でどれだけの体サイズであったかを推定する「バックカリキュレーション法」を用いて、各個体の過去の成長履歴を算出しました。

すると、生まれた時期が異なっても100日齢までの成長には差がなく、成熟期に繁殖戦術間で見られる「ペアオスの体が大きく、スニーカーオスは小さい」というサイズの差異は、生後100日以降に生じていることが明らかになりました。

研究チームによると、これらの結果から、ヤリイカは父親の繁殖戦術を単に継承したり初期段階の成長の良し悪しでサイズに差がついたりすることで各個体の繁殖戦術が決まるのではなく、誕生日に由来する何らかの環境条件が「ペアになるか、スニーカーになるか」を決定していることが示唆されました。ただし、それがどのような環境要因なのかは今回は明らかになっておらず、さらなる実証実験が待たれるところです。

気候変動が海洋生物に与える影響の予測に役立つ可能性も

この研究は、「誕生日仮説」が魚類以外の幅広い生物種にも当てはまる可能性を示しました。さらに、ヤリイカの代替繁殖戦術のメカニズム解明というある1動物種を深堀りしただけでなく、気候変動によって孵化時期の水温などの環境が変わると、海洋生物の繁殖戦術や動物種の集団の成熟組成に影響しかねないことも示唆しています。逆に考えれば、イカの仲間の中でも高緯度まで広く分布しているヤリイカのペアオスとスニーカーオスの集団組成を年毎に追えば、気候変動が海洋生物に与える影響の予測に役立つかもしれません。

誰もが知っている海産物のヤリイカですが、寿命が1年とか、生まれた時からメスへの近づき方が決まってしまっているオスの生態を知って、かわいそうな運命だと同情した人も多いかもしれません。それにしても、喧嘩の強さを魅力とするペアオスも、頭脳戦で何とか子孫を残そうとするスニーカーオスもどんと来いで、生涯に1度の繁殖期にどちらの子供も多量に作るメスの逞しさは印象的ですね。

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