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【独占取材】岸田首相が本誌に語った「防衛力の強化」と「外国人労働力」の必要性

ニューズウィーク日本版 2024年5月10日 16時4分

トム・オコナー(本誌外交問題担当)
<外交も安保も不確実な時代に防衛力を強化し「再軍備」。支持率低下に苦しみつつ、新しい資本主義による経済再興を目指す日本のリーダーの「開国」への決意>

おそらく10回は優に超えていただろう。岸田文雄首相は、日本が第2次大戦後において最大規模の軍事力強化に踏み切るという重大な決断について詳細に語るなかで、「平和」という言葉をしきりに口にした。

「総理大臣に就任して以来、日本の国家安全保障戦略の大幅な見直しを行ってきた」と、岸田は本誌の独占インタビューで語った。4月にワシントンを訪れ、ジョー・バイデン米大統領と会談した直後だった。

「もちろん、その戦略の中でも、平和を愛する国家としてのこれまでの歩みを変えるつもりはない」

いま日本が直面しているのは「平和」の対極にあるような国際秩序の変化だ。2021年の首相就任以来、岸田は防衛力を高めることで欧米諸国との同盟関係を強化する一方、歴史的経緯から日本に警戒心を抱くこともあったアジア諸国と新たなパートナーシップを築く方針を積極的に打ち出している。

中国は最先端の軍事技術を急速に発展させ、アメリカとの覇権争いが激化するなか、地域における強権的な姿勢をさらに強めている。

東シナ海周辺の領有権問題をめぐる日本との対立は、今は散発的な衝突で済んでいるが、より大きな争いに発展しかねない。北朝鮮は国際的な制裁にもひるまず、「敵」を激しく牽制しながら、日ごとに核弾道ミサイルの開発に近づいているように見える。

日本には、ロシアによるウクライナ侵攻の影響も影を落とす。ヨーロッパでロシアとNATOとのより広範な戦争に発展する可能性が高まる一方で、ロシアは日本との間に長年の領土問題を抱える東方にも目を向けている。

本誌が入手した日本政府の文書にも、日本を取り巻く地域の軍事力が極めて不均衡であることが記されている。日本の軍事力は、陸海空いずれの戦線でも圧倒的に劣勢だ。中国とロシアは共に、日本の4倍以上の海軍艦隊を保有している。

「わが国の周辺には、質・量に優れた軍事力を有する国家が集中し、軍事力のさらなる強化や軍事活動の活発化の傾向が顕著となっている」と、この文書にはある。

岸田は昨年1月の訪米でバイデンに防衛力強化・予算増を約束 KEVIN DIETSCH/GETTY IMAGES

歴史的な転換点

この現状に対する岸田の答えは「再軍備」だ。第2次大戦でアメリカに敗れてから80年近くにわたり、日本ではこうした動きは見られなかった。

岸田の一族は広島出身。彼自身、被爆者の恐ろしい証言を聞いて育った。この原爆は戦争を終結させる一助となり、その後のアメリカの優位性を確立することになった。

日本、そして世界全体が今「歴史的な転換点」にあると言う岸田は、アメリカを最も重要な同盟国と見なしている。

現在の日本には、かつてアジア・太平洋の広範な地域を占領し、1941年の真珠湾攻撃でアメリカを驚愕させた膨張主義は見られないものの、帝国主義の悪しき遺産は依然として国内外で摩擦を引き起こしている。

岸田は4月21日、第2次大戦の戦犯を含む軍人・軍属が祭られている靖国神社に供え物を奉納し、中国だけでなく、同じくアメリカの同盟国である韓国からも抗議を受けた。

両国にとって靖国神社は、日本が過去に行った占領と残虐行為の象徴だ。そうした負の遺産が、戦後の日本が軍事力の再構築をためらってきた理由でもある。

岸田は、27年度までに軍事費を倍増させる計画に取り組む理由について率直に語った。「今の日本は第2次大戦が終結して以来、最も困難で複雑な安全保障環境に直面している。この状況の下で、国民の命と生活を守らなければならない」

岸田は戦後の日本が軍事的行動に対して否定的な態度を取ってきたことを繰り返し強調しながら、再軍備について説明する努力を続けなければならないと語った。

「この点については、いかなる誤解もあってはならない」

ハードパワー/ソフトパワー

ストックホルム国際平和研究所の中国・アジア安全保障プログラムの袁景東(ユアン・チントン)上級研究員は、中国は軍事強化に向かう日本の姿勢に強い警戒感を抱いていると語る。

「日本にとって重要なのは、武力行使は防衛目的に限るという意思を示すこと。増大する軍事力を一方的に使える形ではなく、より広範な同盟関係や少数の国々との安全保障の取り決めの中に位置付けることだ」

日本は友好国を増やして影響力を高めようとする一方、経済支援にも重点を置いている。アフリカへの300億ドルの支援や、東南アジアでは鉄道インフラやクリーンエネルギー開発、共同海上安全保障機構など、全域にわたる一連のプロジェクトに約750億ドル規模の投資が計画されている。

米輸送機V22オスプレイが登場した2022年の陸上自衛隊の実弾演習 TOMOHIRO OHSUMI/GETTY IMAGES

昨年5月に広島でG7サミットを主催した際、岸田はインドネシアとベトナムをASEANの代表として、あえて招待した。

シンガポールのシンクタンクであるISEASユソフ・イシャク研究所が今年4月に発表した調査結果によれば、ASEAN諸国が中国とアメリカの2大国のうち1つを選んで同盟を結ぶことを強いられた場合にどちらを選ぶかという質問で、中国とする回答がアメリカをわずかに上回った。

日本は両国を抑えて、最も信頼できる国に選ばれている。

アジア地域との結束を強化しようとしている日本の意思を示そうと、岸田は4月に訪米した際、バイデンとフィリピンのフェルディナンド・マルコスJr.大統領との初の3カ国首脳会談に臨んだ。

その少し前には、インドネシアのプラボウォ・スビアント次期大統領と会談し、安全保障などの分野における協力を強化することで合意している。

中国、北朝鮮、そして韓国社会の一部には、日本に対する疑念がある。中国と北朝鮮の場合は日米の同盟関係と日本の過去がその要因だと、シンガポール国立大学のジャ・イアン・チョン准教授(政治学)は指摘する。しかし台湾や東南アジア諸国では事情が異なると、彼は言う。

「(台湾や東南アジアは)日本による地域参加の拡大を歓迎するかもしれない。日本とは数十年に及ぶ協力関係に基づく高い信頼感があり、地域の安定を維持する上で大きな役割を担えるとみている」と、チョンは本誌に語った。

「日本は国益を守り、友好関係にある国々と協力していく一方で、北東アジアの近隣諸国の一部との間に不要な摩擦を増やさないよう慎重に動かなくてはならない」

岸田は首相に就任して以来、韓国との関係修復に力を入れてきた。北朝鮮による核・ミサイル開発については日本と世界にとっての脅威と見なしているが、北朝鮮との緊張関係を緩和するために金正恩(キム・ジョンウン)総書記との初の直接会談を検討する可能性にも言及している。

金との直接会談については、その可能性を4月の訪米の際にアメリカ側と協議し、韓国政府との継続協議の中でも話していると、岸田は語った。

「北朝鮮との懸案の解決に向けて、首脳会談を行う方向で努力を続ける」。この件での協議は、5月下旬に予定される日中韓3カ国のサミットでも行われるだろう。

08年のリーマンショックでは日経平均も急落 KIYOSHI OTA/GETTY IMAGES

安倍ドクトリンの継承者

岸田は中国が東シナ海の尖閣諸島で「一方的な現状変更の試み」を強化していると非難したが、本誌のインタビューでは「わが国は主張すべきことを主張するが、同時に対話を重んじる」と強調した。

外交と軍事の2方面で並行する努力は、過去の経験をなぞるものでもある。かつて岸田は安倍政権で外相を務め、短期間だが防衛相を兼務したこともあった。

愛国者を自認した故・安倍晋三は日本で在任期間が最長の首相だったが、いくつものスキャンダルを抱えるなか、健康悪化を理由に辞任した。それでも安倍は、日本の軍事構想を大幅に変更した初めての首相だった。

安倍が打ち出した「自由で開かれたインド太平洋」という概念は、今やアメリカの戦略関連文書のどこにでも用いられ、日米豪印でつくる協力枠組み「クアッド」の土台になっている。安倍は22年に衝撃的な銃撃事件で命を落としたが、岸田は故人のレガシーを引き継ぐというのが、大方の見方だ。

「今の日本は、アジアで自由主義の国際秩序を維持かつ先導している。それは、日本と域内諸国の国益にかなうことだ」と、第2次安倍政権で内閣官房副長官補(外政担当)と国家安全保障局次長を務めた兼原信克は本誌に語った。

「人はみな平等で自由であり、自らの幸福を追求する権利を持つ。そういう個人の自由は日本人のサムライ精神に合致する」

安倍が15年に行ったように、岸田も4月の訪米の際、米連邦議会で演説し、日米同盟関係のさらなる強化を主張した。「議員たちから幅広い支持、拍手、そして意見を得ることができた」と、岸田は振り返る。

脅威は国内にも

日本国内では、これほど拍手を受けることはない。自民党は野党勢力が弱いこともあって権力を維持し続け、総選挙も来年秋まで行う必要はない。

だが内閣支持率が20%台に沈むなかで、岸田は今年9月の任期満了に伴う自民党総裁選で敗れる恐れがあると、元米外交官でアジア・ソサエティーの国際安全保障・外交担当副所長であるダニエル・ラッセルは言う。

「彼の直近の難題は、9月以降も首相の座にとどまることだ」

経済を見ると、日本は1960年代以来初めてGDPがドイツを下回り、世界4位に甘んじている。人口の減少と高齢化の問題が重くのしかかる日本経済だが、ようやく30年に及んだデフレを脱してインフレに転じ始めたところだ。

岸田は「好循環」を起こすことを目指してきたと語る。

例えばNISA(少額投資非課税制度)のような減税策で投資を推進したり、価格と賃金両方の上昇を促したり、環境のためのGX(グリーントランスフォーメーション)や電子化を進めるDX(デジタルトランスフォーメーション)に巨額の資金を投じるといった施策だ。

デジタル化と子育て世帯への支援拡大は人口問題の解消に役立つ可能性があると岸田は言い、政権が目指す「新しい資本主義」の施策は既にいくつか成功を収めていると胸を張る。

例えば日経平均株価は今年2月、34年ぶりに史上最高値を更新した。

ただし日本の将来を考えると、岸田はもっと論議を呼びそうな施策を検討しなくてはならない。移民の問題だ。

経済成長を促すための労働力が必要であることから、国会では「海外から日本へ働きに来たいと思えるような新制度を作る」ための法案を審議中だと岸田は語った。

島国の日本は昔から国境を開放しようとしなかった。欧州列強の植民地にならなかった珍しい国でもある。今日では増加する外国人労働者も含めて世界中の人々を大歓迎しているが、それでも日本は推定で人口の約98%が民族的に日本人という特異な民族構成の国だ。

「今も日本社会の一部には、海外からの労働者移住を無期限に続けるという発想に抵抗する向きがある」と、岸田は語る。

そのため、いま準備している海外からの労働力受け入れ計画は、まだ「完全な移民受け入れ構想ではない」と付け加えた。

日本のために自らの政権が付けた道筋を、岸田は自信たっぷりに語った。だが日本が直面する社会、経済、外交、軍事の諸問題は深刻であり、軽視してはならないとも指摘した。

「外交も安全保障も、極めて不確実な状況にある。そのため、首脳レベルの外交を強化することになる」と、岸田は語った。

「この外交を支える防衛力が必要だ。たとえ不確実な時期であっても、安定を実現するための役割を日本が果たせるように」

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