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精子バンクより、規制のないSNSやアプリでの「精子提供」を選ぶ女性たち...変質者やトラブルの危険も

ニューズウィーク日本版 2024年5月11日 12時33分

バレリー・バウマン(本誌調査報道担当) for WOMAN
<「選択的シングルマザー」を目指すアメリカ人女性が、法的規制のないネットの精子提供システムに頼り始めている>

独身女性やLGBTQ+(性的少数者)のカップルが、インターネットで見つけたドナー(精子提供者)を介して妊娠を目指すケースが増えている。本誌調査報道担当記者のバレリー・バウマンも過去4年間、自分の意思で未婚のまま妊娠・出産する「選択的シングルマザー」を目指してフリーランス(個人間の私的契約)型の精子提供システムの世界に深く入り込み、その過程で何十人ものドナーやレシピエント(精子の提供を受ける人)、専門家に話を聞いた。

アメリカ人女性の結婚・出産年齢が上がるのと同時に、「フリーランス精子」の需要自体も高まっている。妊娠のために精子バンクを利用した女性は1995年時点で約17万1000人だったが、2016年には44万人を突破。ある推定では、選択的シングルマザーになったアメリカ人女性は約270万人いる。

規制の枠外にあるフリーランス精子提供システムの実態を、以下に紹介するバウマンの新著『想定外のこと(Inconceivable)』の抜粋は垣間見せてくれる。

◇ ◇ ◇

彼女たちは車や公衆トイレ、モーテルの部屋で人工授精を行う。尿まみれの妊娠検査スティックに祈り、サプリメントをがぶ飲みし、時にはインターネットやフェイスブック、出会い系アプリで知り合ったばかりの男性と避妊なしのセックスをすることもある。全ては、赤ちゃんが欲しいという夢をかなえるためだ。

妊娠と出産は人生最大の決断の1つなのに、正式な医療に背を向けるのはなぜか。法外に高い費用や差別、保険適用が受けられないことなど、理由はさまざまだ。子づくりの手助けをしてくれる相手がどんな人かを直接知っておきたい女性もいる(精子バンクのドナーは原則匿名)。

私もその1人だ。多くの女性と同様、最初は精子バンクのウェブサイトでドナーのプロフィールを分析し、彼らの精子で生まれた赤ちゃんの写真を凝視した。表計算ソフトで候補者リストを作成してみたりもした。

けれど多くの女性と同様、すぐに気付いた。精子バンクは私が求めていた答えではない。私は子づくりの手助けをしてくれる相手のことを知りたかったし、生まれてくるわが子に自分の出生に関する情報や洞察を与えられる母親になりたかった。

これから私が語るのは、母になる夢を実現するために家族と出産、子づくりをめぐる文化的タブーのほとんど全てに唾を吐きかけた物語だ。

バウマンと弟のジャック。4人姉弟の長女に生まれた彼女は昔から母親になるのが夢だった VALERIE BAUMAN

自分の意思だけで母親になれると知った直後の20年7月、私は膝の上にパソコンを置いて、さまざまな精子バンクのサイトを読みあさった。さらに数日かけて、各サイトが無料提供している情報と写真からドナーの特徴をまとめたリストを作成した。

無料の情報には、身長、体重、体格といった身体的特徴のほかに、目や髪の色も常に記載されていた。人種や民族に関する情報もあった。

もっと「実用的」な情報も載っていた。妊娠可能性を左右する精子の運動率、提供価格、ドナーが過去に提供した精子が妊娠につながったか、ドナー自身の子供の有無。ドナーの子供の性別が記載されているサイトもあったが、どれも私が一番気にしている問題ではなかった。

精子を買えるだけの預金はあったけれど、私にはこの「取引」に違和感があった。自分には耐えられない。こんなにも重要な人生の決断を、限られた情報だけで下すなんて......。

精子バンクのサイトでは通常、ドナーの学歴や趣味、基本的な病歴についての簡単な情報が無料で閲覧できる。ドナーの声の短い録音を、追加料金なしで聞けるサイトもある。内容は精子提供を希望した理由や、自分の人生で大切な人間関係についての話が多い。

「会えるドナー」を探して

私には、ひどく無駄な情報に感じられた。ドナー男性の本当の姿を知る役には立たない。それに、彼らは見返りに報酬を受け取っている。結局、お金が欲しいだけじゃないの? もし私の子供が成人になって接触したら、彼らは本気で向き合ってくれるのだろうか(アメリカでは成人後の子供に自分の「出自を知る権利」が認められている)。

精子バンクでドナーを探すのは、レビューのないアマゾンで買い物をするようなものだ。複数のドナーを選択し、さまざまな特徴を直接比較できるサイトは多い。アマゾンで掃除機を買うときに参考にする商品比較リストと同じように。

でも、これは日用品や電気製品の買い物よりもずっと重要な問題だ。私もドナー男性の身体的特徴を微に入り細をうがって調べまくったが、本当は髪や目の色よりもドナーの人となりのほうがずっと気になる。ジャーナリストの職業病というべきか、私は他人がやった調査を丸ごと信用することに抵抗があった。

私はドナーの男性がどんな人間かを知りたかった。赤ちゃんが欲しい気持ちは強いけれど、私にとって重要なのは、わが子が優しくて幸せな人間に育つかどうか。その意味で、精子バンクの情報は有益ではなかった。私が求めているのは、これじゃない。

バウマンは写真のような精子バンクの冷凍精子ではなく、新鮮な精子の提供を受けた EVAN HURDーCORBIS/GETTY IMAGES

私は落ち着かない気分のまま、考えごとがあるときのルーティンどおりにワシントンの街をあてどなく歩いてみた。2時間近く歩いた後、ふと立ち止まり、携帯電話を取り出してグーグルで検索した。「あなたの知っている精子ドナー」

それから数分──対面で会えるドナーを見つけることは可能だと理解するのに十分な時間だった。私は携帯電話をしまい、急いで帰宅した。

面白いものが次々と私の前に現れた。例えば精子ドナーを検索できるウェブサイト「ノウン・ドナー・レジストリ(KDR)」。フェイスブックには専門のコミュニティーがいくつもあり、ドナーが無料でプロフィールを公開していた。スマホの画面をスワイプするだけでドナー候補を絞れるマッチングアプリ「ジャスト・ア・ベビー」も見つかった。

リンク先に目を通すうちに温かい気持ちになり、笑いが込み上げた。これならドナーはきっと見つかる。クレイジーな話だが、私は決意を固めた。精子バンクでドナーを選ぶ際に妨げになった不安も、解消できそうだった。将来子供に父親の素性や彼が私に協力した理由を聞かれたら、きちんとした答えを返したかった。

オンラインでドナーを探せば相手の人柄が分かるし、子供が18歳になるのを待たずに会わせられるかもしれない。子供に自信を持って紹介できる人を選ぶことができるのだ。

一部のドナーは自分の精子で子供を儲けた人々の非公開グループをフェイスブック上でつくり、異母きょうだいが互いに交流し、家族のようなつながりを感じられるようにしていた。独りで子供を育てるつもりの私は、こうした計らいに強く心を引かれた。家族が多ければ多いほど、子供は愛情と環境に恵まれる。

拍車をかけたのはコロナ禍

ジャスト・ア・ベビーを使い始めて2日後、私はあるドナーの写真を見てつぶやいた。詐欺だ詐欺。成り済ましに決まってる──。

その男性はあごがクラーク・ケントみたいにがっしりとして、頰骨が高く、茶色い髪が波打っていた。まさに現実離れしたイケメンだった。しかも職業はニューヨーク市の消防士だというのだから、セクシー度もヒーロー度も爆上がりだ。

彼は賢く(経営学の学位あり)、芸術的で、彫刻が趣味だった。何より純粋に人助けがしたいようだった。人工授精しか行わず、子供を10人以上つくるつもりもなかった。どちらも私には重要なポイントだった。

30代後半に「産むなら今だ」と思い、独りで出産する選択をしたバウマンは、ネット上で精子ドナーを見つけて妊娠に成功した HANNAH LEE PHOTOS IG @LEE.HANNAHPHOTOGRAPHY

私は勇気を奮って写真をスワイプし、マッチングが成立したところで連絡先を交換した。ビデオチャットの画面に現れた彼は仕事上がりで、制服を着ていた。消防士のヘルメットを外して髪をかき上げにっこりすると、歯磨き粉のCMに出られそうな真っ白い歯があらわになった。私は目を奪われ、「いい遺伝子をお持ちですね」と口走りそうになった。

夢が現実に近づいた気がした。消防士は子供の頃の写真と家系図を見せてくれた。そこには私が子供に感じてほしい絆があった。子供とは喜んで交流するが、法的・経済的な義務は負いたくないし権利もいらないと、彼は説明した。

願ってもない取り決めだった。

私の投稿が気に入ったと、消防士は言った。アプリのプロフィール欄に、私はこんな自己紹介文を上げていたのだ(後にはフェイスブックのコミュニティーにも投稿した)。

「ワシントン周辺でドナーを探しています。人工授精のみ。遠方の場合は応相談。求めているのは誕生時から子供の人生に関わってくれる人、日々一緒に育てるのではなく、子づくりに協力した理由について子供に健全な説明をしてくれる人です。

私と価値観を共有し、連絡を取り合い、子供の近況に関心を持ち、誕生日パーティーに時折出てくれる一生の友人が欲しいのです。責任感のある親切な人を希望します。

私は選択的シングルマザーを目指しています。4人姉弟の一番上に生まれ、唯一の女の子でした。弟たちの面倒を見るのが大好きで、ずっと母親になりたいと思っていました。ジャーナリストとして成功をつかみましたが、私生活ではまだです。どうか夢をかなえるのに力を貸してください」

結局消防士との話は流れた。コロナ禍の中、長距離を移動することに、私がためらいを感じたのだ。私はアプリでドナー探しを再開した。

そして間もなく、法の規制を受けない精子取引が、いかがわしくも興味深い世界であることに気付いた。

この動きが始まったのは00年代初頭、クレイグズリストとヤフーの掲示板からだった。当時はドナーが掲示板に告知を出しても、たまに取引がまとまる程度。レズビアンのカップルや女性が掲示板を見つけ、ドナー募集の投稿をするのはさらにまれなことだった。匿名でのやりとりが多く、その後連絡を取り合うのは不可能だった。取引は性交渉を介する場合も、容器に入った精液を渡して終わりというケースもあった。

彼女の胎内ですくすく育つ赤ちゃんの超音波画像 VALERIE BAUMAN

それから20年後、個人間の精子取引がオンラインで爆発的に増え、私の記者魂に火を付けた。すごいストーリーになると確信した。しかも私は当事者なのだ。面白い投稿があればスクリーンショットを撮り、SNSで特に活動的なドナーやレシピエントがいればチェックした。重要人物に話を聞き、この奇妙な社会的交流をつぶさに把握しようとした。

とはいえ、これは個人の存在を超えた壮大なストーリー。何百万ものアメリカ人がコロナ禍のロックダウンで家に籠もり、命のはかなさを見つめた時期に需要と供給が重なった結果だ。こうした要素がオンラインのベビーブームに拍車をかけた。

疾病対策センター(CDC)のデータによれば、21年のアメリカでは前年から1%増えて366万強の出生が記録された。小さな数字に思えるが、20年までの5年間、出生率は毎年数%ずつ低下していた。ただし、出生数は21年には増加に転じたものの、19~20年の減少が大きく、19年の数字には届かなかった。

ここで、あるカップルの話をしよう──黒いロングヘアに真っ赤なリップ。とびきり魅力的なアフリカ系アメリカ人のラトリスは枕に頭を預けて上半身を横たえ、脚を上げて、爪先を車の天井に押し付けていた。

規制に代わる自主的ルール

レズビアンのパートナーが注射器のような器具で彼女の膣内に精液を入れたばかりだ。2人はミシガン州の自宅から車を1時間走らせ、ロンから精液を受け取った。ロンは本人の推定によると、これまでに65人の子供を儲け、さらに記録を更新中のスーパードナーである。

ラトリスはパートナーと共に、ロンの協力を得て3日間連続で「子づくり」を試みた。カップに入った精液を受け取ると、近くの病院の駐車場に車で移動。小柄なラトリスが後部座席に仰向けに寝そべり、パートナーがその上にかがみ込んで必要な処置をする。挿入にかかる時間はほんの数秒。車中での「ハンドメイド授精」だ。「(注入後)15分ほど脚を上げたままでいなきゃ駄目だけど、それで終了よ」と、ラトリスは言う。

「黄金のチケット」、つまり1回で妊娠に成功することは期待していなかった。だが数週間後にラトリスは妊娠した夢を見た。「とてもリアルな夢だった」

翌朝、妊娠検査をしてみると、なんと陽性。今はパートナーと共に1歳半の息子を育てている。

規制のない精子取引がブームになった背景には、コロナ禍で「緊急を要さない」医療が後回しにされ、多くの不妊治療クリニックが休診したことに加え、精子バンクが新たな精子提供の受け入れを中止したため精子不足になったという事情がある。コロナ禍の収束後も、精子バンクの利用や不妊治療には多額の費用がかかるため、無料または低料金で精子提供を受けられるネット上の取引を利用する人は増え続けた。

しかも、ネット上の取引では新鮮な精子(最長5日間受精能力を保つ)が手に入る。対して、精子バンクの冷凍精子は女性の体内で最長24時間しか持たず、排卵日にぴったり合わせて注入しなければならない。

利用者の多いマッチングサイトのKDRの場合、当局の規制がない代わりに利用規約に長々と注意事項が記載されている。例えば、ドナーのプロフィールに偽りがないかは、レシピエントが自己責任で判断しなければならない。ドナーとのやりとりについても同様だ。この規約にどのくらい法的拘束力があるかは分からないが、ルールを遵守しない人はサイトから締め出される。

KDRは違法ドラッグの使用や、性感染症と知りつつ取引をすることも禁止している。ドナーとレシピエントが正式な契約書を取り交わすことを推奨し、精子・卵子の取引で対価を要求することを禁じてもいる。人工授精よりもセックスのほうが妊娠確率が高いと「述べたり、ほのめかしたり」するのもアウトだ。

家族の多様性について議論を

フェイスブックで最も人気がある精子取引コミュニティーの1つは登録者がどんどん増え、22年6月には20年6月の3倍に達し、最終的に約2万4000人に上った。23年8月までに、さらに175%増加。精子提供を受けたい人が集まるにつれ、ドナーの参加も増えている。

フェイスブックのコミュニティーでは、ほかの登録者が見守るフォーラムでドナーとレシピエントがやりとりすることになるため、だまされる危険性が多少は減る。投稿内容は授精方法のアドバイスから妊娠報告までさまざま。レシピエントは写真や住所、ドナーに求める条件などを投稿し、ドナー側も自身の写真や成功実績などを披露している。

こうしたコミュニティーでは、ドナーとレシピエントが対面で会う前にビデオチャットをすることが推奨されている。コミュニティーの運営者の多くはドナーだが、レシピエントが運営に加わることもある。

運営者は変質者や荒らしを締め出すよう努力しているが、ネット上のコミュニティーの常でその手の人物の侵入を完全には防ぎ切れない。

法的規制に縛られない精子取引は私にとっては全く新しい領域だったが、妊娠に成功したレシピエントが自分の選択を誇りに思っていることははっきりと感じ取れた。彼女たちはこのシステムを利用し、生殖医療業界を迂回する近道を見つけ、なおかつ子供を産み、家族をつくることに成功したのだ。

これはより大きな人類の視点から、さらには家族の定義という視点から見て、非常に興味深い動きだろう。パートナーなしで子供を産む選択をする女性や、自分たちのやり方で家族をつくりたいと望む性的マイノリティーは増えつつある。精子提供サイトは、社会の主流から締め出された多くの人の希望をかなえることに貢献する。従来の生殖医療は、伝統的な男女の夫婦や、多額の費用を負担できる人を優先してきたからだ。

今こそ多様な形の家族について、固定観念にとらわれない議論を始めるべき時だ。アメリカでは性と生殖に関する権利が政治的・文化的な対立軸ともなっている。私は個人的な試みを通じて、ネット上で無料か安価の生殖補助サービスを探し、見知らぬ人の協力で家族づくりを始めることの心理的・法的・倫理的な影響を深掘りすることになった。

このシステムは新しい形の家族をつくろうとする人たちに大きな希望をもたらすのか。それとも考慮すべき厄介な問題を無数にもたらす、大きなリスクをはらんでいるのか。

答えがその両方だったら? どうすべきか知恵を出し合おう。

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