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新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

ニューズウィーク日本版 2024年5月10日 16時22分

西谷 格
<東京・西新宿のタワーマンションで起きた刺殺事件。「結婚資金」として女性に約2000万円を渡していたと主張する加害者にネット上では「同情の声」が集まっているが、加害者擁護はどう考えても異常である>

東京・西新宿のタワーマンションで起きた刺殺事件で、和久井学容疑者(51歳)への同情の声が広がっている。和久井容疑者の父親の話によると、和久井容疑者は長年愛用していた自動車やバイクを売り払い、被害女性の平沢俊乃さん(25歳)におよそ2000万円の金を結婚資金として渡していたという。

和久井容疑者のFacebookの投稿などから、人生をともにした宝物を売り払ったことは事実なのだろう。が、それでも私は和久井容疑者に対して、ほとんど同情する気持ちが起きない。

2人は上野のガールズバーで客とスタッフとして知り合い、韓流スターのファンということで意気投合したという。もうこの時点で、すべてを察しなくてはいけない。

26歳も年下の、親子ほど歳の離れた水商売の女性と「真摯な恋愛」をして、まともに付き合えると思っている50代男性は、ちょっと「どうかしている」のではないだろうか。あるいは、社会常識や論理的思考力、相手の立場に立ってものを考えるといった知性が欠落していると言わざるを得ない。

そうしたケースもこの世にゼロではないかもしれないが、宝くじで1等賞を当てるぐらいのレアケースであり、ほぼゼロと言っていい。

ガールズバーやキャバクラ、ホストクラブといった空間は「擬似恋愛」を楽しむ場所だ。色々と調子の良いことや気分が上向くようなことを言われるかもしれないが、それらは基本的にすべてお世辞か社交辞令であり、彼ら彼女らはお金を稼ぐために仕事として行っているに過ぎない。

水商売の色恋営業を真に受けて、自分の宝物を売り払ってしまった和久井容疑者は「51歳にもなって自分を客観視できない残念な人」としか言いようがない。挙句、一方的に恨みを募らせてストーカー行為を繰り返し、ついには人殺しまでしてしまったのだから、残念である以上に凶悪極まりない。

「加害者の言い分」を鵜呑みにする人々

XなどSNS上では、和久井容疑者の父親の言葉を鵜呑みにした上で、和久井容疑者への同情心を募らせている人が非常に多い。が、父親の話というのは加害者側の一方的な言い分に過ぎない。

和久井容疑者は自身の全財産を注ぎ込めば意中の相手と結婚できると思っていたのかもしれないが、それは自分勝手な思い込みだったのだろう。被害者側には、まったく違う言い分があったはずだ。

被害者から見れば「一方的に恋愛感情を募らせて、関係が破綻したらあげたものを返せと迫ってきたヤバい奴」でしかなかっただろう。言うまでもないが、一般的に「あげたものを返す義務」は存在しない。客として貢いだ金を取り返すことなど不可能であり、「あきらめる」以外に選択肢はなかったはずだ。勉強代だったと思うしかない。

水商売というのは、多かれ少なかれ「色恋営業」が行われるものだ。和久井容疑者は過去にはストーカー規制法違反による逮捕歴もある。警察も当然、和久井容疑者の「金を取り返したい」という言い分を聞いていた。

それでも生前の平沢さんに対して詐欺罪が適用されていないということは、平沢さんの行為は結婚詐欺なんかではなく、法的には問題なかったということだ。少なくとも、立件できるほどの明確な証拠はなかった。

にも関わらず「結婚詐欺」と想像で決めつけることは、亡くなった被害者への冒涜にほかならない。レイプ神話同様、ネット空間はとかく「被害者叩き」に流れやすい。被害者叩きをしている人たちを、心から軽蔑する。

ガールズバーやキャバクラで働いている女性スタッフであれば、男性客に対して恋愛感情があるかのような素振りを見せるのは、至極当然である。その意味で、水商売のスタッフというものは総じて「恋愛詐欺予備軍」のような人たちと言える。

恋愛感情を匂わせて客を店に来させたり、高額なボトルを入れさせたりするのは、この世界では常套手段だろう。それらは必ずしも「詐欺」とは言えず、色恋営業と恋愛詐欺の線引きは、決して容易ではない。

キャバクラも取り締まるべき?

今回のような事例は、しばしば悪質ホストが女性客から大金を貢がせるケースと比較して語られる。「悪質ホストを取り締まるなら、悪質キャバクラも取り締まれ」という主張をする人々がいるのだ。一見フェアなように聞こえるが、私はまったく賛同しない。

キャバクラとホストにはさまざまな差異があるが、特に「年齢」というものに着目したい。ホストクラブで高額な支払いを迫られる女性の多くは、20代前半の社会経験の少ない若者が中心だ。客とスタッフの年齢も近く、「真摯な恋愛」と錯覚しやすいとも言える。一方、キャバクラの場合は今回のように40〜50代、あるいはそれ以上の「良い歳をした大人」が相手となる。

同じような色恋営業であっても、騙す側が20代、騙される側が40〜50代のいい歳した大人となると、「おじさん馬鹿じゃないの?」と私は思ってしまうのだ。

こういうトラブルは大昔から続いているようで、こんなことわざもある。

「女郎に誠あれば晦日(みそか)に月が出る」

女郎(じょろう)とは江戸時代の遊女、すなわち現代で言えば、水商売・風俗業に従事する女性たちを意味する。晦日(陰暦の30日)は月が見えない新月の日。「水商売の女性が正直者だとしたら、新月の日に月が見える」といった意味で、彼女たちに誠実さを求めることは構造的に無理があるのだ。

「女郎の千枚起請(きしょう)」

という言葉もある。起請とは誓約書を意味する。「遊女は何枚でも誓約書を書いてしまう」ということで、水商売の人間の約束などまったく信用ならないといった意味合いだ。

昨今のXは、「話し相手のいない孤独で不幸な人」が集まる空間になりつつある。ホストやキャバクラにどハマりしてしまう人々と完全に客層が一致しており、そう考えるとX上で和久井容疑者への同情の声が広まるのは、自然の摂理かもしれない。

「推し活」「オタ活」と称してアイドルやアニメのキャラクターに大金を注ぎ込むことがメディアなどで肯定され過ぎていることも、背景にあるかもしれない。いい歳をした大人が、親子ほど歳の離れた人間を恋愛感情込みで推す感情は、本来ちょっと恥ずかしいと捉えるべきではなかろうか。

ガールズバーやキャバクラ、ホストクラブはあくまで疑似恋愛であり、ファンタジーを楽しむ場。常識ある大人としては、そう肝に銘じたいものである。


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