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ネタニヤフと並ぶ「もう1人のリーダー」...混迷パレスチナのアッバス議長に市民が求めるものとは

ニューズウィーク日本版 2024年5月14日 14時30分

曽我太一
<19年間リーダーは変わらず、腐敗は進み、かつての「闘士」は高齢化。国際社会は「二国家解決」を唱えるなか、パレスチナで今一番求められていること>

イスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘は半年を超えた。イスラエルでは大惨事を招いたネタニヤフ首相への不満が渦巻き、現状維持か、それとも新たなリーダーの下で再出発するのか、早期選挙で決着をつけるべきだという声が社会の趨勢だ。

これと同時にパレスチナでもリーダーへの不満が先鋭化している。パレスチナのシンクタンクPCPSRの最新の世論調査では、ヨルダン川西岸とガザ地区で合わせて84%の回答者が、自治政府を率いるアッバス議長について「辞任すべきだ」と回答した。

歴史的な大失態を許し、国民の8割が辞任すべきだと考えているネタニヤフと同じか、それよりも高い水準だ。

パレスチナを代表する唯一無二の政府の議長であるアッバスは現在88歳。2005年から、いまだ国家になり得ない「国家らしい政治体」を率いる。

就任したのは、インティファーダという抵抗と暴力の時代の後で、主流派閥ファタハ出身の男が目指した「対話路線」は、国際社会に快く迎えられた。

しかし、それから19年、その対話路線が実を結ぶことはなく、イスラエルの占領は続き、パレスチナの政治的分断や社会の閉塞感は深刻化。自治政府の面々は高齢化が進み、社会には縁故主義がはびこる。

3年前、ヨルダン川西岸地区出身のパレスチナ人の大学院生に会った。英語は堪能、海外の大学院でダブル修士号を収めた極めて優秀な学生だった。仕事があれば自治政府なども含めて職に就きたいが、縁故主義が蔓延し、彼女にそのチャンスはないと言う。

パレスチナで「コネのない優秀な人材と、コネのある普通の人材だったら、後者が優先される」と言われるゆえんだ。彼女はその後、カナダに移住した。

「袋小路」にあるパレスチナに変化をもたらすとすれば、それは「民衆からの信」を得たリーダーの下での再出発が必要となる。チャンスはあった。

アッバスは21年1月、05年以来16年ぶりとなる議長選挙を7月に実施すると発表した。それまでにも選挙が予定されつつ、中止されたことは幾度もあった。

市民はこの時も「どうせ中止される」と思いつつも、その選挙に変化への一縷(いちる)の望みを託そうとした。有権者登録数は過去最多に上った。しかし、アッバスは結局、選挙を「中止」した。ハマスに負けることを恐れたのだ。

もちろんパレスチナの選挙は一筋縄ではいかない。イスラエルでは容易に行われる選挙も、パレスチナ自身の一存では決められない。占領下にあり、パレスチナが将来の国家の首都とする東エルサレムの扱いは極めてセンシティブだ。

公に選挙を認めれば、東エルサレムに対するパレスチナの政治的な権利を認めかねず、イスラエルは納得しない。かといって、東エルサレムで実施しなければ、イスラエルの支配をパレスチナが認めることになる。

また、仮に民主的に選挙が行われても、ハマスの勝利はイスラエルや欧米各国には好ましくない。そもそもパレスチナの分断は06年の評議会選挙で勝利したハマスを欧米側が拒否したことに端を発する。

当時のイギリス首相だったトニー・ブレアは後年、「ハマスをもっと対話に巻き込むべきだった」と述べ、その過ちを認めている。

国際社会は今、口をそろえて「二国家解決」を訴える。二国家解決となれば、前途は間違いなく多難だ。また、現実的な案としてパレスチナ人の2割超が、イスラエルに吸収される「一国家解決」を望んでいて、この選択肢もある。

パレスチナがこの歴史的な戦争の後に何を望み、どのリーダーの下で再出発するのか。和平問題を解決したいのであれば、われわれはまず市民の声に真摯に耳を傾けなければならない。

「世界経済フォーラム」特別会合でのアッバス議長(2024年4月)

Palestinian President Abbas says only US can stop Rafah invasion・Al Jazeera English

 

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