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「インドで2030年、奇跡の成長が始まる」モディが体現する技術革新と伝統の両立への道

ニューズウィーク日本版 2024年5月16日 17時9分

ダニシュ・マンズール・バット(本誌アジア地域編集ディレクター)
<ヒンドゥーナショナリズムを頑として貫くナレンドラ・モディ首相は、高い支持率を誇る。抑圧や格差、さまざまな矛盾をはらみつつ、勃興するインドの「未来への約束」とは>

「私の着ているベストを触ってごらん」というインドのナレンドラ・モディ首相の言葉に、本誌取材チームは戸惑った。3月下旬、ニューデリーで行われた独占インタビューでのエピソードだ。

「ほら、触ってごらん」とモディは重ねて言い、素材を当ててみるように言った。絹でしょうか、と答えた本誌グローバル編集長のナンシー・クーパーに「リサイクルしたペットボトルだ」と話すモディは、相手が驚く様子を明らかに楽しんでいた。

まさにモディらしいといえるだろう。技術革新と伝統の両方を愛し、メッセージ発信の達人なのに異論を招きがちな人物──。

立ち襟の付いたジャケットやベストはインド初代首相ネールが着ていたことで知られ、「ネール・ジャケット(ベスト)」と呼ばれる。この服は、インドという独立まもない国家の誇りの象徴でもあった。

最近では、モディ人気にあやかってネール・ジャケットならぬ「モディ・ジャケット」として売られることもある。

だが2018年にインドを訪れた韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領(当時)が、モディから仕立てのいい「モディ・ベスト」を贈られたとツイートしたときには、「それはネール・ジャケットだ」と大炎上した。

かつてイギリスの経済学者ジョーン・ロビンソンは「インドについての正しい記述は全て、その反対も真である」と述べた。そしてモディという人物はインドという国と同様に、矛盾に満ちている。

近代化のあくなき追求者でありながら、過去を重んじる。インドのデジタル決済や環境技術について語るのと同じくらい誇らしげに、11日間にわたるヒンドゥー教の伝統儀式に携わった体験について語る。

まるでセレブのように自分のブランドのTシャツを売る一方で、海辺でゴミ拾いをしたり道路掃除をしたりして、一般国民にアピールする。

大国の指導者としては珍しく、アメリカのジョー・バイデン大統領とロシアのウラジーミル・プーチン大統領の両方と親しい関係を結んでいる。

6月1日まで続くインド総選挙では、民族や宗教の垣根を越えた進歩を唱えている。だが多くの宗教マイノリティーは、彼が率いるヒンドゥー至上主義政党のインド人民党(BJP)によって自分たちは進歩から締め出されていると感じている。

こうした矛盾のせいもあって、モディとメディアの関係は対立的で、インタビューに応じることはほとんどない。報道の自由度ランキングにおけるインドの順位は、モディが政権を握って以降、大きく下がった。

だが、インドを率いる首相についての理解を深めることは、これまでになく重要になっている。インドが私たちの生きるこの世界に及ぼす影響は大きくなるばかりだ。

執務中のモディ PMO INDIA

国民に与えた革命的「衝撃」

アメリカ政府はインドを、途上国世界における中国一強を阻む重要なバランサーと見なしている。世界に広がる印僑は、シリコンバレーにおける一大勢力となってアメリカのIT産業を動かしている。

2075年までに、インドはアメリカを抜いて中国に次ぐ世界第2位の経済大国になるとみられている。これは、インドが世界最大の(それも突出した)二酸化炭素(CO2)排出国になる可能性があり、インドの選択が、地球と生物の未来を大きく左右するということだ。

90分間の独占インタビューと書簡において、モディはそうした問題について語るとともに、インドの未来について楽観的な見方を示した。「後ろ向きな考えは長持ちしないと思う」と彼は述べた。

「一方で、前向きな見方には永続性がある」と、彼は言う。

そんな前向きなパワーをたっぷり注いでいるのが、月に1回、出演している国営ラジオの番組『マン・キ・バート(心からの会話)』だ。毎回、2億3000万人が聞いているとされ、一般市民に対し、モディを身近に感じさせるとともに、生活におけるさまざまな変化に彼が何らかの役割を果たしたことを印象付けている。

さて欧米から見ると、モディの国民に対するこうしたメッセージ戦術は劇場型政治とも、一個人の「神話」づくりのための公費の無駄遣いとも受け取られるかもしれない。

だがそれでは、こうした戦術がインドという階級社会に住む人々に与えた革命的と言うべき衝撃を理解できない。

この階級社会は、カースト制とかつての植民地統治、そしてネール家とガンジー家による政治支配の中で形作られてきたものだ(総選挙では、ネールの曽孫で最大野党・国民会議派を率いるラフル・ガンジーがモディに戦いを挑んでいる)。

国民とのコミュニケーションは常に双方向的に行っているとモディは言う。「指導者には草の根の人々とつながり、フィルターなしの意見や反応を得る力が必要だ」と彼は言う。

モディは比較的貧しい家庭に育った。BJPの支持母体であるヒンドゥー至上主義組織「民族義勇団(RSS)」の活動で各地を回り、インドにある806の行政区域の80%で少なくとも1泊はしたと語る。

「だから私はほとんど全土に直接的な人脈がある。おかげで直接、反応や意見を聞くことができる」と彼は言う。グジャラート州の首相だったときには、かつて旅先で出会った男性が、夜中の3時に鉄道事故が起きたと電話で知らせてきたこともある。

モディの一声で環境に優しい電動バスが首都に500台導入された ARVIND YADAVーHINDUSTAN TIMES/GETTY IMAGES

モディのメッセージ発信戦略はうまく機能している。3月に調査会社イプソスが発表した調査によれば、インドの都市部に住む消費者は、対象となった29カ国中で最も自国の経済の現状と先行きを楽観視している。

インド人が自国経済の将来を楽観したくなるのも無理はない。

歴史的にアジア経済の奇跡的な成功は、生産年齢人口に対する従属人口(高齢者や子供)の割合が最小のときに起きた。日本の場合は1964年、中国は94年だ。インドは既に現時点で世界第5位の経済大国だが、奇跡的な成長が起きるのは2030年以降で、しかもそれが25年間は続くと予想されている。

米タフツ大学フレッチャースクールのバスカル・チャクラボルティ教授(グローバルビジネス)は、ハーバード・ビジネス・レビュー誌に掲載された論文で、インドは政府観光局のキャンペーン「インクレディブル・インディア(驚くべき国、インド)」をもじって、「インエビタブル・インディア(未来を約束された国、インド)」を世界に向けた宣伝文句にするべきだとしている。

「モディのブレーンたちがモディのことを、インドの未来に不可欠の人物のように見せている」と、チャクラボルティは指摘する。

だが、インド経済の急成長を約束するのは人口動態だけではない。この10年、モディ政権は道路や港湾やデジタル通信網などのインフラを驚くべきスピードで整備してきた。

かつての穴ぼこだらけの道路や、崩れかけた空港ターミナルビル、そして聖なる牛を優先するための大渋滞も今は昔。現在のインドは多くの面で世界トップレベルの国になった。

インドの港湾はアメリカやシンガポールよりも効率的で、船舶が到着してから荷降ろしをして出港するまでに要する時間は24時間以内だ。中国とイギリスに次ぎ世界第3位の地下鉄網も完成間近となっている。

電子送金システム「統合決済インターフェース(UPI)」には、3億人ものユーザーがいる。生産能力もモディの在任期間中に急拡大した。

米証券大手ゴールドマン・サックスは、向こう50年間にインド経済の爆発的成長を予測する。それによると、2075年までにアメリカの経済は現在の2倍に、中国は約3倍に拡大する見通しだが、インドは15倍も拡大する可能性があるという。

モディは中国の習近平国家主席が進める軍備増強には大きな脅威を感じている XINHUA/AFLO

2億人以上が貧困から脱却

モディ時代のインフラ投資がもたらす莫大な経済価値は、インド人の自己評価も高める。「インドはモディの下で、国家建設という巨大プロジェクトに取り組んでいる」と、フォーリン・ポリシー誌のラビ・アグラワル編集長は4月に語った。

「モディは、よりパワフルで、たくましく、誇り高い国を提示し、国民はそのイメージにうっとりしている」

モディは日本や中国になぞらえられることを嫌がり、インドの伝統的な価値観に基づく「人間中心の開発」を唱える。

そして「インドはこの10年で世界最大の貧困撲滅運動を展開し、2億5000万人を貧困から脱却させた」と胸を張る(ただし中国には30年間で約8億人を貧困から脱却させた実績がある)。

実のところ、国際社会もインドが中国と同じ道をたどることは望んでいない。現在のインドのGDPは、07年の急成長期の中国とほぼ同レベルだが、この頃中国は世界最大のCO2排出国となっており、現在は世界全体の約3割、アメリカの約3倍を排出している。

インドは既に世界第3位のCO2排出国だが、まだ成長の(つまり汚染源としての)ごく初期段階にある。

現在の成長の在り方を変えない限り、インドは地球の気温上昇を1.5度以内に維持できる世界のCO2排出量の36%を食いつぶすことになると、米経営コンサルティング大手マッキンゼーは22年に指摘している。

幸い、モディは中国とは異なる道を選んできた。「インドのインフラ整備と、気候変動対策の約束との間に矛盾はない」とモディは語り、2070年までに温暖化ガス排出量を実質ゼロにするための計画や投資目標を次々と挙げた。

マッキンゼーによれば、インドのこうした成長路線は地球を救う可能性がある。

環境に優しい経済成長は、未来の世界経済におけるインドと中国の役割の違いの1つにすぎない。例えば、米中対立の影響を避けるために、中国をサプライチェーンから外して、インドに製造拠点を移す企業は増えている(アップルがいい例だろう)。

それでもインドにとって、中国は長年大きな脅威だった。米ウッドロー・ウィルソン国際研究センターの冷戦史プロジェクトによると、1950年代、ネールは中国に代わってインドが国連安全保障理事会の常任理事国となることを2回打診されたが、2回とも断ったという。

中国との関係悪化を懸念してのことだ。インドのスブラマニヤム・ジャイシャンカル外相は今年3月のスピーチで、中国に対する遠慮は現在も存在することを認めている。

中国の軍備増強は大きな脅威。写真は中国の新兵の壮行式 VCG/GETTY IMAGES

だが、ネールの中国への配慮は、62年の中印国境紛争を防ぐことはできなかった。この紛争は中国の勝利に終わり、インドは問題となっていた北部の領土の一部を失うことになった。以来、インドの歴代首相全員にとって、中国は地政学的に最大の悩みの種となってきた。

71年8月には、ネールの娘であるインディラ・ガンジー首相が、父親の貫いた非同盟主義を捨てて、ソ連との平和条約締結に踏み切った。

アメリカのヘンリー・キッシンジャー大統領補佐官(国家安全保障担当)がそれまで国交のなかった中国を訪問して、インドにとって中国が一段と大きな脅威になる可能性が示唆されたわずか1カ月後のことだった。

モディは今でもロシアと親密な関係を保っているが、独自外交を精力的に進め、今や中国を敵対国と見なすようになったアメリカに接近。米側もインドを重視していることは、本誌の取材に対する米国務省報道官の次のようなコメントからも明らかだ。

「バイデン大統領が米印関係は世界に最も大きな影響を与える2国間関係の1つだと述べたように......世界を導く超大国の1つとしてのインドの登場をアメリカは支持する」

「失業率4%弱」のカラクリ

モディは自ら中国の習近平(シー・チンピン)国家主席に国境紛争の解決を盛んに働きかけている。安保理の常任理事国入りを望んでいるのは疑う余地がない。

クアッド(日米豪印戦略対話)への参加は、長年の非同盟主義からの最も大胆な転換だ。声明では述べていないものの、クアッドはインド太平洋地域における中国の影響力に対抗する枠組みなのだから。

地政学的にも経済的にも大いに力を付けてきたインドだが、話はそこでは終わらない。モディ政権下で宗教的少数派への締め付けは強まっているようだ。

モディの支持者たちに言わせれば、イスラム教徒など宗教的少数派に与えられてきた特権を取り上げるヒンドゥーナショナリズム的な政策は、不公正の是正にほかならない。ヒンドゥー教の国としてのインド本来の姿に立ち戻ることこそ、進歩と国民統合の鍵を握る──彼らはそう信じている。

モディも同様の考えだ。北部のアヨディヤに建設されたヒンドゥー教寺院の落成式での発言がそれを示している。アヨディヤはラーマ神の生誕地とされ、1992年にヒンドゥー教徒の暴徒がここにあったモスク(イスラム礼拝所)を破壊。その跡地にラーマ神を祭る寺院が建設された。

「ラーマ神が生誕の地に帰還した。国家の統合にとって歴史的な瞬間だ」と、モディは本誌に語った。

モスク(イスラム礼拝所)跡地にヒンドゥー教寺院を建設するなどはモディのヒンドゥー至上主義的な政策の一例だ RITESH SHUKLA/GETTY IMAGES

約2億人のイスラム教徒をはじめインドの宗教的少数派は、モディ政権下で抑圧されている──相手が誰であれ、そんな話が出ると、モディは鼻で笑う。

「フィルターバブルに籠もり、外部の人間に耳を貸さない連中のお決まりのセリフだ。今どきインドの少数派だってそんなたわ言を信じない」

実際はどうなのか。BJPは多数派重視の政策で支持をつかみ、選挙に勝つだけでなく、イスラム教徒を攻撃しやすい雰囲気を生み出していると、イスラム教徒の国会議員アサドゥディン・オワイシは本誌に話した。

「選挙でモディが勝利すれば......現政権はイスラム教徒を弾圧する権限を委任されたことになる」

インド社会を引き裂くのは宗教上の断層線だけではない。公式データではインドの失業率は4%弱だが、これにはカラクリがある。

「ニューデリーの公証人を訪ねると、彼の周りには4人の名目上の被雇用者がいるだろう。1人はペンを持ち、1人は書類を動かし、1人は印鑑を押し、1人はお茶を出す」と、米タフツ大学のチャクラボルティは説明する。

ILO(国際労働機関)の今年4月の発表によれば、インドの大卒者の失業率は29.1%で、読み書きができない人の失業率(3.4%)の9倍に上る。

公務員の募集には、募集資格を上回る高学歴者が殺到する。地方の警察が小学校卒業程度でこなせる事務作業員を募集したところ、大卒者が3万3000人余りも応募したという。

生産年齢人口が爆発的に増えるなか、就労者が十分に能力を発揮できる雇用の創出が、高度経済成長の実現とともに、長年この国をむしばんできた所得格差の是正の鍵を握る。

こうした難題はあるものの、世論調査を見るとモディの3期続投はほぼ確実だ。前回19年の下院総選挙で圧勝したBJPは、さらに議席を増やすとみられる。

有権者数9億6000万人の世界最大の選挙は6月まで7回に分けて行われる。最大野党の国民会議派が今回の総選挙で結党以来最悪の敗北を喫するのは目に見えている。

ネールの国からモディの国へ

選挙におけるBJPの快進撃を支えているのは、73歳のモディその人の人気にほかならない。

主要な言語だけで120語以上もあるインドでは、全国政党であっても北部と中部のヒンディー語圏以外の地方では地元の有権者にアピールするため、地元の有力者を「党の顔」にする手法を取る。だがモディ時代にBJPはこの戦略を捨て、地方でもモディを前面に出して選挙戦を展開してきた。

モディの写真パネルを設置する首都ニューデリーの選挙グッズ店の従業員 RUHANI KAURーBLOOMBERG/GETTY IMAGES

調査会社モーニングコンサルトは今年2月、モディの支持率は調査した世界の指導者中、最高の78%近くに上ったと発表した。

バイデンの支持率に比べ、実に2倍以上だ。ノルウェーの政治家エリック・ソルヘイムはこれについてX(旧ツイッター)に投稿した。

「そろそろ西側メディアはインドとモディを肯定的に取り上げた特集を組んでもいい」

メディアがどう取り上げるにせよ、今回の総選挙はインドの転換点となるだろう。

独立後何十年もインドという国の形はネールのイメージで形成されてきた。世俗的かつ民主的で、社会主義、科学重視、米ソ2つの超大国が覇を競う冷戦時代にあって頑として非同盟中立を貫く国だ。

今回の選挙での圧勝は、それをモディのイメージにつくり替える作業の総仕上げとなるだろう。民主的で大衆迎合的かつ技術重視、ネールが想像もできなかったほど国際社会で大きな発言力を持ち、頑としてヒンドゥーナショナリズムを貫く国だ。

「ネール・ジャケット」を「モディ・ベスト」に替えるのは、その手始めにすぎない。

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