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ロシア、戦術核を含む軍事演習を初めて公表...プーチン大統領がウクライナに核を使う日は来るのか?

ニューズウィーク日本版 2024年5月16日 20時46分

エイミー・マッキノン(フォーリン・ポリシー誌記者)
<続くウクライナ戦争と欧米との対立──超長期政権の5期目プーチン大統領は、レッドラインを越えるのか>

24年前のロシアと現在のロシア──。その変貌ぶりを分割スクリーンでありありと示すような出来事だった。

ロシアで5月7日、ウラジーミル・プーチン大統領の就任式が行われ、通算5期目の任期が始まった。そんななか、ロシア軍が戦術核兵器の軍事演習に向けて動き出したのだ。

2000年、初代大統領ボリス・エリツィンの指名を受けた後継者として、大統領選に勝利したプーチンは初の就任演説で、ロシア史上で初めて「国民の意思による合法的で平和的な」権力移行が実現したと胸を張り、民主主義の継続と発展を誓った。

それから四半世紀近くが過ぎ、プーチンの軍隊はウクライナ戦争の泥沼の中で、プーチンの政敵は亡命中か獄中か、死亡している今、5度目の就任演説の中身は大違いだった。今回語ったのは「力強く」「どんな挑戦や脅威にも抵抗する」政治体制の必要性だ。

欧米は「攻撃政策」でロシアに圧力をかけようとしていると、プーチンは非難。欧米が態度を変えるなら、対話に前向きだと示唆した。「安全保障や戦略的安定性の問題を含めて、話し合うことは可能だが、力ずくの立場は受け入れられない。傲慢さや排他的主張を捨て、対等な立場で、互いの利益に対する相応の敬意がなければならない」

一方、ロシア国防省は5月6日、プーチンの指示の下、戦術核配備の演習の準備を開始したと発表した。欧米側の「挑発的な発言や脅し」を受けたものだという。

欧米との緊張が悪化するなか、ロシアが大量保有する核兵器の存在に触れるのは「常套手段」と言っていい。とはいえ、戦術核を含む軍事演習の実施を公式に発表したのは今回が初めてだ。

ロシアのウクライナ侵攻に協力したベラルーシも後に続いた。ベラルーシ国防省は5月7日、同国のアレクサンドル・ルカシェンコ大統領が、国内に配備されているロシア戦術核兵器の準備点検のため運搬車両の抜き打ち査察を命じたと発表。2日後、プーチンがベラルーシの演習参加を明言した。

ウクライナ戦争をめぐってこのところ相次ぐ欧米政治家の発言に、ロシアは激怒している。それが、新たな核の脅しの引き金になったようだ。

米英仏の「挑発」に返答

ロシア大統領府のドミトリー・ペスコフ報道官は5月6日、戦術核演習の実施計画に関して、エマニュエル・マクロン仏大統領の発言を引き合いに出した。マクロンは最近、欧米部隊のウクライナ派遣の可能性を排除しないと、一度ならず口にしている。

ロシア外務省は同日、フランスのピエール・レビ駐ロシア大使を呼び出した。フランスはこれを威嚇だと非難。翌日のプーチンの大統領就任式にレビは出席したが、米英と大半のEU加盟国は欠席した。

マクロンだけではない。米民主党のハキーム・ジェフリーズ下院院内総務は5月初旬、ウクライナの敗北は許容できないと、米ニュース番組で発言した。「(ウクライナが負けることになれば)アメリカは戦争参加を迫られる可能性が非常に高い。資金だけでなく、米軍を送ることになる」

デービッド・キャメロン英外相は、5月初めにウクライナを訪問。ウクライナには、イギリスが供与した兵器を使ってロシア領内の標的を攻撃する権利があると述べた。

戦術核演習を行うとの発表は、こうした発言に対するプーチンなりの返答だろう。

核使用の基準はどこに

専門家によれば、ウクライナでの戦況がロシア優勢になっているため、戦術核の演習は差し迫った脅威ではない。「NATOの地上部隊派遣の阻止を目指した政治声明だと受け止めている」と、カーネギー国際平和財団核政策プログラム共同責任者のジェームズ・アクトンは言う。

核配備の可能性が高まるのは、プーチンが追い詰められたと感じ始めた場合だと、アクトンはみる。「最大の引き金になるのは(ロシアが併合した)クリミアが脅かされたときだろう」

ロシアが戦術核使用に踏み切る基準が従来の主張ほど高くないことは、英紙フィナンシャル・タイムズの今年2月の報道から読み取れる。同紙が入手したロシアの機密軍事文書によれば、戦術核の使用が想定されるのは、ロシア領内への侵攻があった場合や国境を警備する部隊が打ち負かされた場合だ。

同時に、「国家的な武力行使」あるいは「軍事衝突の拡大の阻止」といった、より曖昧なケースも含まれている。

CNNの3月の報道によれば、ロシアがウクライナの戦場で核兵器を使うかもしれないとの懸念を受け、米当局者らが「徹底的な準備」を開始したのは22年後半だ。

射程距離がより長い戦略核兵器は、冷戦時代にさかのぼる軍縮協定によって制限されてきたが、戦術核兵器はこの手の協定の対象外だ。ロシアが保有する戦術核の規模について、透明性はゼロに等しい。

戦術核の明確な定義は存在しない。だが一般的には、自軍が優位に立つために戦場で使用される、より小型の核兵器とされている。

アメリカが広島と長崎に原子爆弾を投下して以来、一度も使われたことのない核兵器を使用すれば、どれほど恐ろしい効果があるか。それを認識しているプーチンは、ウクライナで戦果を上げるためではなく、衝撃を与えて欧米首脳を翻意させるために戦術核を配備する可能性が高いと、アクトンは指摘する。

「目的は、エスカレートしかねないとの脅威によって恐怖心を植え付けることだろう。結局、ロシアの核使用の基準はプーチンの一存で決まる」

From Foreign Policy Magazine

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