村上尚己
<日本の通貨当局は2年ぶりに2~3回にわたり8~10兆円規模の円買い介入に踏み出したとみられる。その後、米金利上昇がとまり円高圧力が和らぐ中で、1ドル155円を軸に推移している。その意味を考える......>
4月22日当コラムでは、1ドル155円目前まで円安が進み為替介入が行われる可能性が高まっていると指摘した。また、円安は必ずしも「行き過ぎ」とは言えないとも述べた。この直後の、4月末の日銀金融政策決定会合後に、1ドル160円台まで円安が進み、ゴールデンウィークの休暇に入ると、日本の通貨当局は2年ぶりに2~3回にわたり8~10兆円規模の円買い介入に踏み出したとみられる。その後、米金利上昇がとまり円高圧力が和らぐ中で、1ドル155円を軸に推移している。
ドル高円安の動きは米国金利に連動しており、日米の金融政策の姿勢が保たれれば、円買い介入によってドル円の基調転換には至らない。あくまで投機的な値動きをスムージングするための当局の対応である。為替の大幅な変動は経済主体の投資や消費行動に影響を与え、政治的な対応も迫られて、2年ぶりの為替介入を余儀なくされたということである。
為替変動が経済に及ぼすポジティブ、ネガティブ効果
一方で、米国要因で円安が続いているが、企業経営者などからは「円安の悪影響が大きい」との見解が散見されるようになっている。為替変動により事業環境が不確実になり、輸入企業の負担も増える。また、円安により家計の実質所得が減少し、個人消費を抑制する一因になっている。
ただし、企業部門全体でみれば売上・利益を増やす効果があり、円安は企業利益の増加基調を支えている。企業利益の増加が賃上げをもたらし、インフレと賃上げの好循環を促す。デフレの完全克服を目指す過程にある日本経済にとって円安のプラスの効果は大きい。
また、日本は対外債権国であり、ドル高円安によって、円換算した外貨建て資産が増えるストック効果も大きい。外為特別会計に計上されている外貨建て資産が膨らんでいることが一例だが、保有する資産拡大は企業の支出行動を後押しする。
為替変動が経済に及ぼすポジティブ、ネガティブ効果がそれぞれあるわけで、経済全体にとって円安がどう影響するかが重要である。通貨安が経済全体に負の影響がより大きくなるとすれば、それは労働市場が完全雇用にあり、緩和的な政策対応がインフレを押し上げる場合である。日本の失業率は2.5%前後と安定しているが、1990年代前半までは日本の失業率は2%付近にあったことを踏まえると、完全雇用には依然至っていないと筆者は考えている(同様の認識を持っているから、日銀は3月にYCCを解除しながらも、なお金融緩和的な対応を続けているのだろう)。
日銀の金融政策を含めて円安への政策対応は概ね妥当
金融緩和の継続と円安進行は経済全体にとってプラスなのだから、仮に1ドル160円の円安でも、「行き過ぎている」とは言えないだろう。また、一部論者が声高に主張する、経済や通貨価値への信認の棄損で円安が進んでいる訳でもない。このため、緩和的な金融政策と整合的に円安を許容するのが望ましく、急激な変動にはスムージングの介入を行うことが望ましい対応だろう。これまでのところ、日銀の金融政策を含めて円安への政策対応は概ね妥当と筆者はみている。
先に紹介した「円安が行き過ぎている」との見解は、1970年代前半同様に円が割安になっていることを許容できないとの情緒的な思いがあるのだと考えられるが、投資判断の参考にはならない。そして、通貨当局が介入したのだから「円安ドル高は止まる」と考えるのは妥当ではないだろう。仮に、通貨価値への非合理な思い入れで、引締め政策を急いで通貨高を招くことになれば、日本経済にとって大きなリスクだと筆者は考えている。
FRBの利下げが始まるかどうかに依存
実際にドル高円安が転換するかどうかは、米国の経済活動やインフレが落ち着き、FRB(米連邦制度準備理事会)の利下げが始まるかどうかに依存する。9月会合までにFRBが利下げに踏み出すと筆者は予想しているが、5月15日に発表された4月CPIが落ち着いた伸びに戻りつつあることが示された。また、年初まで好調だった労働市場の調整が鮮明になる兆しが増える中で、個人消費の伸びも減速している。
パウエル議長は年内の利下げ開始を想定しているとみられるが、実際に9月会合までにFRBが利下げに踏み出す環境は整いつつある。こうした認識が夏場にかけて市場で強まる中で、円安は止まり年末までに円高に転じるだろう。筆者には、とても異様にみえる「円安を憂う声」は早晩消えていくのではないか。
(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)
<日本の通貨当局は2年ぶりに2~3回にわたり8~10兆円規模の円買い介入に踏み出したとみられる。その後、米金利上昇がとまり円高圧力が和らぐ中で、1ドル155円を軸に推移している。その意味を考える......>
4月22日当コラムでは、1ドル155円目前まで円安が進み為替介入が行われる可能性が高まっていると指摘した。また、円安は必ずしも「行き過ぎ」とは言えないとも述べた。この直後の、4月末の日銀金融政策決定会合後に、1ドル160円台まで円安が進み、ゴールデンウィークの休暇に入ると、日本の通貨当局は2年ぶりに2~3回にわたり8~10兆円規模の円買い介入に踏み出したとみられる。その後、米金利上昇がとまり円高圧力が和らぐ中で、1ドル155円を軸に推移している。
ドル高円安の動きは米国金利に連動しており、日米の金融政策の姿勢が保たれれば、円買い介入によってドル円の基調転換には至らない。あくまで投機的な値動きをスムージングするための当局の対応である。為替の大幅な変動は経済主体の投資や消費行動に影響を与え、政治的な対応も迫られて、2年ぶりの為替介入を余儀なくされたということである。
為替変動が経済に及ぼすポジティブ、ネガティブ効果
一方で、米国要因で円安が続いているが、企業経営者などからは「円安の悪影響が大きい」との見解が散見されるようになっている。為替変動により事業環境が不確実になり、輸入企業の負担も増える。また、円安により家計の実質所得が減少し、個人消費を抑制する一因になっている。
ただし、企業部門全体でみれば売上・利益を増やす効果があり、円安は企業利益の増加基調を支えている。企業利益の増加が賃上げをもたらし、インフレと賃上げの好循環を促す。デフレの完全克服を目指す過程にある日本経済にとって円安のプラスの効果は大きい。
また、日本は対外債権国であり、ドル高円安によって、円換算した外貨建て資産が増えるストック効果も大きい。外為特別会計に計上されている外貨建て資産が膨らんでいることが一例だが、保有する資産拡大は企業の支出行動を後押しする。
為替変動が経済に及ぼすポジティブ、ネガティブ効果がそれぞれあるわけで、経済全体にとって円安がどう影響するかが重要である。通貨安が経済全体に負の影響がより大きくなるとすれば、それは労働市場が完全雇用にあり、緩和的な政策対応がインフレを押し上げる場合である。日本の失業率は2.5%前後と安定しているが、1990年代前半までは日本の失業率は2%付近にあったことを踏まえると、完全雇用には依然至っていないと筆者は考えている(同様の認識を持っているから、日銀は3月にYCCを解除しながらも、なお金融緩和的な対応を続けているのだろう)。
日銀の金融政策を含めて円安への政策対応は概ね妥当
金融緩和の継続と円安進行は経済全体にとってプラスなのだから、仮に1ドル160円の円安でも、「行き過ぎている」とは言えないだろう。また、一部論者が声高に主張する、経済や通貨価値への信認の棄損で円安が進んでいる訳でもない。このため、緩和的な金融政策と整合的に円安を許容するのが望ましく、急激な変動にはスムージングの介入を行うことが望ましい対応だろう。これまでのところ、日銀の金融政策を含めて円安への政策対応は概ね妥当と筆者はみている。
先に紹介した「円安が行き過ぎている」との見解は、1970年代前半同様に円が割安になっていることを許容できないとの情緒的な思いがあるのだと考えられるが、投資判断の参考にはならない。そして、通貨当局が介入したのだから「円安ドル高は止まる」と考えるのは妥当ではないだろう。仮に、通貨価値への非合理な思い入れで、引締め政策を急いで通貨高を招くことになれば、日本経済にとって大きなリスクだと筆者は考えている。
FRBの利下げが始まるかどうかに依存
実際にドル高円安が転換するかどうかは、米国の経済活動やインフレが落ち着き、FRB(米連邦制度準備理事会)の利下げが始まるかどうかに依存する。9月会合までにFRBが利下げに踏み出すと筆者は予想しているが、5月15日に発表された4月CPIが落ち着いた伸びに戻りつつあることが示された。また、年初まで好調だった労働市場の調整が鮮明になる兆しが増える中で、個人消費の伸びも減速している。
パウエル議長は年内の利下げ開始を想定しているとみられるが、実際に9月会合までにFRBが利下げに踏み出す環境は整いつつある。こうした認識が夏場にかけて市場で強まる中で、円安は止まり年末までに円高に転じるだろう。筆者には、とても異様にみえる「円安を憂う声」は早晩消えていくのではないか。
(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)