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ADHD家族を支えるための4つの秘訣

ニューズウィーク日本版 2024年5月20日 12時50分

ペン&キム・ホルダネス(ポッドキャスト司会者)
<発達障害の家族を支える旅は長い航海と同じ。ゆったり構えて軌道修正を重ねていこう>

ペンとキムのホルダネス夫妻は、パロディー風の楽しい動画付きポッドキャストで人気を博している。話題は子育て(宿題の上手な手伝い方など)から笑える健康法まで多岐にわたるが、新著では深刻かつ切実なテーマに(でもユーモアたっぷりに)取り組んだ。題して『すごいぞ、ADHD』(未邦訳)。なぜ切実かと言えば、夫のペン自身がADHD(注意欠如多動症)と診断されているからだ。

ADHD患者の脳内でどんな化学反応が起きているかといった基礎知識から、患者と家族が毎日を明るく過ごすためのアドバイスまでを盛り込んだ本書だが、全体を眺めると互いを思い合う夫婦のラブレターのようでもある。以下の抜粋では、家庭内でADHD患者を支えるのに役立つ4つの秘訣に焦点を絞った。

◇ ◇ ◇

先日、私たちのポッドキャストにゲスト出演してくれた人が、父親から何度も聞かされたという船乗りの話を教えてくれた。

船で遠洋航海に出たとしよう。海図に従って正確に舵取りをすれば無事に目的地へ到達するが、方向が少しでもずれていたら、着くのは何キロも離れた別の場所になってしまう。そんな話だった。

ADHDの人がいる家庭の暮らしも、そんな長い船旅に似ている。小さな誤算や誤解が積み重なって、気が付いたら全く予想外の事態に陥っていて、途方に暮れてしまう人がたくさんいる。

でも、ご心配なく。今からでも遅くはない。正しい方向に舵を切ることはできる。大事なのは、何かトラブルがあっても、むきになって対応しないこと。むきになったら、あなたは果てしない「モグラたたき」の世界に落ちる。

キムと私には、今もイースター(復活祭)の晩に家族そろって伝統の「卵割り合戦」をやるという律儀な友人がいる。夕食が済んだら、テーブルを囲んだ全員がそれぞれ固ゆでの卵を持ち、隣の席の人と卵をぶつけ合う。割れたほうの人は負けで、最後まで割れなかった人が勝者となる。

では、勝つためのコツは何か。それは卵をふんわりと持ち、ぶつけたときの衝撃を手で吸収することだ。固く握っていると衝撃がダイレクトに卵に伝わり、殻が割れてしまう。

ADHDを患う人との接し方も、基本的にはこれと同じ。脱力系で、ふんわりと。そうでないと長くは付き合えない。

私たちは昔から、規律を守って努力を重ねれば報われると教えられてきた。でも、それは一般論。時には手綱を緩めて、ゆっくり歩くのもいい。でも、どうやって? 以下にそのヒントを紹介しよう。

子供たちと一緒に SEAN DRAKES/GETTY IMAGES

1. ひたすら「つながる」

コレクト(矯正する)なんて考えずに、コネクト(つながる)に徹しよう。身近にいるADHDの人を支えるには、これが一番だ。この点、妻のキムは最高だ。病気のせいで私が途方に暮れているときも、彼女は私の思いに優しく寄り添ってくれる。

私が締め切りに追われて混乱していても、寄りかかりすぎて椅子ごと後ろへ倒れてしまっても、キムは絶対に「スケジュールをちゃんと管理して」とか「背筋を伸ばして座って」とか言わない。ただ「わっ、最悪!」で済ましてくれる。そうやって最悪感を共有してくれるから、私の緊張や羞恥心は消えていく。それが「つながり」のパワーだ。

ここで注意点が1つ。彼女は私の気持ちとつながるだけで、私と一緒にうろたえたりはしない。私の代わりに責任を引き受けるわけでもない。問題を解決するのは、あくまでも私自身。それでも妻がいて、彼女が怒りもせずに気持ちを共有してくれるだけで、私はずっと楽になる。

精神科医エドワード・ハロウェルの名著『へんてこな贈り物──誤解されやすいあなたに』にも、「ADHDの治療では人とのつながりが唯一にして最も強力な癒やしになる」と書いてある。

それだけじゃない。人とつながるのにお金は要らない。資格も技術も要らない。誰にだってできる。最悪な状況でも、コレクトではなくコネクトに徹する。そうすれば世界はずっと生きやすくなる。

2. 相手の気持ちに共感する

誰かとつながるには、まず共感が必要だ。ある介護施設では、従業員に特殊なスーツを着させて高齢者の苦労を体験させている。動きにくいスーツを着て歩いてみた従業員は、加齢の影響を文字どおり肌で感じ取り、高齢者への対応がずっとよくなるという。素晴らしいじゃないか。

ADHD患者との生活をイメージするには、それを疑似体験してみるのが一番だ。試しに、次のシナリオにトライしてみよう。

●菜食オンリーでナッツやグルテン、卵にアレルギーのあるゲスト4人分の献立を頭で考えつつ、初めて訪れた家で乱痴気パーティーの後片付けをする即興芝居を演じる。使用済み紙コップを集めて床の掃除をし、酔いつぶれたゲストの世話をするのも忘れずに。

●バーベキュー用のグリルを組み立てつつ、野球をやったことのない人に野球のルールを説明する。

●長めのポッドキャストにテレビ番組、そしてオーディオブックを同時に再生して、全ての話を理解しようとする。

いかがだろう? ADHDの人はいつも、そんな感じで生きている。頭の中は大忙しで、それでも精いっぱい頑張っている。だから、怒ったりあきれたりしないでほしい。

ペンはピアノを弾くと落ち着くという COURTESY OF HOLDERNESS FAMILY PRODUCTIONS

3. 気持ちを楽に

キムとけんかするのは最悪だ。彼女のイライラを感じると私の脳は過敏になり、こちらもイラつく。そうなると家庭の雰囲気は悪くなり、私のADHDの症状もひどくなる。

私がADHDゆえの失敗をして、キムが(めったにないことだが)怒り出したりすると、私はうろたえ、一段と症状が悪化する。否定的なフィードバックは否定的な感情につながる。逆に、キムが私に過大な期待をせずリラックスしていれば、私も楽になり、ちゃんと期待に応えられる。

家族の誰もが私の要求に即座に、完璧に応えてくれたら最高だろう。でも家族は家族、高級ホテルの専属バトラーとは違う。ADHDの人がいる家庭で生じがちな緊張を和らげるには「やりすごす」のが一番だ。小さなことは気にしない。実際、キムは「やりすごし」の達人だ。

例えば、私がキッチンのカウンターにジムバッグを置きっ放しにしたとする。整頓好きのキムは不満なはずだが、私に食ってかかったりはしない。代わりに黙って私のバッグを部屋の隅に押しやる。そうすればカウンターが片付くから、キムは取りあえず満足する。あとは私が落ち着きを取り戻すのを待てばいい。

大事なのは、常にポジティブなメッセージを送ること。誰かに褒めてもらうと、私の気分は落ち着く。非難ではなく称賛。それを心がければ家庭生活はうまくいく。

4. 注文は具体的に

あなたの要求にADHDの人がきちんと応える可能性を高めるには、明るい口調で明確かつ具体的な指示を出すのが一番だ。

簡単そうに聞こえるが、実はこれが難しい。たいていの人は、自分が何かを求めれば答えが返ってくるのは当然と信じ切っているからだ。

でもADHD脳の人にとっては、漠然とした注文(これを片付けろ、あれはあなたの責任だ、今度は君の番だぞ、など)を聞いて、具体的な行動に移すのは難しい。ADHD患者には、明確な言葉による具体的な指示が必要だ。

児童の問題行動を専門とするスティーブン・カーツ博士の言を借りるなら、息子の野球道具が床に散らばっているのを見つけても、頭ごなしに「片付けなさいと何度言ったら分かるんだ!」と怒鳴ってはいけない。一呼吸おいて「散らかってるなあ。ほら、スパイクはベランダに置いてきて」と言い、それが済んだら「よく片付いたね。次は水筒を洗って」と、指示を小出しにするのがいい。

COURTESY OF HARPER HORIZON, AN IMPRINT OF HARPERCOLLINS FOCUS

とはいえ、他人がやるべきことを全て指示しなければならないというのも大変だ。そんな精神的負担は耐え難いと思われるかもしれない。

でも肝心なのは、相手を非難せず、やってほしいことを正確に伝えること。大きすぎない目標を設定すれば、ADHDの人がそれを達成する可能性が高まる。そうすれば安心し、自信もつく。

そうやって接していけば、ADHD患者との暮らしはずっと楽になるはずだ。適切なツールと情報、サポートがあれば、きっとクリエーティブで楽しい人生を送れる。

そう、実を言うと「すごい」のはADHDじゃない。すごいのはあなた、ADHDを受け入れたあなただ。

Adapted from adhd is awesome. © 2024 Penn and Kim Holderness. Published by Harper Horizon

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