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魔法の薬の「実験体」にされた子供たち...今も解決しない英「薬害エイズ事件」、なぜ日本と差がついた?

ニューズウィーク日本版 2024年5月21日 16時29分

木村正人
<血液製剤の実験に使われたイギリスの血友病の子供たち。民事訴訟で被告企業が責任を全面的に認め和解が成立した日本との違いとは?>

[ロンドン発]英国で1970~91年にかけ、汚染された血液製剤や輸血で3万人以上の人々がヒト免疫不全ウイルス(HIV)や肝炎に感染し、約3000人が死亡したNHS(国民保健サービス)史上最悪の医療災害で調査委員会は5月20日、5年にわたる調査の最終報告書を公表した。

最終報告書は「この医療災害は回避することが可能であり、回避されるべきだった。患者は故意に『容認できないリスク』にさらされた」と結論付けた。さらに英国政府、医師、NHSが感染を隠蔽しようとしたと非難した。

英南部ハンプシャー州の医療と教育を同時に行う施設「トレロアーズ」の血友病センターでは多くの出血性疾患の子供たちが治療を受けていた。70~80年代にかけ、このセンターの子供たちはほぼ全員がHIVや肝炎に感染し、生き残ったのは122人のうち約30人に過ぎない。

出血性疾患の子供たちが集まったトレロアーズは「さまざまな種類の治療に関する広範な臨床試験の機会と施設を提供できる英国で唯一の施設」と呼ばれるようになった。子供たちは十分なインフォームド・コンセント(説明と同意)がないまま血液製剤の実験材料に使われた。

「魔法の薬」と呼ばれた濃縮凝固因子製剤

特定の製品の使用を求める家庭医の要望を無視し、異なる製品や同じ製品の異なるロットの大量の血液製剤が子供たちに投与された。79年に1種類の製品しか投与されなかった子供は1人だけだった。血液や血液製剤を介してウイルスに感染する危険性があることはよく知られていた。

トレロアーズを生き延びた子供は75年ごろ、何人もが黄疸で黄色くなったのを覚えている。80年代になって後天性免疫不全症候群(エイズ)が血液を介して感染する危険性が明らかになった。エイズに関する報道が始まると図書館から新聞が隠された。

85年には子供37人がHIVに感染していた。

悲劇はトレロアーズにとどまらない。自分や愛する人を助けるはずだった輸血や血液製剤が多くの人生を破壊した。「私たちや私たちの愛する人たちが苦しまなければならなかった本当の痛みや苦悩を一般の人たちが目にすることは決してないだろう」(証言者ピート・バーニー氏)

新たに開発された濃縮凝固因子製剤による治療は「天の恵み」と血友病患者は考えた。感染リスクについて何も知らされず、血友病の子供たちは外に出て遊べるようになる「魔法の薬」を喜んだ。凝固因子の投与で出血が止まると関節の痛みが消え、動き回れるようになる。

面子を保ち、経費を節約するため多くの真実が隠蔽された

しかしウイルスを不活化する加熱処理は施されていなかった。濃縮凝固因子製剤を投与される人や、子供の場合は両親に医師から非加熱製剤の感染リスクが伝えられることはなかった。医師のアドバイスの重点は濃縮凝固因子製剤の有益性に置かれた。

母親の1人は「投与に内在するいかなるリスクも知らされなかった。娘は『ちょっと刺すだけでよくなる』と書かれたミッフィー(ウサギの女の子のキャラクター。日本では、うさこちゃんの名で知られる)のような絵本を見つけたと話していたのを覚えている」と証言している。

最終報告書を受け、英下院でリシ・スナク首相は「わが国にとって恥ずべき日だ。本日の報告書は私たちの国民生活の中心における数十年にわたる道徳的失敗を示している。NHS、官僚、歴代政府の閣僚まで。被害者を研究対象にすることさえ許した」と謝罪した。

最終報告書をまとめたブライアン・ラングスタッフ卿は「隠蔽工作はあった。一握りの人間が組織的な陰謀を企て誤解を招いたという意味ではなく、もっと微妙で、広範で、冷ややかな意味合いを持っていた」という。面子を保ち、経費を節約するため、多くの真実が隠蔽された。

日本と英国の差はどこから来るのか

英紙の報道では被害者への補償は100億ポンド(約3兆円)にのぼると推定される。スナク首相の謝罪は虚しく響く。被害救済が遅々として進まないのは、富士通がポストオフィスに納入した勘定系システムの欠陥で民間委託郵便局長ら736人が冤罪に陥れられた事件と同じである。

日本でも厚生省が承認した非加熱製剤にHIVが混入していたため、80年代前半に血友病患者の3割に当たる約1400人がHIVに感染した。検察の捜査が入り、96年には民事訴訟で被告企業が責任を全面的に認め和解が成立している。日本と英国の差はどこから来るのか。

階級社会が残る英国では司法は弱者のために機能しない。高額報酬の優秀な弁護士を雇える企業や富裕層が法廷では圧倒的に有利だ。弱者は泣き寝入りするしかない。かつて「揺りかごから墓場まで」の福祉国家モデルとして称賛されたNHSは神でもあり、悪魔でもある。

被害者の1人は「国民に対する国家の最もひどい職務怠慢だ。政府は私たちを致命的な感染症にかかりやすくした。私たちはウイルスとの闘いだけでなく、政府との闘いも繰り広げてきた。意味のない謝罪にはうんざりだ。何を言ったかではなく、何をしたかが問題だ」という。

英国は日常生活でも政治でも公然とウソがまかり通る。正直者は損をする社会だから、自分の非は絶対に認めない。非を認めたら最後、解雇されたり、賠償を求められたりする。しかし司法の機能不全と「否定の文化」は間違いなく英国社会を衰退させている。


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