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「現代のネロ帝」...モディの圧力でインドのジャーナリズムは風前の灯火に

ニューズウィーク日本版 2024年5月23日 14時45分

アムリタ・シン(キャラバン誌編集者、ジャーナリスト)
<モディ首相の強権的な手法によって、批判的な報道が抑え込まれ、インドの主流メディアは政権の広報機関と化しつつある。「世界最大の民主主義国」に迫る暗雲>

「インドのような民主主義が前進できるのは、監視機能が作用しているからこそだ」

4月に総選挙の投票が始まる直前、インドのナレンドラ・モディ首相はニューズウィークのインタビューでこう述べた。「この点でインドのメディアは重要な役割を果たしている」し、「インドで報道の自由が損なわれているとの主張」は「疑わしい」とも語った。

記事はインタビューというより、モディのプレスリリースに近い。まずマニプール州の紛争には一言も触れていない。昨年5月以来、同州では部族間の紛争が激化し200人超の死者が出ているが、モディ政権は事態を沈静化できていない。

また、イスラム教徒が多数派のジャム・カシミール州についてモディは明るい見方を示したが、政権がこの地域で市民の自由を抑圧していることは広く知られている。

イスラム教徒への暴力がたびたび報告されているのに、宗教的少数派は「幸福に暮らし繁栄している」とモディは述べ、取材班も異議を唱えなかった。

10年来、モディと記者のやりとりは変わらない。メディアは首相の言うなりで、彼が報道を通じて「繁栄著しい民主主義国家の指導者」のイメージを打ち出すのを静観する。

野党が弱く、モディがトップダウン型の情報伝達を好むことから、彼が国民の前で責任を問われる機会はこうしたインタビュー以外にない。

それでも記者は無批判な姿勢を取る。重要な問題には切り込まずにモディとその政策を賛美し、攻撃的な愛国心をあおる。インド事情に詳しくない人はモディの言葉こそが真実で、彼は常に国益を最優先に考えているという印象を受けるだろう。

地盤を守りヒンドゥー国家を築くというヒンドゥー教右派の目標にかなうメディアのみが望ましいとの見方を、モディはあらわにしてきた。

タイムズ・ナウやリパブリックTVといった主流メディアはそんなモディに迎合し、政権に疑問を呈するジャーナリストは弾圧される。プロパガンダが奨励され、本物のジャーナリズムが悪者扱いされるのは、民主主義にとって憂慮すべき傾向だ。

ベテランジャーナリストのカラン・タパルは2007年にニュース専門局CNN-IBN(現CNN-ニュース18)でモディを取材した際、まず02年にグジャラート州で起きた反イスラム暴動について尋ねた。

当時同州の首相だったモディがイスラム教徒の虐殺に遺憾の意を示さなかった理由を問い、蛮行に目をつぶった彼を最高裁判所が「現代のネロ皇帝」と呼んだことに触れた。するとモディは、全国放送のインタビューを4分で打ち切った。

この一件の余波をタパルは回想録につづっている。14年の総選挙を前に首相候補のモディにメディア対応を学ばせようと、参謀はこのインタビュー映像を30回も見せたという。そして、モディの首相就任と同時に与党インド人民党(BJP)はタパルを冷遇するようになった。

インド最大の富豪アンバニ(写真右)と抱擁を交わすモディ首相(11年1月) AMIT DAVEーREUTERS

政府の失態は基本的にスルー

モディが会見を開き、記者に質問の機会を与えたことは一度もない。国民に語りかけるときは、SNSや自身のラジオ番組『マン・キ・バート(心からの会話)』を使う。インド経営大学院ロータク校が昨年実施した調査によれば、番組には2億3000万人のリスナーがいる。

メディアにはモディに迎合する下地があった。インドでは媒体の多くが、政府の機嫌取りに腐心する企業や政府の広告に支えられている。

この傾向がますます顕著になっているのがテレビだ。インド一の資産家ムケシュ・アンバニは、インド版のCNBCやCNNを運営するメディア大手「ネットワーク18」を所有する。

モディに近いとされる富豪ゴータム・アダニは昨年正式に、モディのヒンドゥー至上主義に屈しない唯一のニュース専門局とされていたNDTVの支配株主となった。

モディ政権は特に電気通信分野でアンバニに便宜を図ったとして批判されている。不正取引を疑われたアダニを擁護したと非難されたこともある。現在彼らのメディアは、おおむね政府と歩調を合わせている。

こうした主流メディアは政府の失態をまともに取り上げない。例えば専門家がインドは中国との国境紛争で領土を奪われたと指摘しても政権は否定し、大半のメディアがその言い分を無条件で支持する。

20年6月にはインドの兵士20人が武力衝突で死亡したが、ニュース専門局アージ・タクのキャスター、スウェタ・シンは「国境を守るのは政府ではなく軍隊の務めだ」と言い放った。

昨年アメリカの投資調査会社ヒンデンバーグ・リサーチがアダニ・グループの「恥知らずな株価操作と不正会計」を糾弾した際も、テレビはアダニと政権の癒着を追及するどころか、彼を擁護した。

アージ・タクのキャスター、スディール・チョーデリは「これはアダニではなく、モディ首相を標的とした陰謀ではないのか」とまで述べた。

「報道の自由度」は159位

18年、政権は企業が「選挙債」を購入し匿名で政党に献金を行うことを許可すると通達。

選挙管理委員会が今年3月、選挙債システムから最も利益を得たのがBJPだったことを示すと、最大野党インド国民会議派(INC)のジャイラム・ラメシュ議員は「インド独立以来最大の詐欺」と非難したが、夜のニュースではほとんど報じられなかった。

主流メディアは政権を批判する者を、国益に反する悪者に仕立て上げる。20年に農業従事者が農業関連新法に抗議する大規模デモを行うと、複数のメディアが彼らを「分離主義者」扱いした。

主流メディアの真実隠蔽を補完するのが、批判的なジャーナリストへの締め付けだ。非合法活動防止法(UAPA)のような強権的反テロ法の影響もあり、14~23年の間に36人のジャーナリストが逮捕された。ニュースクリックのような独立系メディアの家宅捜索も行われている。

特にカシミールの状況は深刻で、多くのジャーナリストが警察から無差別に呼び出され、尋問されている。昨年は複数のカシミール人ジャーナリストのパスポートが停止された。

インドで働く外国人ジャーナリストも、敵対的な環境にさらされていると訴える。オーストラリアABCのアバニ・ディアスは最近、自分の報道が「一線を越えた」と政府から言われ、突然インドを去らなければならなかったと語った。

英BBCが02年のグジャラート暴動におけるモディの役割について辛辣なドキュメンタリーを制作すると、当局はBBCのインド支局を家宅捜索した。

モディ政権は多くの政府監視機関を実質的に乗っ取り、誰にでも恣意的に罰則を科せる法律を導入した。21年にはIT(仲介者ガイドライン・デジタルメディア倫理規定)規則が制定され、政府に強力なデジタルメディア管理権限が与えられた。

私が所属するキャラバン誌は同年、閣僚グループの会合や「有力者」との協議を基に作成された政府報告書の記事を掲載した。この報告書には、独立系ジャーナリズムらしい報道がまだ残っているデジタルメディアをコントロールするため、会議で検討された提言のリストが含まれていた。

協議の中で、ムクタル・アッバス・ナクビ少数民族問題担当相(当時)は「事実に基づかず政府に不利な記事を書いたり、フェイクニュースを流したりする連中を無力化したい」と発言。

この協議から生まれた「行動指針」の1つは、迅速な対応ができるように「政府の信用を落とすネガティブなインフルエンサー」を常に監視するというものだった。

政府の「フェイクニュース」の定義は、本来の語義とは正反対に見える。報告書からは、信頼性の高いオルトニュースなどのニュースサイトを抑え込み、ジャーナリズムを装った政府寄りの宗教団体系プロパガンダサイトのオプインディアを後押ししたい意向が感じられる。

政府の報道情報局も19年にファクトチェック部門を設立した。表向きの目的は政府の政策に関するフェイクニュースの規制だが、実際には政府に批判的な報道を根拠も示さずに否定するケースが目立つ。

新しい農業法に抗議する農民のデモ隊(20年12月、ムンバイ) IMTIYAZ SHAIKHーANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES

ジャーナリストの役割に対する政府の考えは、一般市民にも浸透しているようだ。独立系ジャーナリストは自分の仕事をするだけで、しばしば「反国家的」などのレッテルを貼られ、非難にさらされる。

特に2期目のモディ政権では、ジャーナリストに対する市民の自警団的攻撃が見られるようになった。宗教対立を取材するジャーナリストが、怒った暴徒に脅されたり殴られたりした例が少なくとも数件ある。

アダニの件を報道したジャーナリストのパランジョイ・グハ・タクルタは、モディは政府批判を歓迎する発言を何度かしているが、「やっていることは正反対」だとフォーリン・ポリシー誌に語った。

国境なき記者団が発表する報道の自由度ランキングで、インドの順位は14年~24年の間に140位から159位に後退した。

政府はどうすれば順位を上げられるかを検討する委員会を20年に立ち上げたが、インドの順位は「現地の実情に即しておらず」、「欧米の偏見」の産物というのが同委員会の結論だった。「モディと支持者のこの態度は、インドにとって良くないと私は考える」と、タクルタは付け加えた。

ジャーナリズムは存続の危機

私がジャーナリストとしてのキャリアをスタートさせた約6年前と比べても、仕事をすることで狙われる可能性が高まっていると感じる。キャラバンの同僚が殴られた事件が2度あり、1度は警察にだった。

21年初めには農業法に対する大規模な抗議デモを積極的に報道した後、キャラバンのツイッターアカウントが数時間アクセス不可になり、同僚の編集者は他のインド人ジャーナリストと共に扇動罪で告発された。

政府は今年2月、軍が尋問中にカシミール人を拷問・殺害した問題に関するキャラバンの詳細な記事に新たなIT規則を適用し、記事の削除を強要した。

だがインディアン・エクスプレス紙は4月、この尋問中に「将校を含む7~8人の行為に重大な過失があった」ことが軍の内部調査で判明したと報じている。

モディが今回の総選挙に勝って首相続投となった場合、報道機関への攻撃が増えないと思える理由はどこにもない。この業界はただでさえ低賃金で仕事も少なく、上流階級やエリートに忖度しているとして評判が悪い。

「独立した声」を攻撃の標的にする現在の傾向が続けば、ジャーナリズムという職業の存続可能性はさらに低下しかねない。

過去10年間、メディアの自由が損なわれたことはない──モディが堂々とそう語っても、疑問の声は上がらない。だから、インドに宗教差別はないとニューズウィークに語ったわずか数週間後、選挙集会の演説でイスラム教徒に「侵入者」のレッテルを貼ることができたのだろう。

マニプールの部族衝突、中国との国境紛争、選挙債などの問題は、健全な民主国家で報道機関がその役割を果たせば、国政選挙を左右する争点になり得る。だが大半のジャーナリストが権力に真実を突き付けなければ、こうした問題が有権者の関心を引く可能性は低い。

From Foreign Policy Magazine

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