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ボブ・マーリー伝記映画のグリーン監督が大切にした「ボブのスピリチュアリティ」

ニューズウィーク日本版 2024年5月24日 11時9分

大橋希(本誌記者)
<「レゲエの神様」の伝記映画『ボブ・マーリー:ONE LOVE』を、家族の全面的な協力を得て完成させたレイナルド・マーカス・グリーン監督に聞く>

カリブ海の島国ジャマイカで生まれたレゲエ音楽を世界に広め、「レゲエの神様」と言われるボブ・マーリー。1981年に36歳で夭逝した彼の波乱に満ちた生涯を描いた映画『ボブ・マーリー:ONE LOVE』が日本公開中だ。

舞台は70年代の、二大政党の対立に揺れるジャマイカ。ボブもその争いに巻き込まれて銃撃による傷を負い、やがて海外に逃れることを余儀なくされたが、その中でも音楽を通して平和を訴え続けた。

ボブの家族(妻リタ、息子ジギー、娘セデラ)がプロデューサーとして参加し、彼らの指名で監督を務めたのがレイナルド・マーカス・グリーンだ(グリーンは21年、テニス界のレジェンドであるウィリアムズ姉妹と父の物語『ドリームプラン』を発表している)。

映画は複雑な生い立ち、妻リタとの愛、ラスタファリ運動、音楽といったさまざまな要素から、ボブ・マーリーという人間を立体的に描いていく。多くの観客はその人物像をあらためて知ると同時に、彼の歌が長く愛されている理由を理解するだろう。

レイナルド・マーカス・グリーン監督に、本誌・大橋希が話を聞いた。

◇ ◇ ◇

――制作過程で「出会った全ての人に、それぞれのボブ・マーリーの物語があった」そうだが、あなた自身のこれまでのボブ・マーリー体験は?

父親が家でよくボブの曲を流していたので、彼の音楽はだいたい知っていた。Tシャツやポスターになった彼もあらゆる場所で見かけた。でも人物については正直よく知らなかった。

ボブ・マーリーに関する本は世界中で500冊以上書かれているという。そんな彼が、実際はどんな人だったのかを明らかにするのは、映画監督としてとてもエキサイティングなことだった。そして、とても重要だったのがボブの家族の協力だ。彼らが実際に父親と過ごした記憶に忠実に描きたかったから。

ボブの音楽やアイコン的イメージを知っていても、それは表面的な理解だ。私たちがやりたかったのは、それをできるだけ掘り下げていくことだった。

レイナルド・マーカス・グリーン監督

©2024 PARAMOUNT PICTURES

――家族がプロデューサーとして参加したのは支えになったと思うが、反対にプレッシャーを感じたりはしなかったか。

自分は意外と頑固なところがあって、許可をもらってからやり始めるのではなく、自分の道を突き進んで、もし失礼があったら後から謝るようなタイプ(笑)。もちろん人の話はよく聞くが、自分がどう動けばいいかはよく分かっているつもりだ。

幸いにも、私はウィリアムズ姉妹の映画『ドリームプラン』で、「自分の親についての映画を作ろうとしている家族」と話し合い、共同作業をするという経験をした。

そのとき経験から、物語を「映画という言語」で伝えるのが私の役目だと理解していた。それは今回とても役に立った。私は常に映画の視点から語り、「家族」ではなく「映画」が何を必要としているのかを考えた。そうすれば、たとえ相手と議論になりそうな状況が出てきても助けになる。でも、とにかく協力的な家族たちだったのでありがたかった。

――ボブはレゲエ界や音楽界だけではなく、広くカルチャーアイコンとして愛されている。その理由は何だと思うか。

難しい質問だけど、とにかく彼は見た目や歌い方、しゃべり方、動きまで、彼は何もかもが唯一無二のレジェンド。同時に、彼が体現しているのは、ユニークなアンダードッグの物語だ。

(首都キングストンの)トレンチタウンという貧困地区で生まれ育ち、一時は母親と父親の両方に捨てられて、ホームレスだったこともある。そこから這い上がって高みに上りつめたところもみんなが心引かれたり、憧れたりする部分だろう。そして、アイコンであり伝説であると同時に、私たちと変わらない人間らしさを持ち合わせているのも共感できる点だと思う。

――この映画には夫婦の愛、ボブの複雑な生い立ち、ジャマイカの人々のルーツ、音楽の話などいろいろな側面がある。それぞれの物語のバランスの取り方は難しくなかったか。

それらを調和させ、散漫にならないようにするため時間軸を絞り込み、舞台を1976~78年の3年間にした。銃撃事件で殺されかけ、家族と離れ離れで暮らし、『エクソダス』という名盤を作り、それによって欧米で一気に知名度が上がって世界的スターになり、癌の宣告をされ......と彼の人生が激変する最もドラマチックな時代だ。

もう1つの大切な要素がスピリチュアリティ(精神性)。それはボブにとってすごく大切なものだった。スピリチュアリティの映像化ほど難しいものはないが、いろいろ試行錯誤した結果、ボブが「ビジョン」を見たという家族の証言も受けて、焼け野原から逃げる場面を作った。あのようなメタファーで、彼の中にあった精神性を表現しようとした。

©2024 PARAMOUNT PICTURES

――個人的に共感できる、印象的な場面は?

好きなシーンはたくさんあるが、一つはリタと喧嘩した後に寝室で「ターン・ユア・ライツ・ダウン・ロウ」という曲を、アコースティックギターで彼女に歌って聴かせるところ。非常に親密で、2人の絆の強さが伝わってくるし、それぞれを演じたキングズリー(・ベンアディル)とラシャーナ(・リンチ)のケミストリーが感じられる素晴らしいシーンだ。

もう一つは、家族とたき火を囲んで「レデンプション・ソング」を歌うところ。こうやって次の世代やその次の世代にメッセージや精神が受け継がれていく、バトンが渡されていくんだなと感じさせてくれる場面だ。この2つが特に強く印象に残っている。

――この映画はずっと以前の物語を描いているが、今の時代へのメッセージも感じられる。

今も戦争が絶えない世界では、確かにこの映画はタイムリーなものではあるかもしれない。ただ私はタイムレスな、つまり時代を超えた作品にしたかった。いつ聞いても、その時代に当てはまるメッセージを発しているボブの歌がそうであるように。

例えば、自分の大好きな映画であるスパイク・リー監督の『ドゥ・ザ・ライト・シング』は当時の社会問題を取り上げているが、今の時代にも当てはまるメッセージが含まれている。素晴らしい映画や音楽には、そうしたタイムレスなところがある。今回の映画もこれからいろいろな人が何度見ても、いつ見てもタイムリーだと感じてもらえるようになったらうれしい。

©2024 PARAMOUNT PICTURES

映画『ボブ・マーリー:ONE LOVE』30秒予告〈ワンラヴ編〉|5月17日(金)全国ロードショー



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