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ハーバード大学准教授が語る「メンタル危機」になる前のセルフケア...認知療法で使われる技術とは?

ニューズウィーク日本版 2024年5月30日 11時13分

flier編集部
<小児精神科医でハーバード大学准教授でもある内田舞さんにインタビュー。自分の感情を見つめ直す「モニタリング」の技術>

ネガティブな感情に振り回されたくない。メンタル危機に陥ることなく、ラクな気持ちで生きるには? こんな願いをもつ方に向けて、よりよく過ごすためのセルフケアを教えてくれるのが『まいにちメンタル危機の処方箋』(大和書房)です。

著者の内田舞さんは、小児精神科医でありながらハーバード大准教授でもあります。いま抱いている感情が正しいのかを客観的に見つめ直す「モニタリング」とは何なのか? 差別と分断を乗り越えるための活動を続ける内田さんの原動力についてもお聞きします。(※この記事は、本の要約サービス「flier(フライヤー)」からの転載です)

執筆の背景にあったのは「ソーシャルジャスティス」への願い

──『まいにちメンタル危機の処方箋』を執筆された背景は何でしたか。

認知療法の1つである「再評価」を、日常生活でも実践していただきたいという思いからです。

初の単著『ソーシャルジャスティス』の取材でよく興味をもたれた内容が「再評価」に関するものでした。再評価とは、いま抱いている感情が本当に正しいのかを客観的に見つめ直し、心の平穏を取り戻す方法のこと。分断において攻撃される立場になってしまったシーンや、攻撃したくなってしまったシーンで、「いったん立ち止まって、感情を見つめ直すと結果が変わってくる」と伝えるために紹介しました。

再評価の考え方にふれるのは、メンタルの危機が続いた後が多いのが現状ですが、この考え方を普段から取り入れると、個人のメンタルヘルスも、社会の雰囲気ももっと良くなると考えたのです。『まいにちメンタル危機の処方箋』では、「再評価」を、堅苦しくないように「モニタリング」と表しています。

私の心のコアになっているコンセプトは、「ソーシャルジャスティス(社会正義)」。多くの人が幸せに生きられる世の中を見たいという願いがあります。それを叶えるためには、デモや政策提言などの方法もあります。ただ、自分の感情に向き合うことは、誰でもすぐに取り組める。自分が何を感じているのか、その背景に何があるのかと自問するなかで、「ここは悩まなくていい」「ここは間違った認識をしていたな」と気づくことができます。

こうした効果をもつモニタリングを、臨床から離れた日々の生活でも使っていただきたいと思い、本書を執筆しました。

『まいにちメンタル危機の処方箋』
 著者:内田舞
 出版社:大和書房
 要約を読む

自分の本当の感情に気づくための「ラジカルアクセプタンス」

──モニタリングにおいて、特に意識することが大事な点は何ですか。

モニタリングは4つのステップから成り立っています。(1)自分の感情に気づく、(2)感情を言葉にする、(3)感情の背景を分析する、(4)行動する、です。

なかでも大事なのが、「自分の感情に気づく」ステップで、湧き上がってきた感情を否定しないこと。人は怒りや嫉妬など、誰かに知られると恥ずかしい感情を否定してしまう。そして現状を正当化するために、色々な理由をつくり出してしまいます。

そんなとき、良し悪しのジャッジをせず、フラットに「こういう感情が湧き上がってきた」という事実を認識すると、本当の感情をキャッチしやすくなります。これが「ラジカルアクセプタンス」です。

「受け入れること=相手を許すこと」ではありません。誰かに知られると恥ずかしい感情を抱いてもいいんだよと、自分に許可を与えてあげる。そんなイメージなら、感情を受け入れやすくなるはずです。

モニタリングしたうえで「これは怒ったほうがいいな」と判断したら、「怒る」というアクションをとってもいいんです。感情に流されずに、その感情に気づいたうえでの行動なら、納得感をもてるし、表現方法も変わってくる。モニタリングは、ネガティブな感情をなくすための方法ではなくて、自分の本当の感情と向き合うための方法なんですよね。

小児精神科医、ハーバード大学医学部准教授の内田舞氏(本人提供)

──自分の抱いている感情に気づけないときには、どう対処するとよいでしょうか。

1つは、自分の中にある感情を書き出すことです。頭の中で考えているだけだと堂々巡りになりがち。ですが、思いを書き出してみると、「こういう風に考えていたんだ」「この感情はこんな価値観につながっていたのか」などと、連想ゲームのように整理され、自己理解につながっていきます。

まずはモヤモヤを紙に書き出し、その感情に名前をつけていくと、モヤモヤの正体が見えてくる。感情は複雑なものなので言語化が難しいですが、イメージしやすい形で書き出すとよいでしょう。

2つ目の対処法は、身体の感覚を観察することです。胸が締めつけられているとか、筋肉がこわばっているとか。身体の感覚に気づくと、「いま私は、本当はつらく感じているのでは?」などと、感情に目を向けやすくなります。

「自尊心とオーナーシップ」がメンタルヘルスを支える土台に

──内田さんは「自尊心とオーナーシップ」の大切さについても書いていました。その中身について改めて紹介していただけますか。

モニタリングのステップやセルフケアの方法を知ることも大事ですが、それを実行する自分自身のコアマッスルを鍛えることも大事です。そのコアマッスルが「自尊心とオーナーシップ」で、この2つがメンタルヘルスに影響します。

自尊心は「ありのままの自分をリスペクトする気持ち」。自尊心が育っていれば、あまり認めたくない感情を受け入れることができます。一方、「オーナーシップ」とは「自分が何を選択するかは自分が決める」という姿勢のこと。選択とその結果を、自分のものとして所有するイメージです。

「一生懸命考えてこういう選択をしたんだ」と思えていれば、その結果が期待と違っても受け入れられるんですよね。意思決定の多くは、経済や社会状況などの外的要因が絡むものですが、自分がコントロールできる範囲とそうでない範囲に気づきやすくなります。

たとえば、ある場面で被害者になったとします。加害者が被害者をコントロールして、被害者を孤立させたり「自分の感じ方が変なのか」と思わせたりするかもしれません。そんな状況に陥ることを「ガスライティング」といいます。こんな場面でも、オーナーシップがあると、「この選択でいいんだ」と自分にOKを出しやすくなり、結果的に相手にもよい方向に働きかけができると思うんです。

身近な他者に「オーナーシップ」を感じられる機会をつくる

──オーナーシップは子どもの頃から自分の提案が受け入れられる経験を通じて育っていく、と本書にありました。大人になってからもオーナーシップを育てるために何ができるでしょうか。

日本では、少なくともアメリカで過ごしているときよりも、オーナーシップを感じられる機会が少ないのが現状です。「こういうシーンではNOと言っていい」という判断を学べる機会も少ないし、「NOと言っても何も変わらない」と、諦めが生まれていることもあります。

そんな状況下でも、オーナーシップを育てる方法は2つあります。1つは、自分に適切なオーナーシップが与えられていないのなら、その分、身近な他者にオーナーシップを感じさせる機会をつくること。自分が不満を感じたことは、子どもや部下など次世代の人がなるべく感じなくて済むよう働きかけていく。それは、たとえ小さなアクションでも、社会の雰囲気を変えていく一歩になります。「私には(人に働きかけて)コントロールできる部分がある」と実感できますし、めぐりめぐって自分自身にもよいものが返ってくると思います。

2つめは、ちょっとしたことでいいので自分の考えを伝えること。たとえばレストランで注文したものが間違っていたら、相手へのリスペクトをもって「すみません、頼んだものと違うようで交換していただけますか」などと伝えてみる。こんなふうにハードルが低いところから始めれば、意見が受け入れられたと思えるし、「闘争か逃走か」といった両極端ではない選択の可能性に気づけるはずです。

「分断の向こう側」に手を差し伸べようと思える原動力とは?

──内田さんは、研究テーマである「再評価」の重要性や「差別と分断を乗り越えるための方法」について、幅広く講演や発信をしています。内田さんがこうした活動を続けている原動力は何でしょうか。

根っこには生まれもったものがあると思います。子どもの頃から、誰かがアンフェアな状況にあると気になって仕方なくて。いじめられっこがいたら一緒に遊ぼうと誘っていたし、目の前でいじめが起きていたら止めに入っていました。

ただ、人は嫌な気持ちが続いていると、他者に優しくできないんですよね。日本に住んでいた当時は、フェミニズムに関する問題提起をしていましたが、批判されて嫌な思いをすることも多く、余裕をあまり持てなかった。もちろんアメリカでもジェンダーの問題はあるものの、私がいま、分断を超えるような会話ができているのは、日本を出て、総合的に女性として蔑ろに扱われたと思う体験をすることが日本にいた時と比べるとずっと少ない環境にいることも大きいと思います。

そのうえで、分断の向こう側に手を差し伸べようという活動に大きな影響を与えている経験は2つあります。

1つは、子育てです。3人息子がいますが、思い通りにいかないことの連続。一人ひとり視点も幸せの感じ方も違います。一家の中で彼らの多様性をマネジメントしつつ、自分とは違う感覚に出合い、すばらしいなと感動する機会に恵まれています。

2つめは、メンタルに苦しむお子さんを抱える親御さんと、医師として接する機会です。毎日たくさんのご家庭の親御さんとお話をして、その頑張りや苦しみを聞いています。例えば、その中でお子さんに薬を処方する際には、その科学的な背景や、効果が出る場合とそうでない場合があるという点を説明するのですが、親御さんの不安は手に取るようにわかります。何が一番よいか言い切れない状況でも、一緒に選択して、その後の結果に応じて調整していこうと一緒に歩んでいく。そのプロセスを通じて、さまざまな価値観にふれられ、人間の理解につながっています。

こうした子育てと、親御さんたちとの対話を通じて、分断の反対側にいるような、正反対の人たちの感じ方にも思いを馳せる姿勢を培ってきたと思います。

『スラムダンク』が、私の人生を変えた

──内田さんの人生観やキャリアに影響を与えた本は何でしたか。

まず紹介したいのが『1945年のクリスマス』。日本国憲法に女性の権利を記載してくれたユダヤ系アメリカ人、ベアテ・シロタ・ゴードンによる自伝です。この本については私の著書『ソ―シャルジャスティス』(文春新書)の中でも紹介しました。

彼女が日本国憲法草案作成チームに選ばれたのは22歳のとき。ウィーンで生まれ日本で育った彼女は、日本文化を深く理解していました。ベアテは、日本の女性が幸せになるためには男女平等が大事だと考え、女性と家庭の条文を書いたそうです。憲法に女性の権利を具体的に書いていれば、民法でも無視することはまずできない。官僚の大半が男性で、その多くが保守的だからこそ、「私がこの条文に女性の権利を盛り込むしかない」と──。そんな彼女の決断には心に響くものがありました。

私の人生を変えた一番の本は、漫画の『スラムダンク』。主人公である桜木花道の常に自分を信じる姿や、バスケットへの愛が育っていくところが大好きなんです。特に好きな登場人物は仙道彰。優しくて、静かな自信をもってやるべきことをやる。それをひけらかすことはなく、仲間の力を活かしていく。そんな静かなリーダーシップの体現者です。

スラムダンクには悪者が一人もいません。対立がある中でも、どの登場人物にも魅力があり、彼らを応援したくなる。仲間とともに目標をめざす姿に惹かれるし、何度読んでも心揺さぶられる漫画です。

クラシック音楽コメディ『のだめカンタービレ』も大好きな漫画です。20代の頃、この漫画の影響から、イェール大学音楽院で学生が演奏するコンサートを毎週観にいくようになりました。私の夫はチェリストなのですが、そのコンサートで彼を知りました。この漫画がなければ結婚していないでしょう。「人生を変えてくれてありがとう」と思える一冊です。

大好きな漫画にも、「この女性の描かれ方はどうだろうか」と問題に感じる点はあります。それでも、その漫画への愛は変わらないし、「好きなものなら全部好きでないといけないわけでもない」「問題点を認識したうえで何かを大好きで居続けることもできる」「大好きなものにも課題を感じてもいい」。そのことを子どもたちにも伝えていきたいですね。

内田舞(うちだ まい)

小児精神科医、ハーバード大学医学部准教授、マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長、3児の母。2007年北海道大学医学部卒、2011年イェール大学精神科研修修了、2013年ハーバード大学・マサチューセッツ総合病院小児精神科研修終了。日本の医学部在学中に、米国医師国家試験に合格、研修医として採用され、日本の医学部卒業者として史上最年少の米国臨床医となった。

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