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「天国に一番近い島」で起きた暴動、フランスがニューカレドニアを是が非でも手放せない理由

ニューズウィーク日本版 2024年5月28日 16時30分

リシ・アイエンガー
<マクロンが死守を目指し、中国が取り込みを画策する...南太平洋に浮かぶ小さな島の動向は、鉱物資源を巡る争奪戦でもある>

南太平洋に浮かぶ仏領の小さな島ニューカレドニアで5月13日以降、激しい暴動が続いている。各地で暴徒が道路を封鎖。空港も閉鎖された。

略奪、放火が相次ぎ、死者も出る騒ぎとなり、エマニュエル・マクロン仏大統領は非常事態宣言を発令。事態沈静化のため23日に現地入りした。

この島は1853年以降フランスの支配下にある。先住民のカナックらを中心に独立の動きが以前からあり、最近では2021年にその是非を問う住民投票が行われたが、独立派がボイコットしフランス残留が決まった。

今回の暴動の発端は仏議会がこの島の選挙のルールを変える憲法改正案を可決したこと。改定により先住民の1票の重みが減るとして独立派の不満が爆発したのだ。

空港閉鎖で島を訪れていた大勢の外国人観光客は足止めを食らった。島に近いオーストラリアとニュージーランドは自国民を脱出させるためフライトの再開を要請。両国や仏政府が特別機を用意し外国人を退避させた。

暴動の影響を真っ先に受けたのはニッケル相場だ。低迷していた価格が急騰。過去9カ月で最高値を付けた。

ニューカレドニアは世界のニッケル埋蔵量の推定25%、ニッケル生産の6%を占める。小さな島ながら世界のニッケル産業に与える影響は無視できない。

「ニューカレドニアで起きることは何であれ、ニッケル産業の関心の的だ」と、英調査会社ウッドマッケンジーのニッケル市場の主任アナリストであるエイドリアン・ガードナーは言う。

EVの電池に使われる

この島のニッケル鉱山は1888年から操業しているが、宗主国のフランスにとってその重要性が増したのは近年のことだ。なぜか。

ニッケルは電気自動車(EV)の動力源であるリチウムイオン電池の正極材などに使われ、温暖化防止を目指す世界のエネルギー転換にとっても重要な金属なのである。

とはいえガードナーによれば、現在の世界のニッケル需要のうちEV用が占める割合は10%前後にすぎない。圧倒的多くの需要(70%)はステンレス鋼の生産用だ。

ニューカレドニアのドニアンボとコニアンボ鉱山にある2つの大規模なニッケル製錬所は、ステンレス鋼の生産に欠かせないニッケル鉄合金の供給で世界シェアの4分の1近くを占める。

「世界のステンレス鋼産業が今現在、最低限必要なニッケルの4分の1が突然消えたら、ちょっとしたパニックが起きる」と、ガードナーは言う。「ニューカレドニアが世界のニッケル供給に深刻な影響を及ぼすのはそのためだ」

EV生産で中国に対抗するフランスは島のニッケル鉱山を死守する構えだ THEO ROUBYーHANS LUCASーREUTERS

フランスが何としてもこの島を手放すまいと、独立の動きを必死で抑え込むのもそのためだろう。「フランス政府が暴動の激化に即座に対応したのは、この島のニッケル資源の戦略的重要性のためでもある」と、ピーターソン国際経済研究所の上級研究員、カレン・ヘンドリックスは言う。

「ニッケルは現代の軍備とそれを支える経済を活気づけるために必要な戦略資源だ。19世紀もそうだったが環境に優しいエネルギー技術の台頭でさらにその重要性が増した」

21世紀の多くの地政学的リスクと同様、この島の将来にも中国の野望が影を落としている。今や世界一のEV生産国となった中国は近年この分野の振興のため、主要な鉱物のグローバルなサプライチェーンを支配下に置こうとしてきた。

ニッケルの確保では、世界の生産量の半分近くを占めるインドネシアに大きく依存しているが、その一方で地理的に高度な戦略的重要性を持ち、豊かな資源がある南太平洋の島々に影響力を拡大しようと着実に駒を進めてきた。

一方、フランス、さらにはヨーロッパはEV生産で中国に対抗。中国製の安価なEVが欧州市場にあふれる事態を何とか防ごうと必死だ。

マクロンが憲法改正手続きの延期を表明してまで住民の不満を抑え込み、ニューカレドニアの独立を阻止しようとしたのは「そのためでもある」と、ヘンドリックスは言う。

危機が産業を救う皮肉

暴動の数カ月前に世界のニッケル産業が苦境に陥っていたのは、部分的には中国の買い控えのせいでもある。今年1月、ニッケル価格は2020年9月以来の最低レベルまで下落した。中国のEV生産の大幅な減速がその一因だ。

ガードナーによると、中国は電池用ニッケルの世界の需要の80%超を占める。「昨年、電池と電池用原材料の中国の需要が伸び悩んだ」と、彼は説明する。「そのため電池用ニッケルの需給バランスは大きく崩れた」

ステレンレス鋼用のニッケルも供給過剰となり、生産コストが比較的低いインドネシアには勝てないとみて、スイスの資源大手グレンコアはフランス政府が補助金の増額を約束したにもかかわらず、ニューカレドニアのニッケル事業からの撤退を決めた。

「フランス政府は支援を提案してくれたがそれでも操業コストは抑えられず、現在のニッケル相場の非常に脆弱な状況では黒字転換は望めない」と、同社は声明を発表した。

だが暴動と政情不安で鉱山の閉鎖が相次げば、需給バランスはすぐにもひっくり返りかねないと、英調査機関のベンチマーク・ミネラル・インテリジェンスの主任アナリストであるウィリアム・タルボットはみる。

「ニューカレドニアのニッケル産業の規模はばかにならない。島の全ての鉱山が長期にわたり閉鎖したら、世界の需給バランスに実質的な影響が及ぶだろう」

皮肉にも、ニューカレドニアの危機による相場の混乱はニッケル産業を助けることになりそうだと、ヘンドリックスは予測する。「長期的には、価格の上昇は望ましい。この部門の多角化と、採掘・製錬への投資拡大を促すだろう」

From Foreign Policy Magazine

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