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反ユダヤと無縁だったイギリスに広がる反ユダヤが危険な理由

ニューズウィーク日本版 2024年5月29日 12時24分

コリン・ジョイス
<イスラエルによるガザ攻撃を受けてイギリスでも反ユダヤ感情が蔓延している。反ユダヤ主義が表面化することなどなかった現代のイギリスで、なぜ今こんなことになっているのか>

ロンドンで最近、警察官がある男性に対して、彼が「見るからに」ユダヤ人で、「敵意を招く」可能性があるから親パレスチナデモを迂回して行くように、と注意する映像が公開され物議を醸した。法を守っている市民が首都を自由に歩くこともできないのかと世間は憤慨したが、警察官の忠告は男性の安全を考えてのことだ、という理解も一部にはあった。

5月にイギリスでは、地方自治体の選挙で、地域や国の問題ではなく国際問題を訴える候補者が相次ぐという奇妙な現象が起こった。ムスリム人口が多い地域では、パレスチナ自治区ガザでの停戦を求める議員が数人だが当選した。イスラム組織ハマスのイスラエル攻撃とイスラエル軍による反撃以来、パレスチナの旗を掲げた窓をイギリス各地で見るようになった。だがイスラエルの旗を見かけることはない。

大学のキャンパスやムスリムのコミュニティー、そして左派の間では、反ユダヤ主義とほとんど区別がつかないような反イスラエルの空気がある。反ユダヤ的な嫌がらせも急増している(ある報告によれば昨年は前年比で589%増加したという)。このせいで僕は個人的ジレンマに襲われた。ユダヤ系アメリカ人の友人が、彼の娘がもうすぐロンドンに留学するんだと話してくれたとき、単にお祝いを述べるべきか、厄介ごとに注意したほうがいいよと言うべきか悩んだからだ。

ある意味、今の反ユダヤ主義の増加は驚くべきことだ。現代のイギリスで反ユダヤ主義は、広く問題化したことなど一度もなく、あくまで一部の過激派のものだったからだ。例えば、平均的なイギリス人はユダヤ人特有の姓を見分けることができない。一時期、サッチャー政権の閣僚の約4分の1がユダヤ人だったが、ほとんど誰も気付いていなかった。

イギリスで唯一の反ユダヤ主義の政治運動は、1930年代のオズワルド・モズレーのブラックシャツ隊だった......だがあまりに不発に終わったから、彼のことなど誰も聞いたことがないのも無理はない。

裕福で恵まれたユダヤ人には人種差別は当てはまらない?

しかしいくつかの要因が合わさり、今や反ユダヤ主義が表面化している。第1の要因は、イギリスの左派にとってパレスチナが重要な「象徴」であることだ。労働党が長く下野していた1980年代、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)との闘いはイギリスの左派に活気を与えた。パレスチナ問題はそれに代わり、人々の怒りを呼び、刺激し、動かす「重要で崇高な大義」となってきた。

イスラエルの政策を批判するのは構わないが、しかしそこには驚くほどねじれた論理がある。抑圧者はイスラエルで、イスラエルはユダヤ国家、従ってユダヤ人は敵である、というものだ。時には、イスラエルに批判的な言動をするユダヤ人を例にとり、反ユダヤ主義が人種差別とは別物である証拠だ、だって「ほら、僕たちはこのユダヤ人とはちゃんと友達だもの」というわけだ。

しかし、これは人種差別の2つの大罪を犯している。仲間をその人の個性ではなくまず人種によってとらえていること。そして、ユダヤ人というマイノリティー集団の1人ではあるものの、他のユダヤ人とは違う「良いユダヤ人」だから「許してあげる」という発想だ。

皮肉なことに、人種差別を何より軽蔑すると言う人々の多くが、人種差別はユダヤ人には当てはまらないと考えているようだ。イギリスのユダヤ人は裕福な人が多く、ほとんどが白人なので、抑圧され恵まれないマイノリティーだとは見なされない。

ジェレミー・コービンが労働党党首だったとき、(ユダヤ人の労働党活動家が嫌がらせを受けるなどして)労働党が反ユダヤ主義で非難された際によく使われた、循環論法がある――私たちはあらゆる人種差別に反対している、だから、具体的な人種差別事例で私たちを非難するなど言語道断だ、というものだ。結局のところ、この手の批判は、現状を覆そうとする進歩的活動の信用失墜を狙った「既得権益層」や右派メディアの作戦だろう、と一蹴された。

2015~19年に労働党党首を務めたジェレミー・コービンが反ユダヤ主義に寛大だったことは、熱心な支持者たちに「反ユダヤ主義も許される」というお墨付きを与えた。それは、「あらゆる抑圧された人々のために立ち上がるリーダー!」とうたうコービン流急進左派ブランドの本質を成すものだった。

ただし、キア・スターマーが党首を務める現在の労働党が、コービンを除名したり元ロンドン市長ケン・リビングストンを追放したりするなど、党内の反ユダヤ主義を厳しく取り締まっていることは評価すべきだ。

それでも、社会における問題を一掃するには至っていない。今年、型破りな左派政治家のジョージ・ギャロウェイ(イスラム教改宗者で、挑発的で攻撃的な反イスラエルの声明を出したことがある)が、マンチェスター郊外ロッチデール選挙区での下院補選で選出された。

彼は挑発的発言を繰り広げ、イスラエルをナチス・ドイツにたとえたり、シオニズムをナチズムに、イスラエルの行動をホロコースト(600万人のユダヤ人が犠牲になった)にたとえたりもした。ユダヤ人団体「英国ユダヤ代表委員会」は、彼の当選を受けて「ユダヤ人コミュニティーにとって失意の日」と述べ、彼を「扇動的陰謀論者」と非難した。

自分の宗教や出自に基づいて投票するように

ギャロウェイやコービン、そして彼らの同類たちは、イギリスで増長する「部族主義」をあおり、そこから恩恵を受けている。部族主義の下では、人々は「アイデンティティー」や宗教、人種、性的指向などに基づいて投票する。これは現代イギリスの大きな成功の1つ――さまざまな背景を持つ人々が共存し、「自分たちのグループは常に正しい」という考えではなく、「合理的」な理由に基づいて投票してきたこと――を覆す。

イギリスにおける反ユダヤ主義の台頭はそれだけでも十分警戒すべきだが、同時にもっと大きな問題も示唆している。つまり、人は自分たちの側の利益のために行動していると思えば、極端な立場を取ることを躊躇せず、一切の批判を拒絶してもそれを正当と感じる、ということだ。



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