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スロバキア首相、「暗殺未遂」から回復の情報...「復讐」は野党やメディアに向けられる

ニューズウィーク日本版 2024年5月29日 17時2分

木村正人
<「職務ができないよう危害を加えたかった」と語る銃撃事件の犯人の動機について、スロバキア政府はメディアや野党に責任を押し付けている>

[ロンドン発]欧州中部スロバキアの首都ブラチスラバ北東で5月15日、拳銃で銃撃され、2回にわたって手術を受けたロベルト・フィツォ首相が回復に向かっている。「検査で首相の健康状態が徐々に改善されていることが確認された」とスロバキア政府が27日発表した。

現場で取り押さえられた男は暗殺未遂の罪で起訴された。政治団体にも属さない男は法廷で「政府の政策に反対で、首相を殺すのではなく職務ができないよう危害を加えたかった」と証言した。拳銃はショッピングセンターの警備員の仕事に関連して合法的に所持していたとされる。

フィツォ首相は昨年9月の国民議会選で親露・反米を唱えて約5年半ぶりに政権を奪還した。男は詩や小説を発表しているアマチュア作家で、首相のメディア規制や体制の腐敗に反対していた。日本では2022年に安倍晋三元首相が選挙演説中に改造銃で暗殺される事件が起きている。

昨年の選挙でウクライナへの軍事支援停止や対露制裁の見直しを訴えたフィツォ首相の野党スメル(道標)が第1党に返り咲いた。スロバキアはウクライナに旧ソ連製戦闘機ミグ29や地対空ミサイルシステム、レーダーを供与したが、後回しにされたと思う国民の不満が膨らんでいた。

ロシアのエネルギーに依存するスロバキア

フィツォ首相は「スラブ系民族の連帯」を唱え、ロシアとの関係を重視してきた。ワルシャワのシンクタンク「東方研究所」のクシシュトフ・デンビエツ上級研究員によると、スロバキアは天然ガスの60%、石油の95%、核燃料のすべてをロシアから調達している。

フィツォ首相が前回失脚したのは18年にスロバキアの調査報道ジャーナリスト、ヤン・クシアク氏が自宅で婚約者とともに射殺された事件が引き金になった。クシアク氏はフィツォ首相やスメルにつながる支配層の腐敗を暴いていた。

事件はスロバキア全土に衝撃を広げ、数週間の大規模抗議デモの後、フィツォ首相は辞任に追い込まれた。独立系メディアを「反スロバキアの汚い売春婦」と忌み嫌うフィツォ首相は「報道の自由」を制限する法律を導入し、ジャーナリストを弾圧してきた。

在野時代の22年には、スロバキア検察当局はフィツォ氏が首相在任中に警察と税務当局を使って政敵を攻撃する「犯罪組織」をつくり、そのボスに収まったと指弾した。裁判官、検察官、警察官、政治家、オリガルヒ(新興財閥)が次々と逮捕された。

偽情報マシーンは危険な陰謀論をまき散らしている

英紙ガーディアン(5月16日)は「スロバキアのジャーナリストは首相暗殺未遂が同国の分断と独立系メディアの弾圧につながることを恐れている」と報じている。スメルに所属する国民議会副議長は「これはあなた方のせいだ」と野党政治家と独立系メディアを非難した。

フィツォ首相が「報道の自由」を規制しようとしていると独立系メディアが警戒を強める中、銃撃事件は起きた。同副議長は「リベラルなメディアのせいで、スロバキア現代史における最も重要な政治家である首相の命が危険にさらされた」と野党とメディアに責任をなすりつけた。

スロバキアを代表する出版社の上級編集者はガーディアン紙に「政治家が責任ある行動をとり、感情を静めてくれると信じたいが、スメルの何人かの事件後の発言から彼らが社会を分断させ続けるのではないかと心配している」と語っている。

スロバキアに詳しい英大学ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのミハエル・オヴァーデク講師(欧州政治)はX(旧ツイッター)に「暗殺未遂の余波を見ていると不安になる。閣僚は明示的に、あるいは暗にメディアや野党に責任を押し付け、分断を煽っている」と投稿した。

フィツォ首相の回復後、欧州の新たな火種に?

「犯人に関する情報は野党と結びつけようとする形でリークされた。一部ロンドンに拠点を置く偽情報マシーンは危険な陰謀論をまき散らしており、政府のバックアップを受けている。さらなる暴力のための格好の状況が醸成されているように見える」とオヴァーデク講師は分析する。

「暗殺未遂が政治的レトリックの緩和につながるかどうかが大きな問題だが、私は懐疑的だ。憎悪と分断のメッセージはスメルとソーシャルメディアの生命線だからだ」とオヴァーデク講師は暗殺未遂がメディア・市民社会・野党弾圧の口実に使われることを懸念する。

スロバキアとハンガリーは欧州連合(EU)によるウクライナへの500億ユーロの追加支援に最後まで難色を示した。フィツォ首相は「ウクライナは世界で最も腐敗した国の一つだ。われわれは過剰な財政支援を行っている」と主張した。

英紙フィナンシャル・タイムズ(5月20日)も「フィツォ首相が回復したら、批判を封じ込め、ハンガリーのオルバン・ヴィクトル首相をさらに模倣しようとする恐れもある」と警戒する。フィツォ首相は自反するのか、復讐の鬼と化すのか。欧州の新たな火種になる危険性がある。


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