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定額減税を、給与明細に「明記させたい」政府の「屈折した思い」...本当に税金に注目させて大丈夫?

ニューズウィーク日本版 2024年6月5日 19時40分

加谷珪一
<6月から始まる定額減税の効果を実感させたい政府だが、背景には源泉徴収制度の維持と、国民の「税への無関心」がある>

政府が6月に実施する定額減税について、給与明細に明記するよう求めたことが波紋を呼んでいる。定額減税に関しては「分かりにくい」との声が大きく、企業に対して明記を要請することで、国民に効果を実感してもらう狙いがある。

企業側は手間がかかるとして反発しているが、この話は、企業に税務を代行させるという源泉徴収の仕組みに起因したものであり、戦後日本の税制や国民の税に対する無関心と密接に関係している。

終戦後、アメリカ軍の占領を受けた日本は、直接税を中心とした税制に改めるべきだとの指摘を受けた(シャウプ勧告)。この指摘は、国民が税について理解し、納税者としての意識を高め、民主主義を推進する必要があるとの観点で行われたものである。

だが日本政府は一連の勧告を全て受け入れたわけではなく、戦費調達のために導入した源泉徴収制度をそのまま残す形で現在の税制を作り上げた。

いくら税金を払っているのか分からない

源泉徴収制度は、国民がいくら必要経費を使ったのかにかかわらず、一方的に所得の源泉(給与など)から税金を差し引くというもので、税の徴収を最優先した仕組みといえる。サラリーマンの場合、一定金額が経費であると見なされ、給与所得控除が適用されているが、その金額について納税者が自ら調整することはできない。

加えて、税額の計算や納付といった業務は全て企業が代行する仕組みになっているので、政府は税金だけを手にできる算段だ。国民は給与明細を通じて税額を知ることはできるものの、自身で申告は行わないので、税に対して関心が高い人以外を除けば、自身がいくら税金を払っているのか分からないという状況に陥りがちだ。

政府がアメリカの意向を無視して源泉徴収制度を維持したのは、戦後の貧しい時代において税収確保を優先するためだったと思われる。だが、一部の論者は、現在も当該制度を残しているのは、あえて国民に納税者意識を植え付けないためだと指摘している。

本当のところは何とも言えないが、企業に税務を丸投げする制度が存在することで、国民の税に対する認識が薄くなっているのは間違いないだろう。政府としては、国民が税に対して無関心であることは好都合だったはずだが、今になって、税金について意識してほしいというのはもはや笑い話だ。

源泉徴収制度をやめたときに起きること

シャウプ勧告における本来の趣旨にのっとり、全員が確定申告するようにすれば、定額減税の効果について国民は強く実感するはずである。

だが、もしそのようなことをすれば納税者意識が一気に高まり、政府の予算には国民から厳しい目が向けられることになるだろう。その意味では、今回の定額減税をきっかけに、日本の所得税の在り方についてゼロベースで議論してみるのも悪くないと筆者は考える。

もっとも、アメリカのような確定申告制度に移行すると国民の側も驚くかもしれない。政府は源泉徴収制度で強制的に税金を差し引く代わりに、前述の給与所得控除や基礎控除、配偶者控除など多数の減税措置を提供してきた。

つまり源泉徴収を実施する代わりに、実質的な所得税額はかなり低く抑えられてきたというのもまた事実である。確定申告になれば、認められた経費しか控除できないので、国民は税金の高さに驚くかもしれない。

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