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年間200万件の動物衝突事故に挑む、野生動物用トンネルと陸橋の効果とは?

ニューズウィーク日本版 2024年6月5日 11時30分

ジェフ・ヤング
<アメリカにおける動物と車の衝突事故は年に200万件、動物用の陸橋や地下道は共存に向けた切り札になるか>

ヘラジカやシカ、キツネが三々五々、トンネルの中に入っていく──なんて、お話の一場面のように聞こえるかもしれない。だがこれは、大きな道路の下を通る野生動物専用トンネルの光景だ。

「このオスのヘラジカは真夜中にトンネルに入ってきた。これは出口にあるカメラが捉えた、トンネルの中で眠っている姿」と語るのは、米モンタナ州で野生動物の生態を研究しているパトリシア・クレイマーだ。野生動物のために造られた通路の利用状況を調べるために夫と共に集めた大量の映像の中でも、これは特にお気に入りの一場面だと彼女は言う。

【動画】野生動物用トンネルと陸橋

さて、そこにメスのミュールジカがやって来てトンネルを通ろうとしたが、睡眠中のヘラジカが道を占拠している。「ミュールジカがヘラジカのそばを何とか通り抜けようとしていたとき、反対側のカメラにはキツネが写っていた」とクレイマーは言う。「短時間のうちに3種類の動物がこのトンネルを使い、関わり合いを持っていたわけだ」

この映像からも分かるとおり、大きな道路を野生動物が安全に渡れるようにその上や下に設置された専用の通路は、さまざまな動物によって利用されている。昨年、米運輸省はこうした通路の整備費として地方自治体に対し総額3億5000万ドルの補助金を出すと発表した。

道路で事故に遭う野生動物は非常に多い。走行中の車やバイクと野生動物が衝突する事故は年に200万件に上る。車のほうも壊れるし、年に2万人以上がけがをし、200人近くが死亡している。

「道路を横切るための地下道や陸橋は、野生動物の移動に非常に大きな役割を果たしている」とクレイマーは言う。「そもそも動物のすんでいる場所に人間が道路を造り車を持ち込んだのだ」

クレイマーは野生動物と道路の関係を20年近く調べてきた。「野生動物コネクティビティ研究所」の創設者兼所長として、動物専用通路の場所を決めたり設計するために地方自治体と協力してもいる。

通路の利用状況の研究には、カメラなどの監視装置が役に立つ。「利用者」には、サンショウウオやカエルやカメといった小型の両生類や爬虫類もいる。こうした生き物は春に繁殖のために道路を渡って移動することが多く、路上でひき殺される例も非常に多い。

「産卵地に行くために道を横断しようとして殺される」とクレイマーは言う。「メスガメがみんな事故に遭って、オスガメしか残っていないということもある」

道路の下に造ったトンネルは、クマなど多くの生き物に利用されている COURTESY OF PATRICIA CRAMER, COLORADO DOT, PARKS & WILDLIFE, AND ECO-RESOLUTIONS

父が造った道路を「改良」

またモンタナ州とその周辺では、州間ハイウエー網の拡大により大型哺乳類の事故死が急増している。一方でワピチ(シカ科の動物)やプロングホーン、キツネ、アメリカクロクマやコヨーテなど多くの生物が通路を利用していることが観察されており、通路の設置数も増えているという。

「スカンクも通るし、ジャックウサギもいて、本当にかわいい」とクレイマーは言う。「ボブキャットやアナグマもいる。アナグマは足が短くて毛がふさふさで、空飛ぶじゅうたんが空中に浮かんで通路を通り抜けているみたいに見える」

種の違いを超えて、動物たちが他の動物から「学習」している様子もうかがえるという。「ミュールジカは先生役」だとクレイマーは言う。

ワピチなどの群れをつくる動物は、狭い所で肉食動物に襲われることを懸念してか、最初はトンネルを使うのを躊躇することが多い。ところがミュールジカはワピチほど警戒心が強くないから、ためらわずトンネルを通る。するとワピチもついてくるのだそうだ。「先生役のシカが通路にいて、他の動物にどうしたらいいか教えてくれる例は、ユタ州やコロラド州やワイオミング州で観察されている」

クレイマーによれば、ワピチやプロングホーンやオオツノヒツジがよく使うのは、道路をまたいで設置された陸橋型の通路だ。「たくさんのワピチが通ってくれて本当にうれしい」と、クレイマーは言う。こうした通路を設置した道路では、車と野生動物の衝突事故が75~90%減るという。

「人間の側から見ても、通路の設置はコストパフォーマンスのいい対処法と言える」とクレイマーは言う。野生動物との衝突による人間の犠牲や車の破損を防げるからだ。「西部の複数の州では、通路を設置して5年もしないうちに元が取れている」

また、気候変動によりこれまでの生息地がすみにくくなり、新たなすみかを探す必要に迫られる動物は多いとみられる。「新しい土地に移動しなければならないのに、現状では(道路によって)閉じ込められた状態だ」とクレイマーは言う。クレイマーら専門家たちは昨年、気候変動への対応として通路を整備する予算を増やすよう求める声明を出した。

動物専用通路の整備は、道路網が自然界に与えた被害を多少なりとも埋め合わせることにつながるとクレイマーは考えている。「人間がめちゃくちゃにしてしまったものを直せるなら、それは素晴らしいことだ」と言う。

こうした思いには、クレイマーの個人的な事情も反映されている。「私の父は土木技師で道路を造っていた。その道路を改良するのは、娘にぴったりの役目だと思う」と彼女は語った。



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