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自主的カーボンクレジット市場の再定義...バイデン政権の新ガイドライン

ニューズウィーク日本版 2024年6月5日 14時10分

ジェフ・ヤング
<イエレン財務長官が、グリーンウォッシュ批判に対応するための自主的カーボンクレジット市場の新基準を発表>

カーボンオフセットのリセットボタンを押すようなものかもしれない。アメリカのジャネット・イエレン財務長官などバイデン政権高官が5月28日、自主的カーボンクレジット市場に関するガイドラインを発表した。二酸化炭素(CO2)排出削減に資金を誘導する多大な可能性を秘めていながら、これまでのところ真の気候変動対策には到底結びつかない市場の是正を目指す。

「我々はこの市場を成功させたい」。イエレンは米首都ワシントンで5月28日に開かれた会合で力説した。「だがそのためには幅広い真摯な取り組みが求められる」

企業や気候政策の専門家、活動家は長年の間、カーボンオフセットのクレジットというアイデアをめぐり苦慮してきた。理論的には、気候変動対策への貢献を望みながら温室効果ガスの排出を大幅に削減できない企業は、大気中のCO2を減らす別の活動の資金を拠出することで、クレジットを受け取ることができる。その企業は対価としてのクレジットを獲得でき、森林保護や環境に優しい農業、新しい再生可能エネルギーといったプロジェクトは必要な資金を調達できる。

だが現実には、自主的カーボンクレジット市場は真の排出削減にはほど遠く、グリーンウォッシュ(見せかけだけの環境配慮)の批判がつきまとう。非営利の監視団体やジャーナリストの調査では、排出削減の成果をほとんど達成できなかったプロジェクトの存在が明るみに出た。専門家の調査によれば、カーボン市場が支援した取り組みの中には、計画性の乏しい植林など、害の方が大きいプロジェクトもある。

米国家気候アドバイザーのアリ・ザイディは財務省の会合で「懐疑的な見方が多いのはそれなりの理由がある」と発言。企業はまず、自社の業務やサプライチェーンをまたいで達成できる排出削減に力を入れ、その上で取り組み強化のためにカーボン市場を利用すべきだと提言した。

「これを減速の口実としてではなく、加速のチャンスとして利用しなければならない」(ザイディ)

イエレンはこの考え方を財務省のガイドラインの主要3原則に取り入れた。企業はまず、自社の排出削減を優先する必要がある。

第2に市場運営の誠実性が求められるとイエレンは述べ、クレジットがどう機能するのか、排出削減の達成に対して価格をどう設定するのかに関して透明性を高める必要があるとした。

第3に、排出削減の主張は真実でなければならない。イエレンによると、クレジットの対象とするためにはCO2排出の回避や抑止を確認する必要があり、削減は持続可能かつ追加的でなければならない。つまり、カーボンクレジットによる資金提供がなければ問題のプロジェクトは実現していなかったことを確認する必要がある。

「クレジットがそうした基準を満たせなかった事例はあまりに多い。この市場はもっとうまくやれるはずだ」(イエレン)

同会合で発言した農家によると、CO2排出削減を確認する基準が存在しないことは、健全な農業の実践に資金が流入する妨げになっていた。アイオワ州にあるロングビュー農場のパートナー、スコット・ヘンリーは、イエレンの発表後に行われたパネルディスカッションに参加。農家はグリーンウォッシュの批判に巻き込まれることを警戒していると述べ、「私はカーボンクレジット詐欺や現実でないものの売り込みに加担する存在にはなりたくない」と訴えた。

ヘンリーは今回のガイドラインについて、CO2の排出削減や大気から土壌への取り込みに貢献できる農業がどうすれば支援を受けられるのか、農家が明確に把握する助けになると評価する。

本誌の取材に応じた学者やNPOの関係者は、市場の改善に向けた1歩として財務省のガイドラインを評価し、排出削減目標の達成に向けて非常に重要になると予想した。

エール大学経済成長センター長で経済学教授のロヒニ・パンデはカーボン市場の失敗に関する論文を5月の科学誌サイエンスに寄せ、もし世界に気候変動対策目標を達成するチャンスがあるとすれば、同市場を是正する必要があると指摘した。

パンデは「何らかの形の自主的な市場は恐らく大切になるだろう」と本誌に語り、ガイドラインはある程度は役に立つとの見方を示した。

「これは一連の原則だが、我々がそこへどう到達するかは述べていない」とパンデは言い、その空白を埋めるためには、実際のカーボンクレジット基準設定という困難な作業を別の機関が担う必要があると指摘。いずれ単なる勧告ではなく、市場規制が必要になると予測している。

大手企業の気候変動対策を支援するNPOのCeresで持続可能な資本市場促進の取り組みを率いるスティーブン・ロススタインは、「先へ進んでいる企業もあれば、ロードマップを探し、共通ルールを求めている企業も多い」と本誌に語り、「これはそのプロセスにおける重要な一歩だ」と語った。

ロススタインによると、バイデン政権はクリーンエネルギーへの移行を促進させる歴史的な気候変動対策を打ち出したものの、現在の世界の投資は、2015年のパリ協定で各国が合意した目標を達成するために必要とされる水準には到底届かない。

自主的カーボン市場は民間セクターの投資を増やす役割を果たすとロススタインは言い、「国連によると、我々は新しい新興技術に1兆9000億ドルを費やしている。実質ゼロの目標を達成するためには、今後数年でこれを4兆ドルに増やす必要がある」と話している。

(翻訳:鈴木聖子)

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