Infoseek 楽天

自動車の型式指定申請での不正、海外に誤解を広めるな

ニューズウィーク日本版 2024年6月5日 15時0分

冷泉彰彦
<実態と乖離した「不正」報道は、日本車の世界的なブランドイメージを落としかねない>

6月3日に国土交通省は、トヨタ自動車、ホンダ、マツダ、ヤマハ発動機、スズキの5社で型式指定を申請する際に不正行為があったと発表しました。対象は計38車種で、国土交通省は道路運送車両法に基づき、4日以降、この5社に順次立ち入り検査し、行政処分を検討するそうです。

この問題ですが、いずれも安全面での性能に問題がないことは、各社は確認済みとしています。そのために販売済のクルマについて、回収や再整備を行う計画は発表されていません。また、この措置について国交省が異議を唱えていないことから、本当に安全面には影響はないと考えていいと思います。

今回の「不正」ですが、例えばトヨタの場合は、6月4日に「型式指定申請における調査結果について」というプレスリリースを出しています。この内容の一部を簡単に整理すると、次のような理解ができます。

「人間との衝突のインパクトを試験するために、人体に見立てた鉄球を衝突させる際に、欧州基準のより厳しい65度の衝撃角で試験していた。日本基準は50度なので、より厳しい欧州基準のデータでクリアしていれば問題はないが、日本のルールに形式的には違反していることにはなる」

「エアバックが乗員を保護しているかを試験する際に、衝突を感知してエアバックを作動させる正規のマイコン(チップ)を作動させる代わりにミリ何秒という高精度の電子タイマーで発火させて試験した。実際はエアバックが発火して展開する際の動作を試験するものであり、結果は信憑性があるが日本基準の試験手順とは異なる」

基準をめぐる官民の奇妙なねじれ

「クルマの衝突位置が左右逆の試験結果、つまり左ハンドル車のデータを、そのまま使った。設計上は左右で条件が同一のため、安全確認には問題はないが、日本の手順には違反したことになる」

「衝突試験の際に、日本基準の1100キロより重たい1800キロの評価用台車を使用し、より大きな衝撃で評価した。当然、安全性は確認できたが、日本ルールには違反したことになる」

つまり、「日本ルールには合致していない」ので、違反は違反であるようです。ですが、多くの場合「より厳しい条件で試験しているので、安全性は確認」できるので、「クルマを回収したり、再整備したりする必要はない」というわけです。

この問題についての一つの考え方としては、形式主義に傾いた日本の行政が悪で、縮小する日本市場向けに特別対応をするような、追加コストはかけられない自動車メーカーには一分の理があるという見方もできます。

一方で、大局的に見れば日本の行政というのは、日本の自動車メーカーが海外進出しやすいように、世界各国での型式指定の基準を「統一する」よう、官民で協力して動いてきた歴史があるわけです。そう考えると、いつの間にか世界がより厳しい基準に動いていたのに、日本だけが昭和時代の古い基準を残していたというのは自動車業界と行政の関係の行き着いた先として奇妙です。

また、自動車は一歩間違えば人の命に関わる乗り物です。乗員を守らなくてはならないだけではなくて、凶器にもなるからです。ですから、どんなに形式主義であっても法令遵守が大事という考え方が成り立ちます。その一方で、安全を至上とするのであれば、世界より甘い基準を手直しせず、より厳しい基準でのデータは違法とする役所の姿勢には疑問が残るという立場もあるでしょう。

いずれにしても、今回の事件、あるいは官民の対立というのは純粋に日本国内の問題です。様々な意見があって良いですが、とにかく販売された車両の安全性には問題はないということでは、メーカーも官庁も合意しているのですから、その点について不安を拡大する必要はないと思います。

問題なのは、この事件が「世界でも日本車の信頼を損ねている」とか、「各国でも報道」という流れです。確かに日本での法令違反があったのは事実です。ですが、問題の本質を考えるのであれば、厳しい欧州での基準はクリアしています。事前検査の代わりに厳しい消費者保護行政のあるアメリカでも、対象車種に関して大きな問題は起きていません。

過剰にセンセーショナルな報道

それにもかかわらず、例えば東京発のある外電では、「大規模な不正」とか「幅広いテストの不正」というかなり激しい言葉で報道されています。少なくとも、内容を精査して「50度でいいのにより厳しい65度で衝突させた」とか「ずっと重い台車で試験した」「確実にエアバッグを発火させて保護性能を検査した」「左右入れ替えても同じ条件の場合に入れ替えて衝突検査をした」というようなことを理解していたら、このような報道にはならないはずです。

また、過去の日本の自動車業界の歴史を知っていたら、「官民共同で世界を制覇したはずの日本の自動車業界で、官民が深刻な対立に至った不思議」というような切り口で説明することもできたでしょう。そのように書けば、今回の事件は純粋に日本ローカルの問題ということは誤解なく伝わるでしょう。

ですが、「大規模な不正」「幅広いテストの不正」と英語で発信すると、場合によってはグローバルなブランドイメージに関する大きな誤解を生みます。同記事では、後段で「この問題はトヨタの海外での生産分に関しては何の影響もない」と断ってはいますが、多くの読者は読み間違える危険があると思います。

こうした内容の記事を、豊田章男会長の写真とともに、センセーショナルに仕立てて配信することは問題が大きいと感じます。


この記事の関連ニュース