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アメリカ兵器でのロシア領内攻撃容認、プーチンの「最大最後の一線」を越えた?

ニューズウィーク日本版 2024年6月5日 19時35分

ブレンダン・コール
<アメリカがロシア領内への攻撃をウクライナに認めた今、プーチンは本気でNATOに攻撃を仕掛けるつもりか、あるいはアメリカと同じくエスカレーションを恐れているのか、腹の読み合いが続く>

アメリカはついにウクライナに対し、アメリカが供与した武器で、ロシア領内を攻撃することを認めた。ウラジーミル・プーチンが引いた最後の一線(エスカレーションへのレッドライン)を越えることを意味するバイデン政権の新方針は、今後の戦況にどのような影響を与えるだろうか。

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ロシア軍は5月半ばからウクライナ北東部の都市ハルキウに対して激しい攻撃を仕掛けており、ウクライナ軍はハルキウ周辺を標的にするロシアのミサイル攻撃を防ぐことができずにいる。そのためウクライナ政府は、ロシア軍の攻撃の拠点があるロシア領内も欧米の兵器で直接攻撃させて欲しいと要求してきた。

アントニー・ブリンケン米国務長官は、アメリカはこの戦争に「適応し、調整しなければならない」とコメントしたが、これはウクライナへの軍事援助をさらに段階的に増やすという姿勢を反映している。

アメリカの武器支援は対戦車ミサイル「ジャベリン」や対空ミサイル「スティンガー」からロケット砲の「ハイマース」、M1エイブラムス戦車へと次第に強力さを増し、ウクライナにとって垂涎のF16戦闘機も準備中だ。

ただしそれでも、陸軍戦術ミサイル(ATACMS)の長射程版を含む長距離攻撃兵器の供与は検討されてこなかった。これは、ウクライナ軍がロシア領内を直接攻撃することにより、戦火が拡大することをバイデン政権が警戒したからだ。

核攻撃も示唆

ロシア政府はウクライナ戦争をロシアとNATOの代理戦争とみなしており、この戦争で越えてはならない一線について言及している。国家存亡の危機に至った場合は、核兵器を使うことさえ示唆している。それがどういう場合なのか具体的には示されていないため、どこがレッドラインになるかははっきりしない。

プーチンはウクライナを支援した西側諸国に罰を与えると宣言したが、それを軍事的に実行するには至っていない。だが、5月に核兵器訓練を行うと発表したことを考えると、今後はどうなるかわからない。

ボローニャ大学の研究員で、著書『ロシアの戦略文化を再解釈する』が7月に刊行されるニコロ・ファソラは次のように本誌に語った。「ロシアが、本当に越えてはならない一線と考えているポイントはあるだろう。そこに至れば当然、適切な対抗措置を取るはずだ」「ロシアにとっては紛争の拡大に向けた大きな一歩とみなされるだろうし、戦略的な意味をもつ可能性がある」

だが、ロシアは同時に「西側とのエスカレーションも恐れている」と、ファソラは言う。だからロシアが戦争を拡大するのではないかという西側の懸念は、「過去数年間は、杞憂に終わった」

ロシア外務省は5月、イギリスがウクライナに供与した兵器がロシア国内への攻撃に使用されれば、ロシアはウクライナ国内外のイギリスの軍事関連施設に対する攻撃で報復する、と述べた。

アメリカの外交政策における平和と外交を重視するアイゼンハワー・メディア・ネットワーク(EMN)のアソシエイト・ディレクター、マシュー・ホーは、ロシアのこの脅しはアメリカが供与した武器にも当てはまると述べた。

 

「NATOの偵察機や無人偵察機の撃墜、ウクライナに武器や物資を送ると報じられているNATOの兵站車両の破壊を意味するかもしれない」

フランスがウクライナに軍事教官を派遣するという憶測が流れたときは、この教官もロシア軍の「正当な攻撃目標」になる、とセルゲイ・ラブロフ外相なはっきり述べた。

元米海兵隊大尉のホーは、ウクライナでの戦争が拡大する危険性について今年3月に国連安全保障理事会(UNSC)で状況説明を行った。「非常に危険なのは、西側からの兵器が民間人の標的、例えばロシアの子供たちでいっぱいの学校の攻撃に使われることだ。ロシアはどう反応するだろうか」

そうでもない限り、「ロシアはウクライナ国外の西側諸国の軍事目標を攻撃するまでには至らないと思う」と、彼は言う。「ロシアがそのように戦争を拡大することを望んでいるとは思わない。そうした攻撃がもたらす恩恵は極めて小さいのに、リスクはあまりにも大きい」

すでに「一線」は越えた?

2023年10月、ロシアの独立系メディアAgentstvoによるロシア政府のメッセージの分析で、ロシア当局は同年9月、西側諸国とウクライナへの脅しとして「越えてはならない一線」や「意思決定中枢への攻撃」というフレーズの使用を実質的に止めたことがわかった。

セキュリティ会社グローバル・ガーディアンの主任情報アナリスト、ゼブ・フェイントゥッチは、2014年以来ロシアが占領しているクリミア半島の重要軍事拠点をウクライナが繰り返し攻撃して大きな損害を与えていることを指摘。「プーチンがクリミアを正式なロシア領とみなしていることからすれば、プーチンにとってはすでに一線を越えている」と述べた。

「同様に、ウクライナと国境を接するロシアの都市ベルゴロドやブリャンスク、クルスクなどの軍事施設も攻撃されているが、ロシアは何もできていない」

フェイントゥッチは、NATO各地で原因不明の火災が相次ぎ、ロシアの関与が非難されていることは、ロシアがどのような破壊工作を用意しているかを示している、と述べた。

「また、われわれはすでに、ロシアが戦術核兵器を使用するための訓練していることを知っている。ロシアがNATO諸国に対して、通常兵器で、しかもロシアの関与がわかるような方法で攻撃を加えることは考えにくい」

米政府の方針転換は、ウクライナがハルキウ近郊のロシア領内にいるロシア軍部隊や指揮統制部隊、大砲、兵站、防空部隊とくに戦闘機を標的にできることを意味する。

「ロシアとウクライナの軍事バランスが崩れた本当の原因は、ロシアが空中を滑空しながら標的に命中する重滑空爆弾を導入したことだ」と、フェイントゥッチは言う。

 

「この爆弾は安価で量産がしやすく、一度投下されたら、撃墜はほぼ不可能だ。攻撃を阻止する唯一の現実な方法は、爆弾を落とす前に爆撃機を上空あるいは地上で破壊することだ」そこで、西側が提供する兵器が役に立つ。

「ウクライナは、ロシア国内でこの爆弾の拠点を潰す必要がある。戦闘機はこの緊急課題に恩恵をもたらすだろう」と、フェイントゥッチは付け加えた。

アメリカの政策変更前から、ポーランド、ドイツ、フランスといったNATOの同盟国は、ウクライナに提供した武器が、ロシアを攻撃するために使われても問題ないと言い出していた。スロバキアを拠点とするシンクタンクGLOBSECのロジャー・ヒルトン国防研究員は、バイデン政権が今回最後に方針変更に踏み切ったのは、ハルキウの安全が脅かされているからだという。

ここでアメリカがロシア領内への攻撃を許さなければ、「戦力の逐次投入で、結局、ウクライナは不必要な損失を被ることになり、それを元に戻すコストはリスクをはるかに上回りかねなかった」と、ヒルトンは本誌に語った。



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