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再発防止を目指す「画期的な」個別化がんワクチン、イギリスで臨床試験開始

ニューズウィーク日本版 2024年6月10日 12時30分

ジェス・トムソン
<英国で個別化がんワクチンの臨床試験が開始され、再発防止に革新がもたらされるか注目されている>

個々の患者に合わせたがん再発予防ワクチンを接種する臨床試験がイギリスで始まっている。

この「画期的な」ワクチンは免疫療法の一種で、体の免疫を活性化させ、腫瘍細胞を見つけて攻撃することで再発の可能性を低減する。

インフルエンザや新型コロナウイルスといった疾患の発症を防ぐワクチンと異なり、こうしたがんのワクチンは、既にがんにかかっている患者を対象とする。

臨床試験はイングランドにある国民医療サービス(NHS)の複数の施設で実施され、まずは大腸がん、膵臓がん、皮膚がん、肺がん、膀胱がん、腎臓がんの患者を対象とする。臨床試験で使用するワクチンはバイオテック企業のビオンテックが製造する。

NHSの発表の中で、英国がん研究基金の研究イノベーション担当エグゼクティブディレクター、イアン・フォルクスは「イングランドで患者が個人に合わせた腸がんワクチンを利用できるようになったことは非常にエキサイティング」とコメントしている。

「この先駆的な技術では、mRNAワクチンを使って人の免疫の感度を高め、最も早い段階でがんを検出して標的とする。こうした臨床試験は、より多くの人を助けて長生きしてもらい、生活を向上させ、がんの恐怖から解放するうえで欠かせない。もし成功すれば、このワクチンは腸がんの発病や再発を予防する画期的な転換点となる」(フォルクス)

天然痘のような疾患に対するワクチンは、体の免疫を鍛え、ウイルスや細菌など特定の病原体を認識して戦わせることで発症を予防する。こうしたワクチンにはその病原体の無害な部分(タンパク質、死んだり弱体化したりした病原体、遺伝物質の一部など)が含まれており、免疫がこれを異物として認識し、抗体を作り出すことで反応する。

続いて免疫は、病原体を「記憶」してそうした抗体を素早く作り出せる記憶細胞を生成する。これは体内に長期間残る。その後、本物の病原体が体に侵入した場合、免疫がすぐに認識して記憶細胞と抗体を使って攻撃し、発症を予防したり、重症化を防いだりする。

がんワクチンは患者のがんや腫瘍を分析し、がん細胞のマーカーを含む専用ワクチンを作り出す仕組みをもつ。感染症のワクチンと同じように、免疫を学習させてそのマーカー(抗原と呼ばれる)を認識させ、それを持つ細胞、つまりがん細胞との戦いに備える。

「こうしたワクチンは、がん細胞を認識して破壊するよう、患者の免疫を教育する。ワクチンは個々の患者のがん細胞が発現する分子に合わせて調整される(それが『パーソナライズ』と呼ばれる理由)。この設計によって治療効率が高まるだろう」。英オープン大学のがん薬理学教授、フランチェスコ・クレアは本誌にそう語った。

がんの再発を防ぐためには、この治療法を手術、化学療法、放射線療法と併用することが望ましい。他の治療法に比べると、副作用は少ない可能性がある。

NHSのがん担当国家臨床ディレクター、ピーター・ジョンソンは、「手術が成功したとしても、体内に少数のがん細胞が残っていて、がんが再発することがある。だがそのような残った細胞を狙い撃ちにするワクチンを使用すれば、それを食い止められるかもしれない」とNHSの声明で指摘した。

臨床試験ワクチンを最初に接種されたNHSの患者、エリオット・プフェブは55歳の男性で、過去に大腸がんの腫瘍と腸の一部を切除する手術を受け、化学療法も受けていた。

プフェブは「この臨床試験への参加は、講師としての私の職業にも、地域社会中心の人間としてもふさわしい。ほかの人たちの人生に前向きな影響を与え、そうした人たちが潜在能力を発揮する手助けをしたい」とのコメントを発表。「この臨床試験が成功すれば、数百万とは言わないまでも、数千人を助けられるかもしれない。そうすれば彼らが希望を持つことができ、私のような思いをせずに済む。これがほかの人たちの助けになることを願っている」とした。

臨床試験の完了は2027年になる予定で、誰もがこの治療を受けられるようになるまでにはまだ何年もかかる。ビオンテックは6月1日、米シカゴで開催のアメリカ臨床腫瘍学会年次会合で、今回の臨床試験に関する予備データを公表している。

「こうしたがんワクチンの開発には確かな科学の裏付けがあり、mRNAを届ける仕組みは新型コロナウイルスのパンデミックで有効性が実証されている。従って私は全般的に楽観視している」とクレアは言う。「ただし、がんは複雑で、理解するのが難しい疾患だ。がんの種類によってはワクチンだけで非常によく効くものもあれば、別の治療法との組み合わせが必要なものもあるかもしれない」

「残念ながら、そうしたワクチンが効かないがんもあるかもしれない。そうした理由から我々は、がんに対する多面的なアプローチを開発し、できる限り治療手段を広げる必要がある」(クレア)

(翻訳:鈴木聖子)

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